エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~4世代目・中編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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帽子男 @alkali_acid

“わうん…” “ははははは!ラヴェインには勝てんなナシール” 父と祖父の影絵芝居が遠ざかっていく。けれども琵琶弾きの沈んだ気持ちはすこし晴れていた。 「あーあ。バンダとナシールがおじいさんととうさんじゃなくて、あたいの兄さんぐらいだったらよかったのにな…そしたら一緒に…」

2019-10-04 16:39:00
帽子男 @alkali_acid

言いさしてから首を振る。 「だめ!仙女様は譲らない!特にバンダはだめ!」 「何をひとりでぶつぶつ言っている」 振り返ると、工房の主たるドワーフのモシークが立っている。手にぼろぼろの布屑を持って。

2019-10-04 16:40:43
帽子男 @alkali_acid

「黒の歌い手よ。この隠れ蓑だが」 「あんたが欲しいって言うからあげたんだけど、何か解った?」 「うむ。竜が噛んだせいで壊れている」 「あっそ」 「直したい」 「すれば」 「材料が足りんのだ。特殊な草の繊維を使っているし、魔法は小生の専門ではない」 「あたいに手伝えっての?」

2019-10-04 16:42:44
帽子男 @alkali_acid

「せめて材料だけでも教えろ」 「ったくもー」 いつも通り毫も臆さず食い下がる狂った小人に、暗い膚をした美丈夫は仕方なく額に指をあてて、己のものならぬ記憶を探る。 「そいつは消え去り草っていう特別な薬草を干して叩いて呪文をかけながら紡いだ糸を使ってる」

2019-10-04 16:45:21
帽子男 @alkali_acid

「消え去り草だと?聞いたこともない」 「西の群島にだけ生える…けど…そこは津波で根こそぎだめになったとこだ…」 「何だと?では隠れ蓑はもう作れんのか?ますます貴重な品ではないか。ぜひ修復したい」 「…だから、肝心の消え去り草が…ある。アケノホシ…ナシールが種を採取して…ここに…」

2019-10-04 16:47:59
帽子男 @alkali_acid

影の国を取り巻く天然の防壁である外輪山の懐に、周囲の荒々しい景色とは様相の異なる一画がある。 雪解け水が作る清らかなせせらぎが幾筋も流れ、世界中から集まった香り高く彩り豊かな花々が咲き、甘い果を実らせる、緑の谷。 影の国のただ一人の奴隷、エルフのダリューテが丹精する庭園。

2019-10-04 16:50:39
帽子男 @alkali_acid

森の奥方の監獄として、緑の谷は広がり続け、すでに四つの渓にまたがり、破壊の呪文で切通を作って互いをつないである。蝙蝠と魔狼がうろつくほかはほとんど周辺の荒野とは別天地だ。 「消え去り草?あの透き通った釣鐘のかたちをした花を咲かす株か。数はそうないが、根付いてはいるぞ」

2019-10-04 16:54:09
帽子男 @alkali_acid

毛皮をまとった尖り耳の奴隷が、似たような姿の主人の手をとって導く。 背丈と、明るい肌と暗い膚という違いがあっても、遠目には姉妹のようでもある。 「モシークがよこせってうるさいんだ」 「お前もナシールと同じくあの小人には弱いと見えるな」 「むかつく。けどマーリの骨を診てもらったし」

2019-10-04 16:57:05
帽子男 @alkali_acid

白い蝙蝠が一匹、羽搏いてダリューテの肩へ止まり、紅い瞳を瞬かせた。 隣を歩むラヴェインが低く歌うと、あたりの草花から光の粒が放たれる。 「消え去り草を何に使う」 「隠れ蓑を直すのに要るんだ」 「あれか。ナシールが身分を偽って魔法の学び舎にいたころ、同窓が拵えるのを手伝ったという」

2019-10-04 17:03:00
帽子男 @alkali_acid

「うん。癒し手のミレノアが作ったんだ」 「西方人と戦うために魔法を盗みにいったナシールが、何故、西方人の助けとなる道具をもたらしたのであろうな」 「馬鹿犬!だから」 「しかり」 二人は笑う。 「あとミレノアってやつが一生懸命だったから、かな」 「情にもろい子であった。ナシールは」

2019-10-04 17:05:54
帽子男 @alkali_acid

「あとさ。ミレノアってかわいかったよ。声もきれいだった」 楽士がそううそぶくと、騎士は柳眉をわずかに逆立てる。 「さようか…」 「白銀后の方がもっときれいな声だったけど」 「…ふん」 「ぷふっ」

2019-10-04 17:09:13
帽子男 @alkali_acid

主人と奴隷は、透き通った茎や葉を持つ草の群落に辿り着き、幾本かを引き抜く。 「マーリの様態は安らかなようだな」 「うん。どうしてわかったのさ」 「お前が軽口を叩いた故な。だが隠れ蓑の扱いには注意せよ。あの馬鹿犬めがかかわった魔法は皆、容易ならざる力を持つのだ」 「ありがとう仙女様」

2019-10-04 17:13:31
帽子男 @alkali_acid

消え去り草を持ち帰った黒の歌い手は、小人の工匠を手伝って隠れ蓑を直した。 「さて。これでどのような仕組みかを深く調べられる」 「あたいがナシールの知恵でだいたい教えるのに」 「何事も言葉だけでは足りん。手で触れ目で見て…確かめてこそ解るものもある」 「あっそ」 「お前はいかにする」

2019-10-04 17:15:33
帽子男 @alkali_acid

「西方からの刺客はまた襲ってくるかもしれんぞ。隠れ蓑をまとったエルフが弓や呪文を放ったら、防ぐ手立てはあるか」 ラヴィエンは笑う。 「あたい、歌う!」 「そうか。では小生は仕事に戻る。そういえば、マーリはもう目を覚ましたぞ」 「先に言え!!!!!!」

2019-10-04 17:17:39
帽子男 @alkali_acid

父は息子の寝室に走り込む。 「マーリ!マーリ!あたいのおちびさん!!」 「父上うるさい」 左手が右手より大きく背が曲がり足が萎えた少年は、しなやかな四肢とまっすぐな丈をした青年をしかめ面で迎える。 「背中は?痛い?あたい歌ってやわらげてあげようか?」 「まだすこし痛む。歌はいらぬ」

2019-10-04 17:19:32
帽子男 @alkali_acid

「抱っこは?抱っこはまだだめかな?」 「…む…」 マーリはラヴェインを上目遣いしてから、長さの違う腕を広げる。 「よい」 「やった!」 親子はそっと病床で抱擁を交わす。 「マーリ…マーリよかった」 頬ずりもする。 「父上…こそばゆい…」 「いーじゃん!」

2019-10-04 17:21:28
帽子男 @alkali_acid

「父上は、また歌うのだな」 「モシークとの話、聞いてたの?」 「そうではない。そう思っただけだ」 「しばらくマーリのそばにいる」 「いらぬ。歌えばよい」 「…うん」 「予が…いなければ、父上はこまらなかったな」 「え?」

2019-10-04 17:23:03
帽子男 @alkali_acid

歪んだうわべを持つ童児に美丈夫とくっついたまま呟く。 「予がいなければ、父上は剣を持った男など、なんでもなかった」 「何いってんの。あんたがあたいを助けてくれたんだよ」 「父上は予のために歌を弱めた。だから剣を持った男がつけいった」 「そんなんじゃない」 「そうか…予はそう思った…」

2019-10-04 17:26:10
帽子男 @alkali_acid

「やっぱ、あたい、マーリと一緒にいる!」 「いらぬ。皆が父上の歌をまっている。予も…歌う父上が好きだ」 「う…」 「あと一緒にいられるとうるさい」 「うう…」 「あの…ちょっとだけ歌って。父上。いま」

2019-10-04 17:28:02
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインはマーリの肩を抱いたまま唄う。 息子は父に合わせてはじめは小声でだんだんと大きな声で合唱する。 鍛冶の徒弟は、実はとても歌がうまい。澄んだ、深い泉から湧く水のような響きをさせる。 黒の歌い手は単に子煩悩から舞台に上げようとした訳ではない。

2019-10-04 17:30:28
帽子男 @alkali_acid

「マーリ。約束する。あたい、この影の国を、あんたがいつでもどこでも、安心して歌える場所にする」 「予はそんなにひとまえで歌いたくない…」 「えー!楽しいじゃん!」 「…もうかえってくれぬか」

2019-10-04 17:31:51
帽子男 @alkali_acid

楽士が竜に乗って去ったあと、見送った幼い職人見習いは、わずかにびっこを引いて工房の中へ戻る。 「やれやれ。黒の歌い手は行ったか」 狂った小人が新しい玩具である隠れ蓑をいじっている。 「行った」 「気前のいい雇い主だがうるさくて気が散るな」 「予のため多めにしゃべっている」 「ほう」

2019-10-04 17:35:44
帽子男 @alkali_acid

「予があまり人と話さぬから…父上はそのぶんしゃべるつもりなのだ」 「小生がお前なら逃げるぞ」 「とても逃げられぬ」 「竜に乗った魔法使いが相手ではな。だがこの隠れ蓑があればどうだ」 「隠れ蓑?」 「探索の呪文さえかわす不思議の衣だ」 「…だが」

2019-10-04 17:37:42
帽子男 @alkali_acid

マーリはもじもじした。 「父上を心配させたくない」 「そうか。だが黒の歌い手はお前ぐらいの年のころは、影の国を遠く離れて各地をさまよっていたぞ。親から遠く離れてな」 「…予は父上とはちがう。ちゃんとした体ではない」 「ならば一生ここで過ごすか?奴隷として」 「奴隷?」

2019-10-04 17:39:39
帽子男 @alkali_acid

「マーリ。今のお前はあの男の奴隷だ。歌と菓子とをあてがわれ、この影の国に閉じ込められた奴隷に過ぎん」 「…予は…」 「小生はごめんだ。籠の鳥の暮らしは気楽だが、好きな時に好きなところへ行き、好きなことをするのが一人前のドワーフというものよ」 「モシーク。ここをはなれるのか」

2019-10-04 17:41:55
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