エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~5世代目・前編~

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帽子男 @alkali_acid

かくのごときドワーフ七大悪人のうち、男四人とは近しく、女三人とはやや遠いというのがオズロウのふるまいだった。 だがいずれにせよ、小人の技も知も、少年を満たさなかった。 「影の国もええんやけど。ワテ。海いきたいわー。海ー。おとーはんの作った小さい海やのうて大きな海ー…」

2019-10-07 23:03:06
帽子男 @alkali_acid

ぺたぺたと裸足で歩いて、また工房に入り込む。 「おとーはん。一生のお願い」 「オズロウ。そなた…あと何度生きるつもりだ」 「ぎょーさん」 「…まあよい。何を望む」 「あんなー…ワテ…海に…」 不意に言葉を切らせた童児は、虚空に耳を傾け、鼻をうごめかす。 「おとーはん。何作とったの」

2019-10-07 23:06:23
帽子男 @alkali_acid

「指輪だ」 父の手が息子の手をとって導く。 「触れてみよ」 「…つるつるしとる…ひい、ふう、みい…八つある」 「予のはめているのと併せて九つ」 「九つの指輪。これで何するん?」

2019-10-07 23:08:10
帽子男 @alkali_acid

マーリはオズロウの耳元で静かに囁く。 「黒の乗り手の力を分ける」 「分ける?なして」 「一つの指輪に力が集まりすぎると…ますます重く…抜きがたくなる…屋根に積んだ雪の重みが、一つの柱にかかるようにな…だから支えを散らす」 「ふーん?」

2019-10-07 23:10:37
帽子男 @alkali_acid

黒の鍛え手が精霊の言葉で歌うと、 八つの指輪は宙に浮かび、共鳴りをしながら親子の周囲を巡った。 一つ一つが甲冑に変わる。 初めの一つは七尺ある巨躯。剛弓と大剣を携える。 「妖精狩り、魔法使い殺し」 「バンダや」

2019-10-07 23:13:58
帽子男 @alkali_acid

二つ目ははじめほっそりとした長躯。次いで甲冑の構造が組み変わり四つ足の狼のかたちに。 「死人占い師、黒の癒し手」 「ナシール」 三つ目は琵琶と横笛を携え、小さな三頭の龍を従える。どこかたおやな輪郭。 「呪歌の匠、黒の歌い手」 「ラヴェイン!」

2019-10-07 23:16:02
帽子男 @alkali_acid

四つ目は剛鎚を携え、多種多様な工具を背負う。左右ふぞろいの腕をした傴僂の姿。 「指輪作り。黒の鍛え手」 「おとーはん!マーリ!」

2019-10-07 23:17:53
帽子男 @alkali_acid

五つ目は無数の飛刀(なげないふ)をもてあそび、背後に竜頭を舳先に持つ帆船の影。 「竜曳船の主。黒の渡り手」 「だれ…?」 「そなただ。オズロウ」

2019-10-07 23:20:06
帽子男 @alkali_acid

六つ目は大釜を担ぎ、包丁や二股串を携えた大兵。バンダに匹敵するほど丈があるが、横にも広い。 七つ目は砂時計型の女のようだが、背から蜘蛛の脚が伸び、糸を周囲に伸ばす。 八つ目は六本指の手を持つ痩躯で、骰子と骨牌、将棋盤を虚空に浮かべている。

2019-10-07 23:23:22
帽子男 @alkali_acid

「ふわー…」 「いまだ生まれ来ぬものたち…生まれるかどうかもさだかではない」 「あとひとりおるんちゃうん?」 「…ああ。だが最後のひとりは」 八つの甲冑が再び指輪に戻りぐるぐると渦を描くようにして二人の正面に移動する。 父と息子のそばに陽炎のごとき揺らぎが生じる。

2019-10-07 23:26:11
帽子男 @alkali_acid

「なんの音?なんの匂い?」 「未来だ」 ひとりの少年が立っている。 背が低く痩せ、尖った耳と暗い膚をしていて、見たことのないいでたち。 あたりはドワーフの築いた山の下の王国に似ている。石畳の道。細い金属の柱が支える灯。だが人間が作り上げた街だ。煤煙の匂いがし、馬車が忙しく行き交う。

2019-10-07 23:30:22
帽子男 @alkali_acid

マーリの目に映り、オズロウの鼻と耳に届く。 「おとーはん…」 「しっ」 外套と帽子をまとったしなやかな影が近づき、少年に奇妙な筒を向ける。 刺客らしい。 突風がかぶりものを吹き飛ばし、麗しい素顔をあらわにする。 ダリューテ。森の奥方にして妃騎士。戦意に燃えている。

2019-10-07 23:32:55
帽子男 @alkali_acid

ドワーフの発破に似た炸裂の音。見知らぬ、しかしどこか見覚えのある童児の未熟な肢体が吹き飛ぶ。

2019-10-07 23:34:45
帽子男 @alkali_acid

次の瞬間、指輪はすべて工房の床に落ちた。 「こわ…今の音…あと変なにおい…」 「指輪は…予が考えたのとは別の働きをした…時を…またいだ…いや…あいすまぬオズロウ。怖いものを聴かせ、嗅がせた」 「ええんやけど、一生のお願い」 息子はけろっとした態度で過たず父親に抱き着く。

2019-10-07 23:37:52
帽子男 @alkali_acid

「ワテ、海いって、船乗りになりたい。ラヴェインみたいに。お船もほしい。自分のお船」 「船乗りになって何とする」 「世界中のええにおいを嗅いで、ええ男を船に乗せるんや!」 「男?」 「そ!ワテ、ええ男が好き!おとーはんみたいな!」

2019-10-07 23:39:50
帽子男 @alkali_acid

黒の鍛え手は、ついさっき魔法の指輪が見せた未来の光景すら咀嚼しきれていないところに、我が児から何かかなり重大な告白をぶつけられ、しばらく硬直した。 「そうなのか…考えておく」 「えー今!今がええ!」 「待つのだ。仙女とも図って」 「いややー!今がええ!」

2019-10-07 23:41:48
帽子男 @alkali_acid

オズロウ。上エルフの言葉で導きの星。 黒の渡り手。竜曳船の主。 十六分の一だけ人間、残りはエルフとあと何か。 影の国で奇妙なものたちに囲まれて育った少年は、考え方も独特だった。

2019-10-07 23:43:58
帽子男 @alkali_acid

エルフの奴隷を捕えて子供を産ませようとする、黒の乗り手の呪いからは、ある意味では最も隔たった存在だった。 オズロウはええにおいのする、ええ男が好きだった。 ええ女ではなく男が。

2019-10-07 23:46:58
帽子男 @alkali_acid

そう。 すで幼い頭の中でにかたちになりつつある夢とは、世界中のええにおいのするええ男を自分の船に乗せること。 イケメンハーレム船の長だったのだ。 「…マーリよ。つまり…何もせずとも…黒の乗り手の呪いはオズロウの代で絶えるのか」 「解らぬ仙女よ…予にはもう何も解らぬのだ…」

2019-10-07 23:49:49
帽子男 @alkali_acid

さて。 エルフの奴隷を代々受け継ぐ家系の話をしよう。 うらやましいね。 なにせエルフは美貌で長寿。いつまでも使い減りしないアンティーク家具みたいなものだ。 でも、そもそも何でエルフの奴隷なんか持つようになったのかって? もとをただせば、光と闇の戦いだ。おおげさだがそうなのだ。

2019-10-08 20:30:52
帽子男 @alkali_acid

闇に軍勢に属する蛮族の少年が、光の軍勢に属するエルフの騎士団に、魔法でめためたにやられ、父も叔父も母も祖母も血縁をすべて失ったのが端緒だ。 少年は復讐を誓い、エルフには朝飯前だが脳筋の蛮族には逆立ちしても使えない、魔法の力を手に入れようと執念を燃やした。

2019-10-08 20:34:41
帽子男 @alkali_acid

方法は見つかった。敗れて戦場に斃れた闇の軍勢の将、黒の乗り手の最後の助けにより、光の軍勢の中でも傑出した将、森の王の第三妃にして騎士たるエルフを捕え、呪いをかけるのに成功したのだ。

2019-10-08 20:38:34
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