剣と魔法の世界で奇祭「風雲あざらし祭り」が行われる話2(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

ナモはウィストの手を握ったまま歩き、珈琲店の一つに入った。 どうやってか片隅に空席を見つけ、熱い飲み物と麺麭(パン)に燻製鰊(ニシン)、粒辛子、生の玉葱を挟んだ食事とを調達してくる。ただし本人は食べない。

2020-05-19 22:42:56
帽子男 @alkali_acid

女は、きょとんとしたまま料理には手を出さない少年をしばらく観察してから、手を叩いて給仕を呼び、麺麭の入った籠を下げさせようとする。 「あ、たべ、食べます。いただきます」 慌てて椀の水で指を洗ってとり、小さくちぎって一口味わうと、手巾で口と指を拭う。 「おいしいです」

2020-05-19 22:44:50
帽子男 @alkali_acid

ナモは腕を組んだ。 「令嬢のようだな」 「…ち、ちがいます」 「食べ終わったら、祭りの計画を話し合おう」 「け、計画?」

2020-05-19 22:45:47
帽子男 @alkali_acid

財団の職員は、冷徹な眼差しを「遺物」と呼ぶ相手の戸惑ったおもざしを注ぐ。 「風雲あざらし祭りには、三日間で延べ三万の支部が参加する」 「さんま…三万?!三万人?」 「三万支部だ。参加者数は延べ六十万を超えるとされる」 「六十万!?」

2020-05-19 22:49:06
帽子男 @alkali_acid

「この世界…狭の大地にあまねく広がる白銀后親衛隊の全隊員を思えば一握りだ。巡礼は、隊員の悲願だが、果たせるものは多くはない」 「…はえ…」 「風雲あざらし祭りとは、何かから説明した方がよいようだな」

2020-05-19 22:51:10
帽子男 @alkali_acid

ナモなる人物は語った。 そもそも白銀后親衛隊とは何か。 白銀后を讃え偲ぶ集いである。 では白銀后とは。 今は海底に沈める伝説の国、西の島にあって名を讃えられた歌姫であった。 どこで生まれたかは誰も知らない。心優しい巨人の召使と聖なる使いあざらしを友とし西の島で楽しく暮らしていた。

2020-05-19 22:54:30
帽子男 @alkali_acid

「使い…あざらし…?」 「お前の派ではそう呼ばないか?我が血旋派では、白銀后と幼少の頃から親しく接した、不思議なあざらしとして祀る。全身から血を噴きながら錐もみ回転することで、幾多の奇跡を起こしたという”

2020-05-19 22:56:52
帽子男 @alkali_acid

「えっ…血を…?」 白銀后はその美声に惚れた暴君、黄金王にさらわれ、無理矢理結婚させられたが、奇跡によって黄金王は元気がなくなり、白銀后は清らかなままだった。 「元気が…?」 やがて黄金王の悪事によって西の島は沈んだが、白銀后の歌が天に届き、住民の一部は狭の大地の北西に脱した。

2020-05-19 23:00:28
帽子男 @alkali_acid

この時洪水と津波から、民を守ったのが使いあざらしだった。 伝承によれば、全身から血を噴いて錐もみ回転することで押し寄せる波を凍らせたという。 「こわっ…」

2020-05-19 23:01:26
帽子男 @alkali_acid

さらに使いあざらしが回転し続けるにつれ、波に呑まれた白銀后の周囲には氷の墓標が育ち、歌姫を永遠に清らかに保ち、眠りに就かせた。 「白銀后が溶けない氷の墓標…遺物番号七十七に眠っていることは、ほとんどの派が見解を同じくしている。お前の派でもそうだろう」 「…はえ…はえ…」

2020-05-19 23:04:53
帽子男 @alkali_acid

白銀后の歌の偉大さ、美しさ、清らかさを讃えようと、西の島から逃れた生き残りは親衛隊を組織し、墓標を守りながら、その思い出を歌い継ぎ、踊り継いで来た。 かつては氷の墓標まで船を仕立てて詣でることもあったが、歌姫の安らかな眠りを乱すのは親衛隊の分を超えると各派申し合わせ、

2020-05-19 23:07:00
帽子男 @alkali_acid

今日では白銀后その人ではなく、使いあざらしの名をつけた祭りを、氷の墓標への船が出ていたという伝説のある港町で開くようにしている。 「以前は別の街で行われていたが、理解のない漁民に追い立てを食ってここが開催地となった」 「…はえ…」

2020-05-19 23:08:40
帽子男 @alkali_acid

白銀后の歌唱と演奏のすばらしさは世界に広まり、今は各地から人が集まる。祭りの規模は回を追うごとに大きくなり、三万の支部と六十万の巡礼が参加する催しにまで成長した。 支部ごとに町の広場や船上で、演劇や合唱、舞踏、仮装の公園、絵画、冊子の頒布、討論などを行う。

2020-05-19 23:14:32
帽子男 @alkali_acid

「計画を立てて、どの祭儀に参加するかを考えねば、多くをとりこぼす。初参加にありがちだが…人によっては一度きりしか機会がない。お前もな。故に無駄にするな」 「…え、えっと…」

2020-05-19 23:16:05
帽子男 @alkali_acid

ウィストは頭巾を抑えてうつむいた。 とても。 帰りたい。 帰る場所はないけど。 でも何か。 すごく居づらい。

2020-05-19 23:16:59
帽子男 @alkali_acid

「お前が一番回りたいのはどの支部だ」 「あのう…も、モエルナミ派」 「ふむ。灼熱紅蓮あざらし爆発四散大花火か…」 「!?」 「今回は、あざらし爆破権が、白銀侍女選抜の副賞として供されるが、そちらも見てゆくか?」 ナモは目録をめくって指さしながら解説する。

2020-05-19 23:22:11
帽子男 @alkali_acid

「あの…しゃくね…って何ですか…」 「灼熱紅蓮あざらし爆発四散大花火。燃波派が誇る最新の発破技術を用い、中心は活火山の中心と同等の超高温・高圧となる火球を圧縮、炸裂させ、完膚なきまでにあざらし像を焼尽しつくすことで、あざらしの破壊と再生を表現する、のだそうだ」

2020-05-19 23:26:01
帽子男 @alkali_acid

ウィストはしばらくまた思考が追い付かなくなって硬直した後、ようやくと意識を取り戻して、尋ねる。 「白銀侍女選抜ってなんですか?」 「冗談のつもりか?」 「…いえ…あの」

2020-05-19 23:27:17
帽子男 @alkali_acid

ナモは珈琲を啜ってから告げた。 「白銀后の侍女たるにふさわしい容姿、品位、技芸を備えた婦人を選ぶ、風雲あざらし祭り一日目の花、いや三日間で最も輝かしい催しの一つだ」 「はぇ…はぇ…」 「優勝したものには、帝国音楽院への留学権などをはじめ、さまざまな特典が与えられる」

2020-05-19 23:30:36
帽子男 @alkali_acid

「だが何よりも…白銀后の歌に心打たれた女ならば、誰もがその思慕と研鑽を示す好機と考える」 「はえ…」 「各支部からえりすぐりの女隊員が参加する」 「…はえ…」 「私も今回は出場する構えだ」 「がんばってください…」

2020-05-19 23:33:35
帽子男 @alkali_acid

ウィストはとりあえず小用に立った。逃げないと信用してもらえたのか、ナモはついてこない。厠は珈琲店の裏手にあって、だいぶ汚れていたがもともとさすらいの民としての暮らしが長かったのであまり気にならない。 手洗いを済ませて戻ろうとしたところで、頭上で羽ばたきの音がする。

2020-05-19 23:36:19
帽子男 @alkali_acid

「ハナシハキカセテモラッタ!」 黒い小鳥が頭巾に舞い降りる。 暗い膚に尖り耳の男児は、たいした重みがないはずの相手が止まったとたんにぐらりと前のめりになる。 「ホウキボシ…来ちゃだめって」 「イイジャン!ウタ!カナデ!アタイ!ココスキ!」 「…暴れちゃだめ…」

2020-05-19 23:38:18
帽子男 @alkali_acid

「ハクギンジジョセンバツ!アタイタチモデヨ!」 「え、出ない…何か怖いし…」 「デヨ!」 「でない…」 「アザラシ、バクハツシサンシチャウヨ?」 「でも何か…おかしいし…あと女の人だけだし…予選終わってるし…」 「トビイリ!」 「できないよ…」 「アタイ、ヤル!」

2020-05-19 23:41:17
帽子男 @alkali_acid

「だ…」 「ピョロロロロロ!」 「う…」 「フタリデ!」 「…う…う…」 「オチビ、キシャ、ツクッテ、タノシソウダッタ!」 「…うー」 「アケノホシ、ガッコウデ、オオアバレ!」 「…ぅ」 「ウィスト、カミツキ、ヒイキ!」

2020-05-19 23:46:00
帽子男 @alkali_acid

黒歌鳥はふわふわした胸をふくふくとふくらせてふんぞり返る。 暗い膚に尖り耳の仔は頭巾を抑えて溜息を吐く。 「わかった…から…暴れないで…歌で…みんな…変にしたり…町…消したり…山とか、海とか…形変えたり…しちゃだめ…」 「イイヨ!」

2020-05-19 23:49:24
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