エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~5世代目・前編~

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帽子男 @alkali_acid

いや傷は負わなかった。 だって襲撃に遭うのは初めてじゃない。 少年時代に野外円形劇場で、父とともに歌うため舞台に上がったところを、同じように至近から強襲に遭った。凶器は飛刀ではなく長剣だったが、さまつな違いだ。 とにかく一度迂闊な隙をさらせば十分。二度はない。

2019-10-08 23:19:47
帽子男 @alkali_acid

黒の鍛え手の跛足(はそく)には真銀と蜘蛛糸でできた筒状の脚絆がはまっている。山の下の王国で罪人になった際失ったが、似たものをまた拵えて装着したのだ。 以前との違いは細い糸のような鎖が編み込んである点。鎖は魔法の鎧としてのはたらきをし、炎や氷や風や雷などの攻撃呪文、飛び道具を防ぐ。

2019-10-08 23:22:48
帽子男 @alkali_acid

剣呑な輝きを放つ匕首はそろって、標的に突き刺さる三寸手前で宙に縫い留められた。 「…懲りぬな」 マーリが告げるといびつな暗黒の甲冑が、全身をおおう。 「相も変わらず、切り札たる隠れ蓑を逐って次いで、一つずつ投じるか」 嘲りすらこめて敵を凝視する。だが兜の奥で荒々しい声が響く。

2019-10-08 23:27:09
帽子男 @alkali_acid

”待てマーリ。こいつは今までとは違う。並の使い手ではない。魔法使いで戦士。呪文の速さも勁(つよ)さも、身ごなしも” “どれほどですひいおじいさま” ”ダリューテ…あの魔女に並ぶ。ひとりででも黒の乗り手を屠る自信があるやつだ”

2019-10-08 23:30:09
帽子男 @alkali_acid

刺客はエルフだった。いや西方人。 どちらでもあり、どちらでもない。 そう。ハーフエルフだ。 だが年齢を持たぬ若々しい美貌の中で、瞳だけは年降りている。 “俺のさらに前の黒の乗り手…どうしてか霊気は失せ、記憶が残るのみだが…そいつが知っていた。闇の軍勢にとっての災いたる男”

2019-10-08 23:34:16
帽子男 @alkali_acid

”闇にとっての災い…” “深き谷の領主…半妖精…風の司…ロンドー…油断するな”

2019-10-08 23:36:43
帽子男 @alkali_acid

ロンドーは隠れ蓑を脱ぎ捨て、飛刀を放った。 一振りに過ぎなかったが、虚空で千もの刃に変わった。 物寄せの術。はるか西の深き谷の武器庫から、妖精の鍛冶が打った匕首を無尽蔵がごとく呼び出せるのだ。 煌めく破邪の得物は、半妖精の操る旋風に乗って音を超える捷さで魔人を襲う。

2019-10-08 23:39:27
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手はかわした。じぐざぐの稲妻のような動きで。 びっことは思えぬ俊足だった。 左腕で剛鎚メディオンが震える。主君を守ろうとするもののふの武者震いのように。 「メディオン。そなたは元は妖精の騎士。同族に振るうのは心苦しい。しばし控えよ」

2019-10-08 23:42:54
帽子男 @alkali_acid

代わりに石切鋸と石炭掬いの円匙を抜き、風車の如く振り回す。 飛刀を次々に叩き落とし、逆に刺客へ肉薄する。 “動きも型にはまっていないな…だが読める” 「バンダ!予に力を!」 “俺は常に共にあるぞ” 一切の機略を破るマーリの素早い応戦にロンドーは双眸を見開いた。

2019-10-08 23:45:10
帽子男 @alkali_acid

「はっはあ!」 牙の部族の哄笑を発し、妖精狩り、魔法使い殺しの記憶を受け継ぐ当代の黒の乗り手は、とうてい戦の役には立たなそうに見える工具を、いびつな両腕で振るい、無敵の呪文を操る光の軍将を追い詰めた。 だが目の前の端正な縹緻を粉々にする刹那、わずかにためらう。

2019-10-08 23:47:52
帽子男 @alkali_acid

“影の国でもう一人の妖精の騎士も殺させはせぬ” 今まさに命を奪おうとしている男によく似た、厳しくも麗しい女の面差しが脳裏をよぎる。 「ぬう…」 マーリが後退すると、ロンドーは好機を逃さず、指で印を切り、駆け抜けるように詠唱を済ませる。

2019-10-08 23:50:58
帽子男 @alkali_acid

半妖精の額に黄玉の飾りが炯々と燃えると、三方から竜巻が押し寄せて甲冑の魔人を飲み込んだ。風の刃と棍に混じって数え切れぬ鋼の刃が急所を狙ってくる。 刺客は、標的を捕えるやさらに多くの竜巻を作り出し、一気呵成に仕留めにかかる。

2019-10-08 23:53:55
帽子男 @alkali_acid

「ぐ…」 “魔法に捕まったね。それなら戦い方を変えよう” 「おじいさま…ナシール…」 ”たまには君も何かに変身してみるといい…一番強いものを思い浮かべて” 「ぐううおおおおお!!!!」 風の檻がはじけ飛ぶ。 渦巻く大気が散った後には、紅蓮の鬣と炎の鞭を持つ巨躯が立っていた。 業火の精霊。

2019-10-08 23:56:37
帽子男 @alkali_acid

ドワーフの本拠、山の下の王国を滅ぼした災いに瓜二つ。 いや本物の業火の精霊は猛々しくも曲線の輪郭を持つ女の姿だったが、こちらはより直線の多い男のうわべだ。 さすがに深き谷の領主もおののき、玲瓏の面から血の気を失う。だがなお烈風に乗って宙に舞い上がり、四方から飛刀の雨を降らせる。

2019-10-09 00:00:54
帽子男 @alkali_acid

ロンドーの額で黄玉がますます激しく明滅し、あたりを奔(はし)る飛刀の数は千を超え、煌めく鋼の奔流と化す。 まるで、あまたの刃の鱗を持つおろちが、燃え盛る怪物に巻きつき、炎からなる肢体を引き裂こうとしているかのよう。 “悪くない術だが。闇に燃える焔と相性はよくないな”

2019-10-09 00:04:37
帽子男 @alkali_acid

業火の精霊に変身した黒の鍛え手は、祖父の記憶に従い、紅蓮を操りながら、聖なる鋼を溶かして捏ね直すと、赤熱する即席の籠を作り、そばを燕のごとく虚空を駆ける風の司に擲つ。

2019-10-09 00:06:47
帽子男 @alkali_acid

すっぽりと敵を閉じ込めると、もとの大きさに戻り、甲冑を鳴らして近づく。 「…勝負はついた」 マーリがそう述べると、ロンドーはしかし額の黄玉をもぎ取り、きしるような言葉を紡ぐ。上エルフの最も古い誦句。 「…風の男神よ…今我が命と宝玉とを糧に大いなる颶風を…」

2019-10-09 00:09:44
帽子男 @alkali_acid

工匠の目が、黄玉の額飾りの見事なできばえをすばやく観察し、歯噛みする。 「光の軍将よ…それほどの傑作を…つまらぬ戦で失うつもりか…」 だが武人の呪文を編む呟きは止まない。 “マーリ。もーちょっとがつんとやった方がいーよ” 「…父上…ラヴェイン…」 “あんたの歌、あたいに聴かせて”

2019-10-09 00:13:21
帽子男 @alkali_acid

影の国の太守は双眸をかっと開く。 「予の歌を聴け…!!!」 低く深く力強い男の喉が、竜の咆哮にも似た頌を響かせる。 深き谷の領主はついに膝をつき、黄玉を指からこぼして意識を失った。

2019-10-09 00:15:31
帽子男 @alkali_acid

「…よもや…この地に…二人目の光の軍将を…捕虜としてつなぐことになろうとは…」 しかも一人目に負けず劣らずのすごぶるつきの美形である。 いや参った参った。 エルフってなんでこうちょろいんでしょうね。 今度のはハーフエルフだけど。

2019-10-09 00:16:58
帽子男 @alkali_acid

麗しき囚人(めしうど)の到来を知るや、盲目の少年は傴僂の青年にねだる。 「おとーはん!一生のお願い!一生のお願い」 「…きかぬぞ。嫌な予感がする」 「ワテ!ええにおいのする、ええ男と…お友達になりたい!」 「…オズロウよ…光と闇とは相容れぬ」 「えーやんかー!」

2019-10-09 00:20:55
帽子男 @alkali_acid

「こたびばかりはそなたの一生の願いもきけぬ」 「いややー!おとーはんよりええ男!初めて見たのにー!」 「…そうなのか…むう…」 考え込まざるをえない。親離れせぬ子がやっと自立への道を。 いやそうか。本当にそうか。 「では光の軍将よ…」 「くっ…殺せ…」 しかも捉えた相手はくっ殺だぞ。

2019-10-09 00:23:51
帽子男 @alkali_acid

結論から先に言うと、オズロウはひとめぼれしたロンドーを半ば強引に旅の道連れとして西へ向かう。 そうして道中、ひとめぼれした深き谷の領主に大事な蒼玉の指輪を譲ってしまうのだ。さらに紅玉の指輪も行き着く先でまた別の、よい男に譲ってしまう。

2019-10-09 00:26:50
帽子男 @alkali_acid

ちなみに、オズロウが出会ういい男はまだまだほかにもいっぱいいる。 海豹の毛皮をまとって変身する海エルフに、竜にも等しき力を持つ北の果ての巨人。南の香料のとれる地の民とかね。

2019-10-09 00:31:01
帽子男 @alkali_acid

一応いい女もいる。かの大海賊、隼と鶚の子孫が、女だけの船を操って嘆きの海を漁り回っている。目的は波の下に沈んだ西の島から財宝のサルベージ。 何やらとんでもないものが見つかるらしいが。 黄金王の遺産とは果たして。

2019-10-09 00:32:12
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