エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~5世代目・中編~

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帽子男 @alkali_acid

かくして風の司は、影の国の仔を船作りの長にゆだねて去った。 最初こそオズロウはキレちらかしたが、すぐに新しい技と知に魅せられ、夢中で修行を始めた。

2019-10-14 15:50:25
帽子男 @alkali_acid

荒波を知り、早潮を知った。 満ち引きと月のかかわり、季節ごとに吹く風。 竜骨に肋材、外板に甲板、 主檣に副檣、舵に櫂。 どの部位にどの木材がよいのか、帆はどのような形がどのように風をはらむのか。綱の張り方登り方渡り方。 浸水の修繕からかい出し、船上での用の足し方も。

2019-10-14 15:56:37
帽子男 @alkali_acid

ニムディアはオズロウを港のそばの森へ連れて行った。 「ここには船に使うありとあらゆる木がある。そなたは嗅ぎ分けられよう」 「これ直松(すぐまつ)や!切り倒すん?」 「ある意味では…」 船作りの長は手で触れて歌いかける。 「この木はまだ準備ができていない」 「ほわー」

2019-10-14 16:01:20
帽子男 @alkali_acid

若々しい翁はやがて一本一本にすべて掌をあてて何かを尋ね、とうとう高さ数丈はあろう古木に辿り着く。 「この木は準備ができている。海へゆく準備が」 そう告げて、まぶたを閉ざして低く何かを唱えると、年ふりた直松はみずからゆっくりと倒れた。 「さあ皆を呼んでこよう」

2019-10-14 16:04:04
帽子男 @alkali_acid

エルフの造船は気の長いものだった。木が熟するまで何年でも何十年でも待つのだ。だから大渠から生まれる新船はそう多くない。とはいえ沈む船はほとんどないのだ。 西の島を襲った大津波の折さえ、港の船は一隻も失われなかった。もっとも光の諸王が、妖精には格別の配慮をしたせいかもしれないが。

2019-10-14 16:09:46
帽子男 @alkali_acid

オズロウは槌を振るいかんなをかけ、鑿を打ち、材木を運ぶばかりではなく、みずから多くの船に乗り込んだ。数は少ないが船作りの港にも漁り船や商い船はあり、細く優美な船体で驚くほど遠洋まで出た。

2019-10-14 16:11:20
帽子男 @alkali_acid

怪力のアンググと共に、どの船でも下働きとしてこまこまと雑用をこなし、やがて帆を張り、綱を引き、檣に上がって風を読むまでになった。髪に挿した鷲の羽がはためき、いつも時化の前触れを教え、凪の兆しを告げた。

2019-10-14 16:13:21
帽子男 @alkali_acid

「オズロウ。お前は船作りの港一の大工になる。水夫としてもすぐれている。だが舵取りとしては難しい」 商い船の長が告げた。 「なんでなん?」 「解ってるはずだ。お前は目が見えぬ。風は読めるが、方位が解らぬ。エルフが得意とする星測りの技が使えぬのだ」

2019-10-14 16:15:39
帽子男 @alkali_acid

「お日さんのあったかさで解るで」 「だが日が陰ればどうだ。海が荒れれば。お前を補って目となるものがおらぬ限り、海は命とりだ」 「…アンググがおる!」 「からくりか。怪力は認めるが、機敏さに欠ける。やはり港にとどまるがよい」 「えー…ほな…工夫する!おとーはんみたく」

2019-10-14 16:18:20
帽子男 @alkali_acid

うんうん悩む影の国の世継ぎに、がらんどうの従者がちかづき、蓋のような口から何かを取り出す。 「なんや…あ、屍金接ぎのおにーはんの細工や…女のひとの指やな」 防腐処理を施した人間の女の指を台座に据えたもので、ねじを巻くと内に秘めた機構をうならせ、南を指した。 「ほわー」

2019-10-14 16:22:18
帽子男 @alkali_acid

小さな金属片が添えてあり、細かな凹凸で字が刻んである。まったき闇という光のない牢獄でも言伝が残せるように影地歩きが考案したものだが、オズロウには普段使いの手紙になっている。 「アンググに役に立ちそうな発明をいくつか捻じ込んでおく。指南器は方位を知るのによいだろう」

2019-10-14 16:24:58
帽子男 @alkali_acid

「ふんふん…磁…石?あ、力を帯び、力に従う金(かね)や…おおきに!影の国の皆!」

2019-10-14 16:26:09
帽子男 @alkali_acid

「もっとはよ教えてええな。ほかに何があるん?炸裂石灰弾は扱いを間違えると死ぬので気を付けるように…酸毒霧吹き装置は扱いを間違えると死ぬ…ほわー…風力式旋穿衝角は扱いを間違えると死ぬ…ほわー」

2019-10-14 16:28:35
帽子男 @alkali_acid

暗い膚の若者は、くんくんと鋼鉄と玻璃と磁器の相棒を嗅ぐ。 「アンググ。こない色々入ってて平気なん?」 からくりの召使はお手上げというように両腕をもたげただけだった。

2019-10-14 16:30:53
帽子男 @alkali_acid

影の国の世継ぎは背が伸び、筋骨も太くなった。 長躯のせいでほっそりとして見えるが、近づけば広い肩幅や厚い胸板が解る。 もはやラヴェインと間違えるエルフはいなくなったが、しかしもうオズロウはオズロウとして受け入れられていた。

2019-10-14 16:35:32
帽子男 @alkali_acid

「東(あずま)の大工よ。うちの小舟を直してくれてありがとう。浜薔薇の実をおとり」 「命知らずの光なき水夫よ。次の時化を占ってくれ」 「暗き膚の海人(あま)よ。ともに宝貝を採りに潜ろう」

2019-10-14 16:37:21
帽子男 @alkali_acid

波打つ髪を掻きあげ、若者は笑う。低く豊かになった声は、黒の歌い手とは似ていないが、しかし舟歌を吟じれば誰もが足を止めて聞き入る。 「おおきに。皆。おおきに」

2019-10-14 16:39:00
帽子男 @alkali_acid

オズロウは最初の持ち船を完成させようとしていた。 といっても師であるニムディアの使っていた古い帆船を一度ばらばらにし、調べ上げて傷んだ部分を取り換え、組み直すのだ。年季明けの仕事だった。 「妖精ならば修行に百年を費やしておかしくないが、そなたは定命。だが学ぶ速さは誰より上だ」

2019-10-14 16:41:04
帽子男 @alkali_acid

白鳥の舳先飾りを持つ船は「旭(あさ)あけ丸」。 「…でけたで!ワテの船!」 帆柱に頬すりして若者はにんまりした。 「おめでとう。オズロウ」 大渠の奥から声が響く。振り返ると、なつかしい友が立っていた。 ロンドー。深き谷の領主が。

2019-10-14 16:44:03
帽子男 @alkali_acid

「アキハヤテはん!もー顔見せる言うてたやんか!」 ひょいと舷桁を越えて、若者は美丈夫のそばへ舞い降りる。重みがないかのような柔らかさ。立つとすでに頭半分は丈で年嵩の相手を上回っている。 「大きく…なりましたね」 「アキハヤテはんが縮みよったん」 「言ってくれますね」

2019-10-14 16:47:27
帽子男 @alkali_acid

オズロウは壁に手をつき、ロンドーにおおいかぶさるようにして尋ねる。 「ええにおいや!ワテの船に乗ってかん?」 「…喜んで」 もっと長上として余裕をもった応対をするはずだったのに、しばらく見ないあいだにすっかり育った知己に、風の司はそう返事をするのがやっとだった。

2019-10-14 16:49:57
merethion @merethion

#えるどれ 腕は絵的に顔が見える位置に配置しましたがほんとは顔の両側をふさぐのがいいよね エルフにとって辛い展開が続きそうなので旅の始まりごろの絵を描くなら今だと思いました pic.twitter.com/HTskpLuNPh

2019-10-31 00:42:50
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帽子男 @alkali_acid

「なにか変わったことはありましたか」 「なーんも。ニムディアはんもすっかり元気やし、海は春夏秋冬、ちゃんと荒れてちゃんと凪ぐ。あとは…せや、このへんの泉にお化けが出んで!」 「お化け?」 「裸みたいな女のひとやて…うひひ…夜中に水浴びしたり、踊ったりしてるて…怖いやろ」

2019-10-14 16:53:08
帽子男 @alkali_acid

並んで歩くと、一緒に東から西へ旅したときのようだが、声のする位置は逆転している。 「あなたは本当に大きくなった。東方人の血でしょうね」 「体大きなるとなー。色んなことできて便利やで。どこでも手届くし、重いもん持てるし、ほれ!」 オズロウはひょいとロンドーを掬い上げ、横抱きにする。

2019-10-14 16:56:57
帽子男 @alkali_acid

武人としてあってはならない不覚をとり、深き谷の領主は言葉を失う。影の国の世継ぎは鼻歌まじりにそのまま歩き出す。 「やめなさいオズロウ」 「いややー。こうしとるとアキハヤテはんのええにおいがめっちゃしよるもん。心臓の音も聞こえんで。早なってる」 「これは辱めです」

2019-10-14 16:58:37
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