蝙蝠【@koumoli】の #ふぁぼの数だけ行ったことがあるように架空の町の魅力を紹介する まとめ最終回

さよなら空想街。 1〜100はこちら https://togetter.com/li/982813 101~200はこちら https://togetter.com/li/1195477
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蝙蝠 @koumoli

生者は死者を忘れなければならない。それがこの国の弔い方だった。大切な人を忘れてなお前を向くことが大切なのだと人々は言い、死者にまつわる物は全て処分された。 けれど、目に見えるものだけが思い出じゃない。 数年前に娘を亡くしたという父親は、今も耳の奥で聞こえる声に心を痛め続けていた。

2019-12-11 23:23:00
蝙蝠 @koumoli

人口の何十倍もの詩集を出しているなど聞けば狂気を感じるかもしれない。だが、宗教上故人について口にする事が出来ないこの地域において、詩というものは大切な役割を担っていた。 誰がどこで何をしたのか、具体的な事は分からない。けれど名も無き魂を愛する言葉は、尽きる事なく蓄積されていた。

2019-12-11 23:41:43
蝙蝠 @koumoli

寿命カレンダーという中々衝撃的な名前に足を止めると、明るい店員さんがいそいそと説明に来てくれた。 もしも寿命が今週として、今月として、今年として……と仮定し、やりたい事を書き込んでいく思考整理のようなものらしい。 なお、名前については「衝撃的な方が売れるんですぅ」と半笑いだった。

2019-12-11 23:57:49
蝙蝠 @koumoli

ぼぅと光る物体が川上から降りてくるのを見かけ、何かの研究か信号とかだろうかと流し主を探すと、啜り泣く集団に出会した。 驚く私に向こうも驚いたのか言葉を交わしてみると、小瓶に魂の欠片を入れて流す葬儀が終わった所だと言う。 魂の無事を祈る歌を共に歌い、この川が穏やかであるよう願った。

2019-12-12 00:24:25
蝙蝠 @koumoli

前兆のようなものは何も無い。ただ突然、何の予告もなく、時間に置いていかれる人が出てくるのだ。 1時間もあれば読めた本を3日間かけて読み、一度眠ればいつ起きるかわからない。話し掛けても反応はなく、老いる速度が異常に遅くなる。 「この事に気付くのは何年後かしら」と、歳の離れた妻は呟いた。

2019-12-12 00:45:40
蝙蝠 @koumoli

前世の記憶が蘇る国では、ある日なんの前触れもなく見知らぬ思い出が脳に流れ込んで来るのだという。それが3歳なのか80歳なのかは分からないが、この国で生まれた人間は必ず起こる現象だ。 それゆえ未解決事件というものが特別少なくはあるのだが、決して犯罪は無くなろうとしなかった。

2020-02-17 23:31:06
蝙蝠 @koumoli

夜の公園で少年二人組と出会った時の話だ。1人は既に眠っていたのだが、何でも「寝言に返事をすると神隠しにあう」という噂の検証中らしい。 微笑ましい冒険心の邪魔をしないよう離れていると、何か硬い物を貪るような音と「撮影成功!」と高らかに叫ぶ声が遠く聞こえた。

2020-02-17 23:42:39
蝙蝠 @koumoli

強い夢を見た人ならきっと分かるだろう。あまりに鮮明に描いた夢は、現実よりも詳細に覚えているものだ。 そんな夢の亡骸とこの土地では邂逅出来る。かつて夢見たそのままの姿で、遂に叶えられなかった己が現れるのだ。 もし君がそれを懐かしめると言うのなら……とてもお勧めさせていただきたい。

2020-02-17 23:59:24
蝙蝠 @koumoli

人名が定められる村では、10人に1人が同じ名前だった。生まれた順に長が名前を付けるので、兄弟で同じ名前な事もそう珍しくはない。 不思議な風習の由来を尋ねると、彼らの死神は名簿を片手に人の命を奪うらしい。だから同じ名前なら歳上の者から連れて行くよう、神様を混乱させるのが目的だと言った。

2020-02-18 00:33:09

時にはロマンも
230.追憶の国
231.煙草の国
232.白の街
233.焚書の国
234.百年越しの文通
235.ボタンの国
236.約束の国
237.まほろばの地
238.返信の森
239.失われた町

蝙蝠 @koumoli

命が尽きると記憶から消える種族の話を聞いた時、死に対して感慨を抱かないのだろうと思った自分を恥じる。 「涙が溢れるのです。育てた覚えのない花が庭で揺れ、好物じゃないレシピに付箋があり、知らない人と笑顔で写ってる写真を見た時、自然と」と語った女性の悲痛を思う事が出来なかったなんて。

2020-02-18 00:48:33
蝙蝠 @koumoli

あの街に行くならガスマスクを用意した方がいいぜ。 そう冗談混じりに言われた台詞を信じた事は、数ある旅行経験の中でも指折りの勘の良さだ。 非常に長命な種族が住むその街では、煙草で長過ぎる寿命を縮める事が楽しい生き方の秘訣であり、目を開ける事すら儘ならなかったのだから。

2020-02-20 22:56:45
蝙蝠 @koumoli

雪に埋もれた街は、白と、少し高台にある塔の黒以外何にも無かった。 普通なら長居などしない景色だろう。けれどかつての住人達は、まるで街を看取るのが義務かのように訪れては、発狂した人工雪の機械を眺めていた。 偶然出会った老婆は「思い出が日に日に美しくなっていく」と寂しそうに笑っていた。

2020-02-21 17:20:59
蝙蝠 @koumoli

焚書が始まった国での話だ。 床も壁も屋根も全て本を加工して作られ、本を痛めつけないと生活が出来ない家に暮らしていたその人は、遥か先を夢見ていた。 たとえ痛み色褪せようと、物語を灰にだけはさせないと。いつか本を冒涜した悪人だと人々が自分を断ずる世が来るはずと、私に耳打ちしてくれた。

2020-02-21 17:39:22
蝙蝠 @koumoli

遠い星との通信に成功し、所謂宇宙人とのやり取りを続けている男と話す機会に恵まれた私は、この通信がどれほど奇跡的かについて熱く語られていた。 小難しい理屈はもう忘れてしまったが、「百年越しの会話なんて、ロマンチックでしょう」と彼が嬉しそうにしていた事だけは今もハッキリ覚えている。

2020-02-21 18:04:22
蝙蝠 @koumoli

かつて結婚式で互いのボタンを交換したのを発祥に、今も親しい人との揃いを身に着ける風習があった。 確かに街ゆく人を見ていると、服は違うのにボタンだけお揃いの家族や恋人が数多くいる。 折角なので私も友人と店に行ったのだが、超デカい貝殻のボタンが面白過ぎてペアセットを買ってしまった。

2020-02-21 19:08:23
蝙蝠 @koumoli

近年急速に差別撤廃が進んだ国だった。首相の強引さゆえ敵も多かったが、結局は良い国としてまとまっている。 そんな嫌われながらも圧倒的な支持を得た首相は、最後に「けれど、二人は帰ってきません」という言葉を残して引退した。 彼女の幼馴染が差別によって自殺したと知るのは、少しだけ先の事だ。

2020-02-22 13:07:37
蝙蝠 @koumoli

そこに住む者は誰でも(数日訪れただけの旅人だって)、大切に慈しまれる国だった。 まるで宝物みたいに扱われるものだから、自分が特別な存在にでもなったような気がしたが、きっとこの感情を勘違いや自惚れなんかと貶める必要は無いと信じ、私も心から彼らを愛した。

2020-02-23 23:41:53
蝙蝠 @koumoli

その森の奥にはポストと「手紙書き〼」という看板だけが突っ立っていた。 好奇心のまま何度か手紙を交わした所、奇妙な送り主は郵便が少ない事を嘆いてはいたのだが、「でも少しくらい気味悪い方が撤去しにくいよネ」と元気そうだったので、今も暗い森の中でポストはひっそり佇んでいる事だろう。

2020-02-27 23:36:10
蝙蝠 @koumoli

数百年続いた独自の毛皮文化を非人道的で野蛮だと否定する運動があった事は、ある年齢以上の方なら知っているだろう。 だがそんな町で今、「失われる技術を守れ!」という主張が声高に叫ばれている事はご存知だろうか。かつて文化を捨てろと迫った人々が、何故歴史を捨てたのか問い詰めている有様を。

2020-02-28 00:09:49

最後の旅も折り返し
240.単位の村
241.暗がりの沼
242.雨宿りの街
243.贅の人
244.素の人
245.迷信の村
246.月光野原
247.殺意の国
248.パラレル配信
249.尊敬の村

蝙蝠 @koumoli

単位の表現が豊かな集落では、「桃を齧るくらい簡単なこと」とか「星を見るのに最適な時間」のような独特の単語が沢山あった。 しかしあくまで慣用句なので、使い方や時間帯に具体的な基準がある訳ではない。その為人々の間では、表現の使い方が一種の相性判断になっているそうだ。

2020-02-29 12:01:49
蝙蝠 @koumoli

広く深く淀んだ沼地で彼は生きていた。地面はぬかるみ、明かりは乏しく、空気は嫌に泥臭い。余程の用が無ければ通らないこの地で、一人ヘドロと戯れながら過ごしていた。 「普段は何を?」 そう訊くと彼は「言葉を練習している」と答えた。友達になろうと言えた時、きっとこの孤独は終わるから、と。

2020-03-02 21:04:52
蝙蝠 @koumoli

にわか雨の多い街では、何度も楽しい雨宿りをさせてもらった。 防水スプレーで書かれた台詞の先には映画館、数人が限界の狭い軒下にはコーヒースタンド。入口に巨大な水溜りのトリックアートを描いた店には、「踏みたくなるでしょ?」というキャッチコピーと共に沢山の長靴が並んでいた。

2020-03-02 21:50:24
蝙蝠 @koumoli

食事は贅沢であるべきという宗派では、人々は必死に思考してどうすれば美味しく美しい料理が出来るかを模索していた。 「たかだか数十年の人生です。贅沢な料理がどれ程心を豊かにするかなど考える必要もありません」 そう言って振る舞われた料理は豪奢で華々しく、五感の全てで楽しむ事が出来た。

2020-03-02 22:18:43