ライトノベル作家・扇智史のつぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード5

エピソード1 http://togetter.com/li/137286 エピソード2 http://togetter.com/li/140360 エピソード3 http://togetter.com/li/143543 エピソード4 http://togetter.com/li/145581 エピソード5 http://togetter.com/li/146838
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バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

**つぶやき連作短編「ミッドウィンターログ」:エピソード5**

2011-06-10 20:55:28
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

糸伊さんは学校を休んだ。駅前で遅刻ギリギリまで待っていたのに、彼女は現れなかった。せっかく恥ずかしいことも包み隠さず日記に書いたというのに、交換日記は渡せずじまい。

2011-06-10 20:55:50
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

まだホロクズが降っていて、今朝は電波も通じない――そもそも糸伊さんはケータイも持ってないから、連絡取れないけど。電車だって本数を減らして徐行運転、その影響もあってか今日は欠席が多い。多くの空席にまぎれて、糸伊さんの不在はさほど問題にならなかった。

2011-06-10 20:57:26
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「暗いね」退屈そうにらっこはつぶやく。自慢のスマホも今はただの薄っぺらな箱で、彼女はそれを手持ちぶさたにいじっているだけ。「暗いって、何が? 空模様? 教室? それともあたし?」「それと、私とヒメも」

2011-06-10 20:59:22
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

空は薄曇り。降ってくるホロクズが見えなければ、単に肌寒い冬の日だ。生徒の少ない教室はどこか陰鬱で、空気も重苦しい。らっこはネットがないと途端に不機嫌だし、ヒメちゃんも例のフェッチ付きのカップが不調で、どうにも元気がない。あたしは、言わずもがなだ。

2011-06-10 21:02:08
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ていうか、そんなふうに言葉並べると、野々瀬さんみたいだよ」「……口癖、うつったかな?」おどけて笑ってみせるけど、その笑いもすぐにトーンダウンしてしまう。空気の淀みが、笑い声や感情にまでまとわりつくように、あたしの気持ちも沈み込む。

2011-06-10 21:03:27
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「まあ、午後にはテツクズも通過するって言うし、しばらくの辛抱よ。ヒメも」「あ、うん……」ヒメちゃんは上の空でうなずく。彼女の同居者であるフェッチも、本体が自宅の電機製品の中なので、このカップと繋がることが出来ない状態らしい。

2011-06-10 21:04:58
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ヒメちゃんも寂しいだろうけど、あたしには彼女にかけてあげられる言葉がない。椅子にもたれかかって天井を見やる。ホロクズは、確かに少しは数を減らしている、ような気がするけど、錯覚かもしれない。

2011-06-10 21:06:07
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「……ちゃんと、繋がるかなあ」ヒメちゃんはカップから手を離さない。「もし、また繋がらなくなったら、さすがに哀しいな。ねえ、コメタ」そう声をかけてみても、カップは何の応答もしない。家に帰ればもちろん本体はいるんだろうけど、そういう問題じゃないのだ。

2011-06-10 21:07:20
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「糸伊さん、学校来れるのかな……」「どうかしらね」あたしのつぶやきに、冷たいらっこの声。「あれくらいでショックを起こして倒れてるんじゃ、やっぱり危なくて外には出せない、って判断されてもおかしくないかも。また休んじゃうか、最悪、退学も……」

2011-06-10 21:08:32
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「そんな! じゃあ、交換日記はどうするの!?」せっかく始めたのに、一週間かそこらで終わりじゃもったいなさ過ぎる。身を乗り出して嘆くあたしに、らっこは苦笑混じりの、でもやさしい声で、「毎日お見舞いに行けばいいじゃないの。その方が、糸伊さんだって喜んでくれるわよ」

2011-06-10 21:09:30
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「そりゃ、そうかもしれないけど……」「したら、私もついてってあげなくもないわよ、たまには」「――たまに?」「毎日じゃバス代がバカにならないもの。そこまで暇じゃないから」「……わたしは、毎日でもいいけど」ヒメちゃんまで、そんなことを言った。

2011-06-10 21:10:43
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

泣きそう、というより、むしろ胸が痛くなる。「今から、そんな、諦めたふうに言わないでよ……」「諦めよくないと生きてけないわよ、今時。どんなものでも、ちょっとずつ、だめになっちゃうんだから」首を振ったらっこの顔には、寂しげな陰がさしている。

2011-06-10 21:12:10
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「少なくとも、今日の帰りは、わたしはついてかないわよ。ガレ横行かなきゃ……あそこのホロ骨董も、だいぶ、使えなくなっちゃってるだろうし……」「らっこ……」あたしは二の句が継げなくて、そのまま、椅子に腰を下ろすしかなかった。

2011-06-10 21:13:18
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

教室そのものが薄暗いのも、あるいは、そのせいかもしれない。蛍光灯が一本だけ切れるみたいに、誰もがホロクズのせいで何かを少しずつ失っている。それがあたしたちの日々だっていうなら、それがたとえ正しくても、とてもやりきれない。

2011-06-10 21:14:28
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ホロクズが降る中、授業開始のチャイムが鳴る。せめて、午後になってホロクズが収まったら、糸伊さんも学校に来てくれるかもしれない。そんな期待を胸に、あたしは午前の授業をやり過ごし――

2011-06-10 21:15:29
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「――いなくなった!?」ようやく通じるようになったケータイへの着信は、予想外の状況を伝えてきた。

2011-06-10 21:16:10
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

昼休みにかかってきた、見覚えのない番号の主は”多岐川”を名乗った。糸伊さんの日記に書かれていた苗字――やはりその人は糸伊さんを迎えに来た看護師で、”今日一日は病院にいる予定だったのに、昼食の時間になったらいなくなっていた”ということだった。

2011-06-10 21:16:46
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

『探してくれませんか? 学校の方もあるでしょうから、無理にとは言いませんが……』「大丈夫です」強く言い切って、ふと教室内を見回す。ヒメちゃんもらっこもあたしに注目していた。その表情は一様に不安げで、でも、それが何を案じているのかは分からない。

2011-06-10 21:18:04
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

彼女たちは、止めるかもしれない――でも、放ってはおけない。「必ず、糸伊さんを探し出します」『……すみません』多岐川さんは、深々とお辞儀する姿が思い浮かべられそうな声で、そう言った。

2011-06-10 21:19:36
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

『こんなことは初めてで、こちらとしても、行き先の見当もつかなくて』「そうなんですか?」『ええ……彼女はおとなしい子でしたし、もともとあまり出歩ける方でもないですから……病院の敷地の外に一人で出て行くなんて、想像もしていませんでした』

2011-06-10 21:20:58
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「大丈夫なんですか? ホロクズだって降ってるのに」『ええ……病室は電波を遮断していますが、外に出ればまだ危ないですから。昨日のようなことが、またないとも……』その言葉が急に途切れ、電話の向こうで多岐川さんが誰かと話している声だけがおぼろげに聞こえる。

2011-06-10 21:22:02
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「あの?」『――ああ、すみません失礼しました。いえ、どうやら、特注の抗電シートが一枚なくなったとかで……』「それって糸伊さんが?」『だろう、と言ってます。あんなのかぶって外に出るの、絶対いやだと言ってたのに……』独白のように声が低くフェードアウトして、

2011-06-10 21:23:14
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

『ともかく、早く探し出さなくちゃならないのは同じです。どうか、お願いします』「分かりました」言って、通話を切ったものの……「……でも、どうしよう」液晶画面を見つめて、呆然とする。あたしだって、糸伊さんの行き先なんて見当もつかない。

2011-06-10 21:24:15
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「手がかり、何かないの?」らっこに訊かれ、「そんなこと言われても」「何でもいいよ。野々瀬さんの行きそうなとことか、ヒントになりそうなこと、何か言ってなかった?」「ヒント……」あ!

2011-06-10 21:25:11
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