ライトノベル作家・扇智史のつぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード5

エピソード1 http://togetter.com/li/137286 エピソード2 http://togetter.com/li/140360 エピソード3 http://togetter.com/li/143543 エピソード4 http://togetter.com/li/145581 エピソード5 http://togetter.com/li/146838
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バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「おーい、何やってんの!」螺旋階段の下から、らっこが大声で呼ばわる。「そんな目立つとこでべたべたしてんじゃないの!」「べたべたはしてないよ!」起き上がりつつのあたしの反論に「どこが!」と切り返し、「ったく、まだ日も高いってのに」らっこまで何言ってんだか……

2011-06-12 21:26:29
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「まあまあ、いいじゃないの。野々瀬さんも見つかったし、仲良しだし」ヒメちゃんは圧倒的なのんきさで、らっこの後ろから階段を上がりつつ、「それで野々瀬さん、どうしてこんなとこまで来たの?」根本的な疑問をぶつけた。「そうそう、それそれ!」糸伊さんは声を上げ、また飛び跳ねる。

2011-06-12 21:27:59
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「誰かケータイ貸してよ! 鞍条のクラフトスケープ、ここがいちばんいい景色のはずなの!」「それが見たくて?」耳元で叫ばれるのに顔をしかめ、あたしはようやっと糸伊さんを抱いていた両腕をほどく。糸伊さんはぶんぶんうなずき、「そのために小織さんも呼んだんだから」

2011-06-12 21:29:30
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「あたし?」「ひとり占めしちゃうの、もったいないからさ」にこにこする糸伊さんの脇で、「わたしたちはお邪魔らしいよ……」「帰ろっか」ヒメちゃんとらっこが呆れ顔。「そんなことないって」とフォローするのにかぶせて糸伊さん、「だって実際、私は小織さんの日記に伝言残したんだし」

2011-06-12 21:31:04
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

……本気で空気を読むということを知らんのか、この子。「どうしてお二人までついてきたの? 授業サボりたかっただけとか?」「あなたね……」じろり、とらっこに睨まれ、糸伊さんはびくりと肩を縮め、「じょ、冗談だよ冗談、ごめんごめん。探すの、手伝ってくれたの?」

2011-06-12 21:32:15
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「……まあね。ほっといたら、洒落にならなさそうだったし」らっこは突っ慳貪な声で、そう言った。「そっか、ありがとね」糸伊さんが朗らかに言うので、それ以上はらっこも突っ込めない空気。一瞬の沈黙……「とりあえず、お茶飲む?」見事にそれを破ってくれたのはヒメちゃんだった。

2011-06-12 21:33:48
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ずっとこんな所にいたら、寒かったでしょ」『外気温 3℃』ヒメちゃんが差し出すカップからホロ表示が浮き出る。「あ、ありがと! えっと――」「ヒメナ、ヒメナ山崎」「ありがと、山崎さん!」糸伊さんはぴょこんと頭を下げ、シートから手を出してカップを受け取り、躊躇わず一口。

2011-06-12 21:35:09
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「小織さんも、ほら」いきなりこっちにカップを差し出してくるので、さすがにちょっとたじろいだ。「え?」「いらないの?」「えっと」ちらり、と何となくらっこたちの方を横目でうかがう。らっこは諦めたように肩をすくめ、ヒメちゃんはにこにこしているだけ。

2011-06-12 21:36:22
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

とりあえず、カップを受け取る。「代わりにケータイ貸してよ。私、肉眼じゃクラフトスケープ見えないし」「あ、うん」言われるままにケータイを渡すと、糸伊さんは満足げにうなずきつつ、しかし辺りを見渡すでもなく、あたしをじっと見つめている……

2011-06-12 21:38:03
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

別に女子同士だし、あんまり、気にしなくても……と思いつつ、妙に意識してしまう。何で見てるんだ……いや他意はないんだろうけど。「飲まないの?」「いや、糸伊さんこそ、見ないの?」「小織さんが飲むのを確かめてから」

2011-06-12 21:39:48
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「……ああ、そう」何だかよく分からないが、追いつめられた気分。うつむいて、ちょろっと一口。じんわり、熱がのどからおなかにしみる。『お味は?』とカップに表示が出るので、あたしは何気なく『良好』にタッチ。このカップは、あたしや糸伊さんの唇を判別しているのだろうか……

2011-06-12 21:40:45
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

まあ、あんまり難しいことは考えないでいよう、と思いつつ、ほうっ、と、息を吐く。ホロ雪と白い呼気は、混じり合わずに空中を漂う。その呼気を見通すように、糸伊さんはケータイを構えて、ようやく風景へと興味を移したようだった。あたしも、彼女と同じ方を眺める。

2011-06-12 21:42:01
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

まだ日は高いけれど、景色だけは夕暮れだった。「……こんな風に見えるんだ」クラフトスケープは、加工次第では場所ごとに特定の時間をイメージさせるライティングが出来る。おそらくここはいつでも夕暮れで、その赤い陽射しに照らされて、朱に染まった雪が降り続けている。

2011-06-12 21:43:41
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

遠い尖塔と、その周囲を巡る煉瓦の街並みと木造の家並み、その陰にぽつぽつと、目立たない灰色のビルも見えている。どこかちぐはぐで、そのモザイク状のありようが不思議に調和しているようにも思える。こんな場所が、学校のすぐそばにあるなんて、知らなかった。

2011-06-12 21:44:44
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

案外、いろんなこと、あたしは見逃しているのかもしれない。ふと感慨にふけったその時、突然、視界がぐわっと回った。「うわ!」糸伊さんが左手で、あたしの右手をつかんで引っ張る。「な、何?」「こういうのは、ぐるっと見回すの! 世界中をこの手につかむみたいにさ!」「わあ……!」

2011-06-12 21:45:52
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「あ、危ない危ない!」らっことヒメちゃんは階段に避難、踊り場の上であたしは糸伊さんとワルツのように回転する。すごい勢いで流れて、戻って、回っていく景色。色とりどりの現実とホロが渾然一体になって、あたしはいつの間にか、笑い出していた。

2011-06-12 21:46:55
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「あはははは、すごい、すごい!」「すごいでしょ!」糸伊さんはケータイを取り落としそうになりながら、あたしといっしょに高らかに笑う。「気をつけてよ、あたしのケータイなんだから!」「大丈夫!」何だか根拠のない自信で、彼女はそう言いきり、ぶわっ、と、遮断シートを脱いで、放り投げた。

2011-06-12 21:48:34
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

じゃっ、と、一瞬、あたしの周りの電波が途切れてクラフトスケープが剥がれ、灰色の街並みがあらわになる。けれど、あたしたちの笑い声は、現実の景色とホロの景色を跳び越えて、高架の向こう、まだ高い陽射しを受ける彼方の山々までも達するようだった。ホロ雪も、声を打ち消しはしない。

2011-06-12 21:49:39
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「……あ、やばい、目、回ってきた」へばったのは糸伊さんが先で、彼女はふにゃっとへたり込む。それに引っ張られるみたいにして、あたしもその横に倒れ込むように座った。ふたりともまだ笑いの残る顔を見合わせて、それから「はあっ」と、仰向けに寝っ転がる。

2011-06-12 21:50:35
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ふわりと広がる糸伊さんの黒髪が、あたしの頬にかかる。その黒髪の上に、ホロ雪がはらりと落ちる。糸伊さんにはそれは見えていないはずで、だけど、彼女はそれを肌で感じているみたいに、ホロ雪をかすかに指で触れる。「くすぐったい」あたしは身じろぎしつつ、彼女の指に指を重ねる。

2011-06-12 21:51:45
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「気はすんだ?」らっこが呼ばわる。「もうちょっと」あたしは言って、また深く息を吐き出す。短距離走の後みたいに、満足と疲労感が同時に襲いかかってくる。あたしの顔に落ちる雪は、そのまま額をすり抜けてどこまでも落ちていく。

2011-06-12 21:52:59
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「小織さん」「ん?」「ありがとう。見つけてくれて」「……あたしだけの功績じゃないよ」「でも、ありがとう」糸伊さんは小さな声で言い、「うん」糸伊さんの髪と、肌のかすかなテクスチャを感じながら、あたしは小さな声で、うなずいた。

2011-06-12 21:54:21
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

**つぶやき連作短編「ミッドウィンターログ」:エピソード5ここまで。**

2011-06-12 21:54:47
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