エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~5世代目・中編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
25
前へ 1 2 ・・ 18 次へ
帽子男 @alkali_acid

無論のこと風の司は立ったままだった。 鍛冶の匠は溜息を吐く。 「では予も座れぬな…ロンドーよ。影の国はそなたの領地から遠い。何故に西方の民の魔法の衣をまとい、独り来た」 沈黙が応じた。 「…予の命は今はまだくれてやれぬ。だがこれは返そう」

2019-10-09 22:27:29
帽子男 @alkali_acid

きれいに洗って干して熱した鉄で伸ばして畳んだ隠れ蓑と、千切れた部分を元通りに繕った黄玉の額飾り。いずれも魔法の品だ。暗殺に最適な。 「持って帰るがよい。ほかに望みはあるか」 「…仙女」 ロンドーはやっと口をきいた。 「仙女…我が家系重代の奴隷たる森の奥方、ダリューテが望みか」

2019-10-09 22:30:37
帽子男 @alkali_acid

マーリは首を縦に振った。いびつな肩の片方に白い飛獣がしがみついて翼を小さく動かしている。 「かの女は渡せぬ。光の軍勢にはな」 「…そうですか」

2019-10-09 22:34:28
帽子男 @alkali_acid

互いの息遣いが聞こえる近さで、突如半妖精は掌に飛刀を呼び出し、魔人の喉笛を狙った。 だが背の曲がった職人の右手より大きな左手がより素早く、武人の首を掴んで、壁に叩きつけていた。 「ぐ…ぅ」 「そなたにダリューテを取り戻すは叶わぬ。空手で帰れ」 「…くっ…殺せ…」

2019-10-09 22:37:33
帽子男 @alkali_acid

不意に蝙蝠がかそけく啼く。 片輪の太守はゆっくり腕を降ろし、ぐったりした刺客を瀟洒な椅子に無理矢理座らせた。 「気が変わった。そなたを会わせよう。我が奴隷に」

2019-10-09 22:40:02
帽子男 @alkali_acid

影の国の外れにある秘密の庭園で、深き谷の領主と緑の森の奥方は再会した。 「戦が原以来か」 「しばらくにございます。奥方様」 「よさぬか。戦場で轡を並べた間柄ぞ」 「ダリューテ…ここは…」 「聞き耳を立てるものはない。私が望まねば誰も立ち入らぬ。黒の乗り手もな」

2019-10-09 22:42:52
帽子男 @alkali_acid

二人は石造りの円卓を挟んで、石の椅子に腰かける。 不思議と柔らかく、温もりさえ感じるが、いかなる仕掛けかは解らない。 「…ここが影の国とは…信じられぬ思いです」 「このあたりの山の雪解け水は、滅びの亀裂の吐く煙に汚れておらぬ故な。あれこれと育つ」 「いえ…お庭だけではない」

2019-10-09 22:45:24
帽子男 @alkali_acid

「私は隠れ蓑をまとって、影の国に入ってからあちこちを探りました。奇妙なことが起きています」 「聞かせてみよ」 「かつてなかったような草木が萌え、獣も数と大きさを増しています」 「さようか」 「小鬼、巨鬼、戦鬼どもが…前に比べればおとなしい…魔狼も体の嵩は増したが、落ち着いている」

2019-10-09 22:48:39
帽子男 @alkali_acid

「竜は見たか」 「一度。まだ若い。荒々しいが、かつての如き獰悪さは感じられませんでした」 「…いかに思う」 「まるで…みな形だけ留め、中身は別のものに変じたかのようです」 「何も変わってはおらぬ」

2019-10-09 22:50:15
帽子男 @alkali_acid

「ゴブリンどもは強いものに従い、弱いものを嬲るまま。今は黒の乗り手の威勢になびき、指図によって慎んでいるだけ。トロールは愚鈍そうに見えて狡賢いが、年経たものも多く、召し出しあるまでは巌の如くじっとしているばかり」

2019-10-09 22:53:49
帽子男 @alkali_acid

「慧眼はお変わりなきごようす」 「影の国で暮らす十年は、ほかで過ごす千年に増して魔性を知る機をもたらす。オーガはガウとダハウなる酋長が範となり、黒の乗り手には絶対の忠誠を誓い、下知に従う。血に飢えても西方人の北朝と小競り合いある限りは満たされていよう」

2019-10-09 22:57:54
帽子男 @alkali_acid

「竜や狼や蝙蝠も同じでしょうか」 「いずれも黒の乗り手の魔法の掌握のもとにある」 「…影の国の鬼は変わったのではなく、時を待ち力を蓄えているにすぎないと…では東夷は?」 「人間は…変わった。今や東の民は国を持ち、西とは似て非なる法を持つ」 「法を…」

2019-10-09 23:01:58
帽子男 @alkali_acid

「なればこそ、いずれ西の民にとって最大の敵は、大小の鬼ではなく、東の同族となろう。だがあいだに影の国が横たわる限り、衝突はまだ先だ」 「お見事。虜囚となりながら、影の国を掌に置くがごとく調べ尽すとは」 「さてな」

2019-10-09 23:05:34
帽子男 @alkali_acid

ロンドーはいったん言葉を切ってから、また告げる。 「それでも、私は影の国が変わったとしか思えません。あなたも覚えておいでのはずです。我等がともに攻め込んだ際、この地のそこかしこに建っていた牢獄と、打ちひしがれた奴隷…拷問具に満ちた城砦を」 「覚えている」

2019-10-09 23:08:49
帽子男 @alkali_acid

ダリューテは短く応じた。 半妖精の貴公子と妖精の貴婦人はまた見つめ合う。 「今影の国にはどれくらいの奴隷がおりましょう」 「一人。東夷が竜の生贄にと送り届けてくる、牧の牛を数にいれねばな」 「その一人とは」 「私だ」

2019-10-09 23:10:41
帽子男 @alkali_acid

「ただ一人の奴隷を残し、牢獄も拷問具も消えた」 「どちらも残っている。隠されているだけだ。影の国の秘密の大半は、汝の歩き回った地上にはなく、地下にある」 「ではあなたは、拷問を…?」 「ロンドーよ。今は話せぬ」 「…ああ…そのような」

2019-10-09 23:14:10
帽子男 @alkali_acid

玲瓏の面を陰らせた深い谷の領主から、微妙に緑の森の奥方は視線をそらす。 しばらく二人にとってそれぞれ意味の異なる静寂が続いたあと、常若の美丈夫は美女に語り掛ける。 「変わったのは…黒の乗り手、そうですね」 「あるいはな」 「私が知る黒の乗り手は、闇の女王に従う…不死の幽鬼でした」

2019-10-09 23:16:53
帽子男 @alkali_acid

「並の武器では、幾度倒しても蘇った。光の諸王の加護ある刃が必要だった」 「だが今の黒の乗り手は、生身だ」 「そのようだ」 「府に落ちませぬ。乗り手は女王と運命をともにするはず。女王なきあとどうやって生き延び、代を重ねているのか」 「…術を見つけたのだ」

2019-10-09 23:20:09
帽子男 @alkali_acid

「魔法でしょうか…だが乗り手は元は人間…さほどこの道に造詣が深いとも思えませぬ…誰か…魔法に長けたものの力を借りたとしか」 「かもしれぬ」 「…私が戦った乗り手は、かつてと比較にならぬ魔法の力を備えていました。あれは上(かみ)エルフに近い」 「それ以上かもしれぬ」

2019-10-09 23:22:29
帽子男 @alkali_acid

ロンドーはダリューテに身を乗り出す。 「それでも生身です。私とあなたが二人で立ち向かえば、勝ち目はあります」 「望みはあろう。命がけでかかれば」 「あなたを解き放つためであれば、私は命など惜しくはありません」 「…だが。黒の乗り手を倒したとして…あとはどうする」 「あと?」

2019-10-09 23:25:26
帽子男 @alkali_acid

「汝が見てきたように、今、影の国の鬼や獣は鎮まっている。ひとえに黒の乗り手故にな」 「首魁を倒せばあとは西方人の軍勢が蹴散らせましょう」 「そうかな?もっと獰猛な長が立てばどうする」 「黒の乗り手よりも?」 「世継ぎがいるのだ。今の黒の乗り手には。生身故にな」 「…世継ぎと…」

2019-10-09 23:28:18
帽子男 @alkali_acid

「父を慕う子だ。もし愛するものを殺したのが妖精の刺客と知ればどうなる。影の国の全力を挙げて森を…谷を攻めるのではないか」 「ならば…」 「殺すか。子も」

2019-10-09 23:30:24
帽子男 @alkali_acid

ロンドーは愚かな男ではなかった。黒の乗り手の世継ぎが誰なのかはすでに察しがついていた。 「目の見えぬ子…オズロウと名乗っていました」 「まさしくあの子だ」 「…変わった子でしたが、まだ悪しき道に入りきってはいないようす。あるいは導けるやも」 「…汝がか」 「私も小姓は持ちます」

2019-10-09 23:34:17
帽子男 @alkali_acid

奥方は頬を指でなぞりながら考え込む風だった。 「黒の乗り手は…そう望んでいるかもしれぬな…」 「どういうことでしょう」 領主が問うと、沈黙が応じた。

2019-10-09 23:36:22
帽子男 @alkali_acid

ややあって今度はダリューテがロンドーに尋ねた。 「なぜここへ来た。汝ほどの男が野伏の如く供も連れず」 「…あなたの娘の望みを叶えるため」 「ガラデナのか」 「はい。森の女王。我が最愛の人のためです」

2019-10-09 23:41:44
前へ 1 2 ・・ 18 次へ