「花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった」(『青蝉』吉川宏志)をめぐって

土岐友浩さんの「月のコラム ハヤブサが守る家から」第1回「リアリティの重心」で引用された「花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった」(『青蝉』吉川宏志)のまとめです。 https://sunagoya.com/jihyo/?p=1726
吉川宏志 短歌 土岐友浩
7

土岐友浩「月のコラム ハヤブサが守る家から」第1回「リアリティの重心」
https://sunagoya.com/jihyo/?p=1726

『青蝉』完本収録の『セレクション歌人 吉川宏志集』は、邑書林サイトでは「SOLD OUT」ですが、Amazonは2点在庫ありになっています(2020年1月8日アクセス)。
https://amzn.to/37INxYT


短歌同人誌「一角」 @icebergs31
【お知らせ】今年一年、砂子屋書房の「月のコラム」を担当します。第一回は「リアリティの重心」。吉川さんの花水木の歌が「愛を告げなかった」と読まれているらしい、と聞いてびっくりした話を枕に、西村曜さんや柴田葵さんの歌集を読んでいきます。よろしくお願いします。sunagoya.com/jihyo/?p=1726
佐々木穣 @batabata
花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった 吉川宏志 この歌の読み方が若者の中で違うという話は本当なのだろうか。さらにいえば、不特定多数の感想なのか、短歌を読み慣れた人の感想なのか。 sunagoya.com/jihyo/
佐々木穣 @batabata
砂子屋書房の「月のコラム」土岐友浩さんの記事。 普通の反語表現を反語と読まない、というのは経験値の問題なのか、二回ひねった読解なのか。 論理的には「(A or B)ならばnotC」という式は、「(notA and notB)ならばC」とは変換できないけれど。
椛沢知世 @moinmoin622
土岐友浩さんの月のコラム「リアリティの重心」を読んだ。考えている。考えたいとおもう。 sunagoya.com/jihyo/?p=1726
椛沢知世 @moinmoin622
ここ「うまく言えるかどうかわからないけれど、若い人たちは、心に複数の想像世界を抱えるようにして生きており、その生み出した想像のひとつひとつが、自分の存在と、ほとんど等価なのではないだろうか。だとすれば、パラレルな想像の「私」が書かれることの意味を、僕たちは慎重に考える必要がある」
東直子 @higashin
拙著『愛のうた』(中公文庫)でも取り上げた吉川宏志さんの歌「花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった」の解釈を発端に、土岐友浩さんが興味深い論を書かれています。 sunagoya.com/jihyo/?p=1726
タカハシ@砂子屋書房 @takahashi_suna
【お知らせ】 月のコラム、今年の担当は、土岐友浩さんです! 年間タイトルは《ハヤブサが守る家から》 今月のテーマは「リアリティの重心」です。 若い人の歌を多く取り上げていますが、「若い人」と言っている土岐さんがそもそも私にとっては「若い人」だというORZ sunagoya.com/jihyo/?p=1726
短歌同人誌「一角」 @icebergs31
砂子屋書房「月のコラム」の第一回「リアリティの重心」をアップしています。愛とは、リアルとは。せっかくの年間連載なので、いろいろな話題や視点をお届けできればと思っています。ご意見ご感想をお待ちしております! sunagoya.com/jihyo/?p=1726
@gun_ji_wowowo
花水木の歌で逆の解釈出るもんなのか…… 月のコラム「リアリティの重心」土岐友浩 sunagoya.com/jihyo/?p=1726
坂井修一 @ShuichiSakai
@higashin 私も、東さんの解釈しか考えていませんでした。「花水木の道」は特定の日時・場所のものとするのが自然。とすると、「長くても」「短くても」の「ても」は仮定法としないと無理があるでしょう。「ても」を確定条件とすると、この二つの句は両立しない。
東直子 @higashin
@ShuichiSakai そうですよね、文法的にも。特別の長さの「あれ」で。
廣野翔一 @spiralroom
吉川さんの花水木の歌問題、文法のことを言われると答えに窮するけど、愛を告げていない一択だと思った。でもこの選択肢一択になる理由の半分以上は自分の価値観由来なのわかってるからつらい。
寺井龍哉 @tasuyaterai
ちょっと膝を打った。あれより長くてもだめだし、短くてもだめだった、土台無理だったんだ、たしかに告げられなかったけど、と迎えて読めば無理ではない。歌集の文脈をさしあたり別にすれば、成り立たぬ見方でもない。悔しい歌になる。でもそれなら「愛は」と書きたい。膝は打ったが納得はしにくい。 twitter.com/higashin/statu…
yamaki reiko @reiko2828
「花水木」のお話、ウマとヒマワリの対談「短歌は無意味なのか?」とお互いにとても近いことを話されているような気がして勝手にドキドキしていて、ただ今は頭がワーッとなっているので少し経ったらnoteに書くかもしれない(書かないかもしれない)
寺井龍哉 @tasuyaterai
おれはながかろうとみじかかろうとつげるけどな twitter.com/tasuyaterai/st…
龍翔(苗字探し) @oppizuntsuan
この場合の「想像」というのは、「imagination」というよりもやはり「fantasy」なんだろうなって思いました。私たちはいくつもの想像世界を抱えているといえるのかもしれないし、現実世界において抱えているいくつもの私を、想像世界を通したり用いたりして表しているのかもしれないし、と思いました。
柴田|歌集『母の愛、僕のラブ』発売中 @hellothisisaoi
花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった/吉川宏志   (長くも短くもなかったから)愛を告げられた or(いずれにせよ)告げられなかった 問題はすごく面白いテーマだと思う。ずっと考えてしまう。 sunagoya.com/jihyo/?p=1726
てつろー@人間性と倫理 @symphonycogito
6のつく日に書く日記(30)|濱松哲朗 @symphonycogito #note note.com/symphonycogito… 年明け一発目。せっかくなので最後に「花水木」の歌のことも考えてみた。
柳原恵津子 @yukinohiyanagi
土岐さんの評でこの歌のどこに不思議な印象を感じていたか少しわかった。道の長さで愛を告げるか告げないか決まるかなと思っていたし、それはいずれにしろ告げただろう主体が、少しテンションが高まってこう言ったのかなと読んでいたのだけれど、だとしたら世代臭的な何かがあるのかな(私もそっち側) twitter.com/higashin/statu…
短歌同人誌「一角」 @icebergs31
濱松哲朗さんがnoteに花水木の歌をめぐって、たいへん鋭い分析を書かれています。 拙文では検討できなかった「あれより」の部分、ここをどう受け取るかで読みが分かれるというご指摘、なるほど! 「6のつく日に書く日記(30)」 note.com/symphonycogito…
大橋春人 @hachidx2
あの長さでなければ告げられなかった、つまり愛を告げられた、ということだと思ってたんやけど…
歌織🏕 @ao2ga
「〇〇がなければ即死だった」みたいなのと同じだとおもってたけど違う読みもあるのね
残りを読む(485)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする