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前回の話
以下本編
◆◆◆◆ 東夷。 浅黒い肌に高い背。獣じみた獰猛さで知られる民。 無数の部族に分かれて平原に割拠し、捻じれ角の牛を飼い暮らす。 最も力あるのは爪の部族。 ドルガンザグドガもその一人。
2020-02-17 20:53:56ドルガは幼女のころから石礫だけで野禽や野獣を仕留め、男まさりの気質をほかの女衆に持て余された。 東夷では女は政と教(おしえ)を司り、狩も戦もしないならわしだ。だがドルガは、先祖に西方人に血が入っているせいなのか、古くからのしきたりになじまぬところがあった。
2020-02-17 20:57:05騎馬の部族を治める女衆は、どうにも手のつけられない厄介な子供を見出すと、幾つかの験(ため)しをしたあと、盟邦たる影の国に送る。 闇の女王が支配する魔法の地で、闇の侍女としての修練を積ませるのだ。
2020-02-17 20:58:53ドルガは、元服を待たずに影の国が与える武芸と学問と礼法の一切を習得した。そうしてもはや用はないと見極めると、帰郷を願い出た。 女王に代わって執政となっている影の国の太守は細かいことにこだわらぬ人物で、餞別に俊足の夜馬と、昔黒の鍛え手が打ったという曲刀、甲冑より丈夫な外套をくれた。
2020-02-17 21:03:32闇の森の木から作った弓に蜘蛛の糸で張り、鴉の羽根をつけ、竜の鱗から研ぎだした鏃をつけた矢、美しい刺繍の入った矢筒も。 「俺はこの弓を影の国に引くかもしれないぞ」 「そうかや?こなたを射倒したければもそっと練習するのじゃぞ」 「む…」
2020-02-17 21:07:12ドルガは故郷へ帰ると、仲間を集めて女だけの戦士団を作った。 大問題になったが、影の国帰りの闇の侍女という身分のは若くとも独得の重みがあった。 若い男衆にも賛同するものがあらわれた。何せドルガは美貌であったし。 もっと別な理由もあったが。 「狩や戦などうんざりだ。私は向いてない」
2020-02-17 21:09:04ひょろりとした青年がドルガに告げた。 「私は影の国で天文と数理を学んだ。なのに帰ってきたら神々の化身たる金狼や山猫と命がけで戦って勇気を示せという。それがいやで出ていったのに」 「そうか。根性なしだな」 「根性なし結構。そろそろならわしは変えよう」
2020-02-17 21:11:33ドルガは交易商や牛飼の助力も得て、ついに大天幕を占領して年寄りの女衆を引退に追い込んだ。 しかし最長老たる媼は一人だけ踏みとどまり、若き叛徒の統領を睨み据えた。まだ闇の侍女という名もないころ、影の国で学んだ老骨だった。 「女が政、男が戦。この線引きをなくせば、災いが起こるぞ」
2020-02-17 21:15:19「災い?受けて立つ」 「馬鹿な娘よ。お前は強い。強い自分を中心にものごとを考える。だが並の女は力で男に勝てぬ。だから知恵を担うのだ。その境が崩れれば、女は男の奴隷になるのだぞ」 「知ったことか。男が女を奴隷にしようとしたら、殺せば良い」 「おお…お前には力で解らせるしかない」
2020-02-17 21:18:10最長老は、影の国から委ねられていた魔法の幾つかを解き放った。人の革を張った太鼓を打ち鳴らすと、とほうもなく大きな雌の魔狼が三頭あらわれて、吠え猛りながら若者たちを追い散らし、がらんどうの従者が叛徒の弓矢を弾いた。
2020-02-17 21:22:21ドルガは一人戦ったが、とうとう仲間の叫びに耳を傾けて退却した。 「しばらく身を隠せ。東方はまずい。南方へゆけ」 影の国帰りの男が助言し、驕慢の乙女は恥辱に耐えて国を去った。交易商のつてをたどり、いつしか南方から西方へ、その中心地である海の都へと辿り着いた。
2020-02-17 21:25:05海の都では武芸や操船、騎馬などに秀でるものあらば、素性をかまわず騎士に取り立てるという女王の方針のもとで、各地から志を抱いた武人が集まっていた。 ドルガは影の国仕込みの技でやすやすと並み居る男を打ち負かし、君主アルニッカに拝謁が叶った。
2020-02-17 21:28:12「あなたの望みは?」 「東方の獣の神々の民。俺の故郷のならわしを変えたい。女が戦士や狩人になり、男が星を眺めて暮らしてもよい。そういう国にしたい」 「志を同じくするものはいますか?」 「いる。置いてきたが」 「よろしい。では援助を与えます。王の葉の騎士団の一員として励みなさい」
2020-02-17 21:30:32ドルガは女王から多くの薫陶を得て、力任せではない国獲りを学んだ。 友も得た。アルウェーヌという赤みがかった膚に尖った耳を持つ娘。 ドルガほど恵まれた体躯はもたないが、しかし俊敏さと鋭利さにおいては勝り、剣や弓で競えば五本に三本はアルウェーヌがとった。
2020-02-17 21:33:29ほかに実力で並ぶものがなかったので、二人の仲は自然と深まった。 一緒に都の市場を散歩することもあった。ドルガはあまり衣服というものをつけないので、アルウェーヌは居心地が悪そうだったが。 「肌を晒してなんとも思わないのか」 「紋様がある。西方人どもの服のかわりだ」 「そうか…」
2020-02-17 21:36:26やがてドルガもアルウェーヌも旅立ちの時が来た。 「私はアキハヤテ先生のもとへ帰らねば。呼ばれているのだ。狭の大地を揺るがす何かが起きようとしていると」 「俺も東方へ帰る。あの婆を今度こそぶちのめす」
2020-02-17 21:39:02二人はそれぞれ旅立った。 アルウェーヌはやがて、灰色の伝道術師の道連れとなり、その使命を助けることとなった。 ドルガは再び謀反を起こした。今度は爪の部族だけでなく、ほかの東夷の若い女衆男衆も巻き込んだ。国獲りはうまくいきかけたが、影の国から闇の女王の怒りが迸った。
2020-02-17 21:41:07「影の国!!また俺の邪魔をするのか!」 爪の部族の秀抜は歯ぎしりしながら、二度目の敗走をせねばならなかった。 しかし今度はさらに多くの支持を掴んでいた。 「百回追い払われても俺はまた戻ってくるぞ!」
2020-02-17 21:42:50幸いにして闇の女王は東夷にはきわめて甘かった。 内輪争いを鎮め、流血を止めると、騒乱を起こした一味をとことんまで狩り立てるようなまねはしなかった。
2020-02-17 21:44:48亡命先でドルガはアルウェーヌと再会した。 「そっちの首尾は?」 「まずまず。そちらは?」 「またしくじった。影の国がいつも邪魔をする。俺の国、獣の神々の民の運命は闇の女王が握っている」 「そうか…しばらく僕のそばにいてくれないか」 「ああ。今はそうしよう」
2020-02-17 21:47:29二人は海の都に戻った。アルウェーヌが旅の途中で知り合ったというドワーフの女戦士甲冑潰しことバーラも加わって、酒盛りをした。 アルウェーヌは珍味佳肴や美酒良茶が無限に出てくる魔法の卓布を持っていて、楽しみは尽きるを知らなかった。
2020-02-17 21:49:14