人類の脅威となる「エルフの遺物」をどれでも確保、収容、防護する財団、と戦う話(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

人馬は石畳を蹴って宙に舞うと、高い建物のわずかな凹凸を足掛かりにさらに上へと馳せのぼり、月を背に飛鳥の如く、天を過りながら、矢継ぎ早に弓を引く。 一射一射が過たず床屋の急所を貫いた。 「おご…え?あ…?」

2020-03-20 21:43:58
帽子男 @alkali_acid

地上に降り立たぬまま、黒の乗り手は馬を離れると、腰に帯びた長剣を引き抜く。影の国の滅びの亀裂で鍛えられた呪毒の剣が脈打ち、一閃とともに刃の怪物を唐竹割りにした。

2020-03-20 21:45:32
帽子男 @alkali_acid

まっぷたつになった床屋は、左右それぞれの体がぐらりとよろめき、倒れ伏すとともに膨れ上がり、爆発する。無数の刃が四方八方に弾丸を超える速さで飛んだが、黒の乗り手は向かてってくる凶器を一つ残らず苦も無く斬り捨てた。

2020-03-20 21:47:18
帽子男 @alkali_acid

闇の風と呼ばれた雄馬は、黒騎士の勝利を確かめて再び虚空へ消える。 暗黒の甲冑は溶け崩れ、あとには黒猫を抱いて茫然とする少年が残った。

2020-03-20 21:49:11
帽子男 @alkali_acid

「いひ…ひひひ」 床屋が、立ち上がる。二つに割れたはずの体はくっついている。 「うそだ…遺物が…破壊不能だって…そうだろ…なんで…」 黒猫と少年が同時に獲物をにらんだ。 「ひっ」 「小僧。斬り裂かれて死ぬよりもっと苦しいことを教えてやろうか」

2020-03-20 21:51:00
帽子男 @alkali_acid

声変わり前の喉からあふれる高音で、しかしまるで老いた戦鬼のような言葉が紡がれる。 「い、いい…いい…僕はただ…」 「楽に死ぬ方法は解っているな」 「はい!!はいいい!!」

2020-03-20 21:52:27
帽子男 @alkali_acid

床屋はこけつまろびつ走り去った。 カミツキが細腕の間から街路に降り立つと、ウィストは震えてから、立ち上がり先生にふらふらと近づいた。

2020-03-20 21:53:47
帽子男 @alkali_acid

すでに寺院の主は袖を裂いて己の顔の傷を縛っていた。まるで戦場の古参兵のような手慣れた技だった。 「…ウィスト」 「せん…せい」 「寺院に来なさい。体のようすを診なくては」 「あの…いかなきゃ」 「ウィスト…」 「ここにいたら…迷惑だから……」 「…妖精の書を持っていきなさい」

2020-03-20 21:55:47
帽子男 @alkali_acid

怪我をした師は、教え子にそう告げる。 「私がかつて籍を置いた…学問の都の…古典の府に…なじみがいる…いつかあそこに…書を運ぶべきかと迷っていたが…もはやここは安全ではない…お前も、書もどちらも、あの女(ひと)なら保護してくれるだろう」

2020-03-20 21:59:28
帽子男 @alkali_acid

「学問の都…」 「その礎は、妖精が築いた魔法の学び舎…南西に二百里の彼方にあるが…西方人の川船と鉄道を乗り継げば辿り着ける。信仰の兄弟団がお前を助ける…波止場の荷役頭に三日月の寺院の主からと…伝えてゆきなさい」

2020-03-20 22:04:54
帽子男 @alkali_acid

「…先生は…けが…」 「西方人にも友はいる。医師も。安心しなさい。すべてが野蛮に支配されている訳ではないのだ。だがお前がここにいられないというのは正しい。財団がお前を追うだろう」 「財団…て?」 「歴史の闇に隠れ、妖精や魔法にまつわるあらゆる遺物を独占しようともくろむやからだ」

2020-03-20 22:07:26
帽子男 @alkali_acid

「じゃあ…さっきの」 「ああ。財団の手先だろう。連中はこれまでに多くの遺物を略奪し、その形跡を隠してきたが、ここの守りの固さを見て強硬に出たのだ。お前は十分に気を付けなさい…どうやら…頼もしい用心棒がいるようではあるが」

2020-03-20 22:09:45
帽子男 @alkali_acid

血の気のない師が強いて微笑むと、猫はめんどくさそうにちぎれ尻尾を打ち振った。少年は両手の指を閉じたり開いたりして、なお何かできないか考えあぐねるようだったが、結局はただ首を縦に振っただけだった。

2020-03-20 22:11:12
帽子男 @alkali_acid

かくしてウィストは、二番目の養い親のもとからも離れた。 これが九つと一つの指輪を巡る厄介きわまる冒険の始りだったが、本人はまだ知る由もない。

2020-03-20 22:12:31
帽子男 @alkali_acid

ちなみに切り裂き魔の正体は、床屋のニーホッフと知れた。犠牲者から切り取った皮膚を縫い合わせた奇妙なつぎはぎを抱え、邏卒の中央署の前で自らの罪を熱した声でまくし立てたのだ。 誰も初めは本気にしなかったが、つぎはぎの中にある街娼のよく知られた刺青が混じっていたため、事実と解った。

2020-03-20 22:16:27
帽子男 @alkali_acid

署内では不透明な力が働き、市内で裁判にかけるかわりに、首都へ移送する運びとなったが、汽船で護送中に部屋から物音がしないので、随行の邏卒が確かめたところ、ニーホッフの体は真っ二つに分かれて絶命していた。傷口はひどく膿み爛れ、もがき苦しんだあとが伺えた。

2020-03-20 22:18:59
帽子男 @alkali_acid

ただ床屋と密かに同じ結社に属していた邏卒の副署長は、その報せを聴くことはなかった。もっと先に命を落としていたからだ。 自宅で財団への緊急の報告書をしたためていた際に、ふと窓を見ると、そこに、

2020-03-20 22:22:15
帽子男 @alkali_acid

破れ耳にちぎれ尻尾、おんぼろの毛並みの黒猫が、じっと財団の協力者を見つめていた。 「…収容分類…“幾何”…」 無駄と知りつつ副署長は机上に置いあった拳銃に手を伸ばし、次の瞬間には硝子を突き破って室内に侵入した黒き獣に喉笛を噛み切られていた。

2020-03-20 22:24:47
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 運河を行き来する汽船の三等船室に詰め込まれた少年は、そわそわしながら混みあった船内を眺め渡した。 「こないの…」

2020-03-20 22:26:28
帽子男 @alkali_acid

たしっと足に何かが当たる。はっと視線を降ろすと、そばにちぎれ尻尾を揺らす黒猫のカミツキがいた。いつも通り不機嫌そうだ。 「…きた」 「なーう″」 一人と一匹はにこりともせず顔を見合わせる。船員が見回りに来ると、小さな獣はぴんと体を硬くしぬいぐるみそっくりになり、頭巾の仔が急ぎ抱く。

2020-03-20 22:28:24
帽子男 @alkali_acid

西方人の男はけげんそうに東方人らしきちびを眺めてから、小さく舌打ちして切符を確かめもせず次へ向かう。 ウィストはカミツキを胸元に引き寄せたままほっと息をついた。

2020-03-20 22:30:21
帽子男 @alkali_acid

「…学問の都」 妖精が礎を築いた街。どんなところだろう。 考えてもぜんぜん埒が明かないので、眠ることにする。 色々疲れた。

2020-03-20 22:31:18
帽子男 @alkali_acid

転げ落ちるように入り込んだ夢の中では、ウィストの最初の養い親、占い女ゲラと車牽きチップが緑の野で踊っていた。まるで山妖精の若殿と牧の乙女のようなしなやかな容姿になって。どうしてか二人だと解った。周囲には水晶玉と金貨が輪を作って煌めいている。 おかしな光景だった。

2020-03-20 22:33:29
帽子男 @alkali_acid

楽しげな集まりの向こうでは、あの尖り耳に明るい肌をした女の人がたたずんでいた。しかし可憐な容貌は、以前のように優しげではない。戦意に燃えている。まるでワシ印達のように。いやもっと猛々しく、冷徹に。

2020-03-20 22:35:03
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