PML(致死的な脳症)の原因ウイルス(“PML型JCウイルス”)は患者体内で“原型JCウイルス”から作られる?!

一般患者8名と健常人2名の尿から、JCウイルス(JCV)の全長ゲノムをクローニングした。得られたクローンの調節領域の構造を解明し、JCVが稀に起こす致死的な脳症(PML)の脳病変部から分離されたJCV(PML型JCV)の調節領域と比較した。その結果に基づきJCVに関する原型仮説を提唱した。この仮説は「患者体内で調節領域の再編成が起きたJCウイルスが出現し、致死的な脳症(PML)を発症させる」という結論に行きつく可能性を秘めていた。裏話もふんだんに紹介する。
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

1980年代の末、東大医科学研究所ウイルス感染研究部の助手だった私は東大病院分院の北村唯一講師(当時)と共同研究を始めた。当初のテーマは「非免疫抑制者や健常人の尿からのBKウイルス(BKV)の検出」だったが、図らずも、進行性多巣性白質脳症―致死的な脳症。英語名の頭文字をとってPMLと略す。

2019-10-21 15:29:08
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

免疫を低下させる疾患を有する患者で起きる稀な疾患―を起すJCウイルス(JCV)が非免疫抑制患者や健常人の尿に頻繁に排出されていることを発見した。(BKVとJCVは互いに近縁のウイルスであり、ヒトにのみ感染する。両ウイルスに関する知見を表1にまとめた。)この発見にあたり、私の脳裏に閃いた次の pic.twitter.com/P91YR08ZWS

2019-10-21 15:29:13
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研究は、尿由来のJCV DNAに存在する転写調節領域(調節領域と略す)の構造を解明することであった。何故この研究を思いついたかを以下で説明する。<BKV調節領域の研究状況>1980年代中頃までに、いくつかのBKV株が分離されたが、これらの株の調節領域は様々な長さの反復配列を持っていた。しかし、

2019-10-21 15:29:14
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

1980年代後半にそのような反復配列を持たないBKV株が次々と分離された。これらの知見を統一的に説明するために、「➀ヒト集団で循環している野生型BKVは原型の調節領域を持っている。②反復配列がある調節領域(再編成調節領域)は原型調節領域から患者体内または培養細胞の中で作られる。③再編成調節

2019-10-21 15:29:15
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

領域を有するBKVは高い増殖能を獲得している。」という仮説―「原型仮説」と呼ぶーが提唱された。<JCV調節領域の研究状況>この時期、主としてPML患者脳病変部から得られたJCV(PML型JCV)の調節領域が調べられ、それらは多様に変化していることが確認された。JCV研究においては新参者であった私は、

2019-10-21 15:29:16
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

JCVの調節領域の多様性は、BKVで唱えられた原型仮説によって説明されるのではないかと単純に考えた。この仮説は「患者体内で調節領域の再編成が起きたJCウイルスが出現し、PMLを発症させる」という驚くべき結論に行きつく可能性を秘めていた。JCV版の原型仮説を検証するためには、再編成を起こす前の

2019-10-21 15:29:16
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JCV―すなわち目立った病気を起こさず、ヒト集団で循環している野生型JCV―が必要であったが、私たちが非免疫抑制患者や健常人の尿から検出したJCVがまさにそれなのだ。<全長JCV DNAのクローニング>JCV陽性尿から抽出された粗JCV DNAは豊富に冷凍庫に保管されている。これらを用いて全長JCV DNAを分子

2019-10-21 15:29:17
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

クローニングして、調節領域の構造―すなわちDNAの構成単位である4つの塩基(A、G、C、T)の並び順(塩基配列)を決定すれば答えは直ぐに出るはず。(なお、分子クローニングとはJCV DNAを大腸菌の中で複製可能なプラスミドに組み込み、得られた組み換えプラスミドを大腸菌の中で複製させて、JCV DNAを

2019-10-21 15:29:18
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

分離する手法である。得られたものをクローンと呼ぶのは、1分子の組み換えプラスミドが大腸菌の中で増幅され、均一な集合体ができるからである。)分子クローニングにおいて主要な操作であるコロニー・ハイブリダイゼーションを図2に示した。この操作をグループ総動員で行い、比較的に短期間のうちに pic.twitter.com/0Xs221StPI

2019-10-21 15:29:22
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非免役抑制患者8名と健常人2名から全長JCV DNAクローンを得た。<シークエンシング>次に、得られたJCV DNAクローンの調節領域の塩基配列を決定する作業、シークエンシングを行うわけだが、当時、私たちのグループでこの技術もっている人材は北里大学医療衛生学部大学院修士課程の杉本智恵(敬称略)

2019-10-21 15:29:23
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

のみであった。所属学部の規定により、彼女は本プロジェクトの開始前に母校へ戻ることとなった。彼女が研究室を去る時、私は彼女に「数か月後に10名の患者または健常者の尿から全長JCV DNAをクローニングする。クローンが得られたら直ぐシークエンシングできるよう、アイソトープや必要な試薬類の注文

2019-10-21 15:29:24
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を滞りなく行ってほしい」と伝えた。前述のように、10名の尿提供者から全長JCV DNAクローンを樹立し、シークエンシング用のサブクローンも作成したので、検体を取りに来るように彼女に連絡した。彼女が訪ねてきた日は偶然、私が研究部のミーティングで今回のプロジェクトについて説明することになって

2019-10-21 15:29:24
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

いたので、彼女にも私の話を聴いてもらった(レジメによれば、この日は1989年10月3日だった)。その日の午後シークエンシング用の検体を彼女に祈る思いで渡した。それから程なく、杉本は電話で途中経過を知らせてきた。私がミーティングで予言した原型配列とほほ同じ配列を検出したとのことだった。

2019-10-21 15:29:25
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

論文投稿>私は今回の発見を短い論文(短報)にまとめ、アメリカ微生物学会が刊行するウイルス学専門誌、Journal of Virology(J. Virol.と略す)に投稿した。数週間後に、査読者の評価と編集者(Dr. Peter M. Howley)の査定がそれぞれ記された文書が送られてきた。査読者の文書には沢山のコメント

2019-10-21 15:29:26
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

ーその多くは無理難題であった―が書かれてあり、中には原型調節領域の生物学的な活性を調べるべきであるというコメントもあった。しかし、編集者は査読者のコメントを無視してよいものと、対応して論文を改訂すべきものとに分けてくれた。特に、「論文は短報として投稿されているから、原型調節領域の

2019-10-21 15:29:26
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

生物学的な活性を調べる必要はない。」という裁定に私たちは救われた。編集者の指示に従って改訂した論文を再投稿した結果、改訂論文は受理され、1990年7月号のJ. Virol.に掲載された。<原型配列と認定>以下で論文の内容を簡単に紹介する。シ―クエンシングの結果、非免役抑制患者と健常人、計10名

2019-10-21 15:29:27
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

から得られたクローンの調節領域の塩基配列―長さ、267塩基対(bp)―は4か所での塩基置換が認められた以外は完全に一致したので、代表として健常人から得たCYクローンの調節領域の全配列を図3に示し、他の尿ドナーからのクローンについては多様性が認められた4か所の塩基のみを表2に示した。 pic.twitter.com/8i5Z692vab

2019-10-21 15:29:31
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

(CYは研究部の5代の部長に仕えた技官の夫の尿から分離されたクローン。CYの調節領域は原型調節領域の代表として多くの論文で引用されている。)今回得られたJCV DNAクローンの調節領域の特徴は以下の通りである。➀上述のように、際立った均一性が認められた。②意味のある長さの反復配列は存在し

2019-10-21 15:29:32
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

なかった。③PML患者脳から世界で最初に分離されたJCVであるMad-1株に存在しない23 bp配列と66 bp配列とが存在した。④66 bp配列内の32 bpの部分(図2、赤い点で表示)はBKV調節領域内の配列と相同性が非常に高かった。以上から、図2と表3に示された配列は十分に原型配列の資格があると考えられた。

2019-10-21 15:29:33
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

PML型配列は原型から作られる>図4の一番上に原型調節領域を示し、その下に、論文投稿時までに発表されたPML患者脳由来のJCVの調節領域(PML型調節領域)を原型調節領域との関連で欠失を空欄で、重複を平行線で示した(添付書「原型調節領域を基とした再編成調節領域の図式表示」を参照)。この図 pic.twitter.com/lFZnshqZiS

2019-10-21 15:29:36
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

から、ほとんど全てのPML型調節領域は原型調節領域から欠失と重複、または欠失のみ(これらを塩基配列の再編成という)によって作られたことが示唆される。また、多くのPML型調節領域が長さと部位が全く同じ欠失を持っているという事実は、原型調節領域において先ず欠失が起き、次に欠失を含む断片の

2019-10-21 15:29:38
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

重複が起きると仮定すると容易に説明できる。<原型仮説の定式化>2001年に私と杉本は、K. KhaliliとG.L. Stonerが編纂した単行本「Human polyomaviruses:molecular and clinical perspectives」の一章を執筆した。その章の最後にJCV版の原型仮説を定式化したので、日本語に翻訳したものを添付する。 pic.twitter.com/bc2kow5TDx

2019-10-21 15:29:41
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

余談>実は、私たちは最初、原型JCVの論文を著名な科学雑誌、ネイチャーに投稿した。その結果、体よく断られたわけだが、ネイチャーに投稿したことが思わぬ企みに利用された。当該研究部の教授(以下教授という)は私を研究部から放出するために、ある製薬会社の会長(以下会長という)にヘッドハン

2019-10-21 15:51:03
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

ティングという名目で、私を引き抜いてもらうことを企てた。教授は会長に、私たちがネイチャーに論文を投稿したことを紹介し、私が優れた研究者であることを印象づけた。会長と私が薬学部の同じ教室の出身であったことから、教授は「先輩の会長に話をお伺いするのが礼儀だ」と言って、渋る私を強引に

2019-10-21 15:51:04
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

会長と面談させた。都心のある料亭で私と会長は二人きりで面談した。冒頭、私は今どういう思いで研究を行っているかを話した。「私は5歳でポリオに罹患し、6歳で上肢の整形手術を受けた。私が高校2年のとき、父が交通事故で急死した。姉妹弟が順に家業を手伝ったが、障害者の私は学業に専念させて

2019-10-21 15:51:04