エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~4世代目・中編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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帽子男 @alkali_acid

「しばしな。影の国は居心地がよいが、いささか刺激が足りん。もっと多くの槌音が響き、職人どもが怒鳴りあう場所に行かんと、技も知もかびる。一人前の鍛冶師や細工師になりたくば、お前も覚えておけ」 「…だが…予は…予のからだは」 「工夫しろ。補え。道具は何のためにある」

2019-10-04 17:44:42
帽子男 @alkali_acid

「道具…」 「エルフなど弓がなければただの木登りがうまい獣だ。ドワーフからやっとこやかまどを取り上げれば洞穴に隠れ住むとかげの類。人間どもはもっとみじめだ。我等はそうやって不足を補い、強みを増した。お前もうそうなれ」 「…むむ…む…」

2019-10-04 17:47:23
デロいち @dero_ichi

帽先生(@alkali_acid) のエルフの女奴隷年代記より! モシークとマーリ 狂った小人と傴僂の半妖精の師弟 影地歩きと黒の鍛え手 山の下と影の国の王子 pic.twitter.com/TVyrUj7jsp

2019-10-05 14:55:58
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帽子男 @alkali_acid

師弟はかくして影の国を出奔した。 もっともマーリは石板に細やかなエルフ文字で書き置きを残していった。 子供らしからぬ達筆である。細い方の右手が記した筆跡は祖父のナシールに似て優雅だった。

2019-10-04 17:50:18
帽子男 @alkali_acid

モシークとともに山の下の王国をめざすこと。 優れた鍛冶や細工の技を修め、一人前の職人になりたいこと。 七年は過ぎずに戻ること。 ドワーフの歌もできれば沢山覚えて土産として持ち帰るつもりであること。

2019-10-04 17:52:12
帽子男 @alkali_acid

「ふ ざ け ん な!!!!モシーク!!!!あんにゃろおおおお!!!!!!」 当然ながらラヴェインはキレた。 キレちらかした。 「あたいのマーリを!マーリを!!むきいいい!!!」 「お前は追ってはならぬぞ」 ダリューテが釘を刺す。 「なんで!」

2019-10-04 17:54:20
帽子男 @alkali_acid

「忘れるな。お前は今や黒の乗り手にして黒の歌い手。山の下の王国は、さほどエルフや人間には親しくないが、ドワーフ随一の強国として光の軍勢に与してはいる」 「あっそ!あたいは行く!そんで…」 「山の下でも歌うのか」 「…っ…だって…マーリが…」 「まったく。ナシールにそっくりではないか」

2019-10-04 17:57:48
帽子男 @alkali_acid

奴隷は主人の頬を撫でながら説き聞かせる。 「お前を呪いから逃がすため、影の国から最も縁遠い西の海辺にやったはずが…心配でたまらず、分身たる黒犬をそばへつけ…あげくこの地へ招き寄せてしまった」 「マーリは…だからあたいはマーリにそばにいてほしかったのに」

2019-10-04 18:01:33
帽子男 @alkali_acid

「マーリが…山の下の王国に滅びをもたらす…塚人の予言はそう告げていたな」 「マーリはあたいとは違う。慎重で思慮深い子だよ…ああ…だけど…モシークのやつ…あいつは」 「ラヴェイン。山の下の王国は地の底。暗い窖の奥に栄えると聞く。ならばマーリには狼よりましな守り役が要ろうよ」

2019-10-04 18:05:35
帽子男 @alkali_acid

森の奥方が、弓を引くのに長けた指を伸ばすと、淡く輝く白い蝙蝠が一匹、逆さに止まっていた金の木から離れ、羽搏きながら西へ、月の沈む方角へ飛んで行った。

2019-10-04 18:07:19
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 隠れ蓑は一着しかなかったが、背の高い西方人の男のために作ったもので、ドワーフと傴僂の少年が二人羽織をすれば何とかすっぽり身を覆えた。 とはいえどちらかがどちらかをおんぶすることになる。 「交代。交代だマーリ」 「もうか。さっき交代したばかりというに」

2019-10-04 18:09:34
帽子男 @alkali_acid

師弟は隠れ蓑の中でごそごそと上下を入れ替える。 「しかしお前は足腰が強いな。小生が作った具足あればこそだが」 「モシークは調子がよい」 童児は跛足とはいえ真銀と蜘蛛糸で作った網げ上げの筒で支えてあるので、わずかにぎこちないだけで歩くには歩ける。

2019-10-04 18:12:29
帽子男 @alkali_acid

しかし矮躯とはいえ筋肉の塊のような小人を担ぐのはなまなかではない。 「…モシークは重い」 「うむ。師の重みとはそうしたものだ」 「そうだろうか」

2019-10-04 18:13:42
帽子男 @alkali_acid

二人は外輪山の側面に開いた狭隘な抜け道を通って西へ出る考えだった。 「一度、山の洞窟に入れば探索の呪文もそうは働かぬ。この不自由な旅もいずれ終わるぞ」 「それまでに予はぺしゃんこになりそうだ」 「なるものか!お前に真銀の背骨を与えたのは誰あろうこのモシークだぞ!」

2019-10-04 18:16:40
帽子男 @alkali_acid

二人が、小人のあまりおいしくない行糧である“たらふく”を齧り、天水から作った長持ちする真水を飲みながら、どうにか外輪山まで辿り着いた際、ぎざぎざした尾根に沈む日を待てないかのように、蝙蝠の群が東から飛来した。

2019-10-04 18:18:59
帽子男 @alkali_acid

「黒の乗り手の使い蝙蝠だ!じっとしていろ。奴等に隠れ蓑が見破れるとは思わんが」 「待てモシーク。あの群。なにかおかしい」 「蝙蝠はいつもおかしいのだ。ばたばたと狂ったように飛び回る」 「白い…小さな蝙蝠がいる…飛び方も弱弱しい」 「それがどうした」 「まわりから邪魔にされている」

2019-10-04 18:20:57
帽子男 @alkali_acid

いじめである。 蝙蝠による蝙蝠いじめ。 よりにもよって外輪山に開いた抜け道の入り口で、やたら目立つ空の上でなぜか派手にいじめが繰り広げられている。 「かわいそうだ…」 「何?蝙蝠がか?」 「白い蝙蝠はきっと…あの群では醜く弱いものだな…」 「白は目立つ。地上にいるお前が気づくほどだ」

2019-10-04 18:23:47
帽子男 @alkali_acid

「蝙蝠を餌食とする類の生きものもいるだろう。白がまじっていれば群を危うくしかねぬだろうな」 「…そうか」 その割には、白い蝙蝠をさらしものにするように翼の群は渦を巻いて踊り、ト時々体の大きなのがどつく。

2019-10-04 18:25:41
帽子男 @alkali_acid

「何とかできぬか」 「ばかな。せっかく隠れ蓑でここまで来たのに使い蝙蝠の群にちょっかいなどかけてみろ。黒の歌い手に居場所を知らせるようなものだ」 「…む…だが」 「いい加減にせんかマーリ。我等の目的は山の下の王国。蝙蝠助けではない」

2019-10-04 18:26:57
帽子男 @alkali_acid

白い蝙蝠が地面に落ちる。 「すまぬモシーク」 師匠を担いだまま弟子はびっこを引きつつ意外な足の速さで駆けていく。 「マーリ!よせ!転ぶぞ」 「気をつける」 隠れ蓑をまとったままどうにか蝙蝠の傍までいくと、そっと抱き取る。 腕の中で暴れる獣に優しく歌いかけながら、少年はまた抜け道へ。

2019-10-04 18:28:43
帽子男 @alkali_acid

「やれやれ用心深い気性と思えば、ときどきとんでもない真似をしでかすなお前は」 「あいすまぬ…」 岩の張り出しの下へ隠れ、ほかの蝙蝠が引き上げていくのを確かめつつ、白い蝙蝠の手当をしようとようすをみる。目につくような怪我はしていない。 「無傷のようだ」 「ではなぜ落ちた」

2019-10-04 18:30:04
帽子男 @alkali_acid

「疲れたのだろう」 「ひ弱なやつだ。かまってもいずれ死ぬぞ」 「工夫すれば生きられる。そうではないか?」 「…ふは。一本とられたな。よし好きにするがいい」

2019-10-04 18:30:52
帽子男 @alkali_acid

「モシーク。蝙蝠は何を食らう」 「虫か…小さな鼠か」 白い蝙蝠が暴れる。心外だと訴えているかのように。 「前の雇い主のナシールが言っていたが。闇の女王に仕えた使い蝙蝠の最も古い一統は、人間やエルフの血を啜るとか」 「なんだ。血でよいのか」

2019-10-04 18:33:56
帽子男 @alkali_acid

少年は器用な右の指で短剣を抜き、力の強い右の手首を切って深紅の雫を浮かばせる。 「さあ飲むがよい。予の血が口に合えばだが」 翼ある獣はか細く鳴いてから、ためらうかのようなそぶりをし、しかし救い主の労しげな眼差しに応じるように血をすすった。 「よい子だ。生きよ」

2019-10-04 18:35:57
帽子男 @alkali_acid

蝙蝠はすぐ元気になり、マーリの頭巾の中を住まいに定めたようだった。 「小生がお前の上になる際、潰れぬとよいがな」 「この子は賢そうだ。ちゃんとよける」 「蝙蝠はたいがい賢くないぞ」

2019-10-04 18:37:37
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