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エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~5世代目・前編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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帽子男 @alkali_acid

「ぐーぐー…すーすー…」 寝息を立てておいてから、ぱちっとまたまぶたを開く少年。 「ししし。ワテまだ寝ーへんで」 そっと戸口に忍び足で近づくと、腕組みをしたからくりが立っている。 「うわ…おやすみ…」

2019-10-08 22:06:55
帽子男 @alkali_acid

夜更かしバトルはだいたい少年が子守に惨敗を続けたが、ある晩は狸寝入りのはずが本当に眠ってしまい、ふと深更にまた目を覚ます。 オズロウにとってはまぶたを開いても閉じても闇だが、でも開く。 ぼんやりしながら、しかしかそけく啼いて周囲を確かめ、過たず外へ出る。

2019-10-08 22:09:13
帽子男 @alkali_acid

真暗でもいささかも危うげなく、汀(みぎわ)まで下りてゆくと、不意に湖上から吹いてくる冷たい風に向かって首を伸ばした。 「おうた?」 誰かが歌っていた。水面にたたずんで。 いや踊っていた。

2019-10-08 22:10:59
帽子男 @alkali_acid

もし童児の双眸が光を映したら、闇の内海の上に、重さがないかのように爪先だつ妖精の乙女が観えただろう。 裸身の胸と股に飾りを貫かせ、糸のような鎖でそれぞれをつなぎ、あまたの鈴を吊るして打ち振るわせる舞姫が。

2019-10-08 22:14:36
帽子男 @alkali_acid

月も星も照らさずとも、しなやかな肢体はおのずから耀(かがよ)っていた。 下腹を中心に燃えるような紋様が、肋(あばら)から太腿のあたりまで広がって脈打っている。さらに臍(へそ)にはまった金剛石がいっそうまばゆい光を放つ。

2019-10-08 22:18:11
帽子男 @alkali_acid

鎖のつなぐ首環、腕環、足環、腰環も、鈴と同じく澄んだ音色を夜気にあふれさせていた。 奴隷と思しきいでたちの麗人は、ひとふりの抜き身の剣を捧げ持って、狂おしく水面に躍り、跳ねる。爪先が凪いだ表(おもて)に触れるたび、波紋がいくつも生じるが、しかし優美な長躯は決して沈まない。

2019-10-08 22:22:15
帽子男 @alkali_acid

恍惚に咽ぶような、悲痛に喘ぐような慟哭とも嬌声ともつかぬ叫びをきれぎれに発しながら、乙女はひたすらにしなやかな四肢と胴を独楽のように操って影の国の深更を掻き乱し続けた。

2019-10-08 22:25:06
帽子男 @alkali_acid

「ふわー」 少年は水辺に腰を下ろして、切なげな響きに聞き入った。 「だーれ?」 とうとう尋ねると、鈴は止み、やがてそばに気配が近づく。 甘やかな大輪の百合に似た香り。妖精の掻く汗のにおい。 「オズロウか」 「仙女はん!」 「つまらぬものを聴かせたな」 「きれーやった」

2019-10-08 22:27:26
帽子男 @alkali_acid

「耳にしたのがお前でよかった」 森の奥方は無造作に影の国の世継ぎの隣に裸身を横たえる。 もう飾も剣も消えている。左手の薬指に金剛石の指輪が煌めくのみ。 「どないしたん?」 「そちらこそ、あれだけ泳ぎ回って眠れぬのか」 「なんや起きてしもた」 「…私と同じだな」

2019-10-08 22:29:48
帽子男 @alkali_acid

「鈴が歌っとったみたいやった」 「ああ。あの鈴には…お前の祖父ラヴェインの歌がまつわりついている。鳴らすたびあの子の声で歌う」 「おもろ。なんや仙女はんの声もしとった」 「疼くのでな。紋様が」 「紋様?」 「お前の曽祖父ナシールが書き換え、完成させた…魔法の紋様だ」

2019-10-08 22:33:04
帽子男 @alkali_acid

「ほえー」 「お前の父のマーリがつけた石と鎖もあるしな」 「おとーはんが…はー…おとーはん。ワテにはかまってくれへんのに」 「あれも本当はもっとお前に構いたい。だが…お前の祖父ラヴェインと辛い別れをしたが故、二の轍を踏むまいとしている」 「なんやー…よお解らん」

2019-10-08 22:37:01
帽子男 @alkali_acid

貴婦人はしばらく口を噤み、己の頬の、もはや消えた傷跡を指で撫でた。 「でもなー。やっぱ仙女はんは、おとーはんとワテより仲良しでうらやましーわー。ワテももっと仲良したい」 「オズロウはまことマーリを慕うな」 「ええ男やもん!」

2019-10-08 22:41:25
帽子男 @alkali_acid

「よい男はほかにもいる。身近なものにばかり気を取られるでないぞ」 「ほんま?」 「ああ、あまたいる」 「ええにおいの?」 「よい匂いのな」 「海のむこーにも?香料のある暑い国にも?」 「いるであろう。寒い国にも」 「ならワテ、いきたいわー。自分のお船にのって」

2019-10-08 22:42:54
帽子男 @alkali_acid

ごろんと転がってオズロウは草の匂いを嗅ぐ。おおむね荒れは果てた影の国だが、新たにできた内海のまわりには瑞々しい緑葉が茂るようになってきている。 「あー…仙女はんが男だったら、ええ男やったろかー」 「どうであろうな」 「男になりたいて思ったことない?」 「…さてな」

2019-10-08 22:45:57
帽子男 @alkali_acid

「お前はおなごになりたいと思ったことはあるか」 「ないわー」 「同じだ」 「えー…せやけど仙女はんは男のほうがええで」 「…おかしな子よな。だがそう…ああ、男になってもよいな」 「ほんま?」 「だが、ただの男ではないぞ獣のような東夷の大男だ」 「ええやん!」

2019-10-08 22:49:22
帽子男 @alkali_acid

「身の丈は七尺もあって、凶暴なくせに狡賢い。影の国の地下に潜んでお前の命を狙う」 「こわ!ワテぶるぶるしてきた」 「そうとも…ぞっとするようなばけものだ…」 「ええ男?ええにおい?」 「いいや…おぞましく…獣臭い…さあ。今度こそ眠らねばならんぞオズロウ」

2019-10-08 22:51:55
帽子男 @alkali_acid

仙女はふっと息を吹きかけて少年を追い立てる。 「もー…せや。なして仙女はん、お庭やのうて水の上で踊っとったん?」 「ここがラヴェインとよく歌い奏でた…西の島の内海に似ていたのでな。お前が楽しそうに泳いでいたし」 「いつのまに聴いとったん?」 「ほら時間稼ぎは許さぬぞ。床に戻らぬか」

2019-10-08 22:56:06
帽子男 @alkali_acid

森の奥方のそばを辞して小屋に戻りながら、影の国の世継ぎはあくびをした。 「んー…仙女はんのいうええ男っって…」 微妙に趣味が違う。常若の乙女が男だったら、よい男だったというのは、もうちょっと雄々しくも流麗な貴人のつもりだったのだが。 だがそんな男、影の国にいるはずもないか。

2019-10-08 23:00:46
帽子男 @alkali_acid

なにせ小鬼に巨鬼、戦鬼。魔狼に蝙蝠に竜。 交易の品々を運んでくる荒くれの海賊に暴れものの蛮族。 あとは、陽気なさすらいの民ぐらい。 どの男も逞しさは好みだが、仙女のような風雅さはない。 おつきのアンググはでかい金物だし。 「やっぱ、はよお外いきたいわー」

2019-10-08 23:04:50
帽子男 @alkali_acid

よい男に会いたい。 エルフとか西方人とかね。 瀟洒でかつ精強な公達。 喩えるなら森の奥方をそのまま青年にしたような。 「おとーはんが一番やなー」 確かに観測範囲で理想に一番近いのはそうなる。

2019-10-08 23:07:57
帽子男 @alkali_acid

どっかからエルフのイケメンが転がり込んでくるのでなければ。 闇の軍勢の本拠たる影の国に。 光の軍勢の一員が。 うまいこと。 ないか。 いや来たわ。

2019-10-08 23:09:03
帽子男 @alkali_acid

極上の美形が。 向うから。 加速をつけて全力で来た。 ついでに渾身のアタックまでしてきた。 ただし相手はオズロウではなく父のマーリ。 激しいアタック。刃物で。 それはアタック…っていうか。 アサルトかなー?

2019-10-08 23:10:40
帽子男 @alkali_acid

鋭利な飛刀(なげないふ)が同時に五本。 しかも魔銀の背骨が守る後ろからではなく、正面から。 両眼と喉と心臓と鳩尾を狙って。渦巻く風に乗って。

2019-10-08 23:12:30
帽子男 @alkali_acid

隠れ蓑をまとう刺客。 ますます力を大きくする東方の盟主を狙い、西方諸国が送り込んだ、新たなる討手。 しかも今度のやつは並大抵じゃない。 魔法使い。妖精の魔法の達人だった。

2019-10-08 23:14:07
帽子男 @alkali_acid

なんたることか。不具の青年は護衛もなく独り工房にいるところを、欠けるところなき美を持つ凄腕の武人にかかり。

2019-10-08 23:16:57
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