剣と魔法の世界で奇祭「風雲あざらし祭り」が行われる話2(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

少年は小さな相棒を頭巾に入れて珈琲店に引き返す。嫌な予感でいっぱいになりながら。

2020-05-19 23:51:38
帽子男 @alkali_acid

ところでほかの黒き獣はどうしていたかというと、まず黒猫は波止場で潮風に当たっていた。 虚ろな眼差しは水平線の彼方を眺めたまま、破れ耳は垂れ、ちぎれ尻尾も力なく桟橋の上にだらりと貼っている。 「ナ…ヴナ…ナ…」 西に向かってとぎれとぎれに鳴いてはまた静かになる。

2020-05-19 23:54:08
帽子男 @alkali_acid

黒犬が一頭離れたところで見守っている。左右非対称の翼を持つ蝙蝠を頭に載せて。 「キー…」 「クゥン」 皆しんみりしていた。そして汽車の中で待っていてという、少年の言いつけは守っていなかった。いや、何か鳥が出てっちゃったから探して連れ帰ろうと思ってさ。ついでだからちょっと見学も。

2020-05-19 23:56:32
帽子男 @alkali_acid

「人間の祭りも興深いものだ」 「丘王国の春の花祭りを思い起こさせる」 半ば死し、半ば生きる双子の半妖精もまた黄昏の薄闇を音もなく闊歩していた。それぞれ髪を風になぶらせながら、浜辺で明日に備え芸の練習をする巡礼を眺めている。

2020-05-19 23:59:45
帽子男 @alkali_acid

「黒の乗り手はここで何をなすつもりか」 「我等も助太刀しようではないか」 永の眠りから蘇った太古の兄弟王はどちらも、特に現世での行いを自重するつもりはないようだった。

2020-05-20 00:00:59
帽子男 @alkali_acid

さてまた市内の別の場所では、暗い膚に雲突く丈の巨漢が金釦つきの制服をまとい、同じ肌色をした若者の先導で雑踏を歩いていた。 「きめぇ…さっさと絶滅させてえ…」 「ここじゃ荒事はなしにしてくれよお客さん」

2020-05-20 00:03:28
帽子男 @alkali_acid

「いいから宿屋に案内しろ。まずてめぇから始末するぞ」 「はいはい…」 人類を災厄から守る秘密結社、財団の最高戦力たる機動部隊、終端の騎士団の第一番、絶滅請負人の異名を持つ傭兵、牙の部族のガウドビギダブグは肩を怒らせつつ、のしのしと同輩との合流地点を目指して進んでいた。

2020-05-20 00:06:07
帽子男 @alkali_acid

「ぐるぐる頭のこの趣味だけは解んねえな…」 などとうそぶきながら。 案内を務めるさすらいの民、ケムルクサことメニカは面倒な客に雇われたなと思いながら、表向き愛想は良い。 「幾ら気前がよくても、むさ苦しい男のお守りじゃな。さっさと嫁にまた会いたいもんだ」 などと内心考えながら。

2020-05-20 00:08:47
帽子男 @alkali_acid

それぞれの思惑をはらみながら、いよいよ風雲あざらし祭りの第一日目は明朝に迫っていた。

2020-05-20 00:10:46
帽子男 @alkali_acid

風雲あざらし祭り前夜は更けて。 明朝からは陸と海とでさまざまな催しが行われる。 洋上の催しは船で参加することになる。あたりは波静かな湾であり、この日のために腕を磨いてきた一流の船乗りが操るのだから時化さえしなければ万事恙なし。 この季節は天気も穏やか。空も晴れ星は眩く煌めく。

2020-05-21 19:55:58
帽子男 @alkali_acid

となれば、ひいきの支部が執り行う祭儀を見損ねまいと、暁差し込んで出る一番船に乗り遅れまいと、夜通し船着き場で待とうというものもあらわれる。 通称、徹夜組である。

2020-05-21 19:57:52
帽子男 @alkali_acid

祭りの実行委員会は、徹夜での船待ちを禁じている。 いかに今は町中を邪教、白銀后親衛隊で占領しつくしたようなありさまでも、暗くなってからは物騒だし、地元の漁民も嫌がるのだ。

2020-05-21 19:59:48
帽子男 @alkali_acid

人が数多く闇降りてから汀(みぎわ)にたむろすれば、わだつみから恐ろしい災いを引き寄せるという。 しかし徹夜組は意に介さない。再三の誘導員の注意にもかかわらず、篝を起こし、煙管(パイプ)をふかし、酒を呷って日が昇るのを待つ。 祭りの一日目は女性向けが中心なので、そう多くはないが。

2020-05-21 20:03:00
帽子男 @alkali_acid

しかし人気の支部が洋上で配るお守りや冊子などを贖い、地方に戻ってから祭りに参加できない隊員に転(ころ)ばし売ろうとする不逞の輩もないではない。

2020-05-21 20:04:42
帽子男 @alkali_acid

「白銀侍女選抜…楽しみだな」 「新型の写真機を使って撮影するらしいぞ」 「おお、それも高く売れそうだ。麗しい水着なら男の隊員が喜んで買う」 「三日目の白銀侍従選抜も撮影するそうだ」 「おお、逞しい水着姿なら男の隊員が喜ぶ」

2020-05-21 20:10:12
帽子男 @alkali_acid

よもや白銀后を讃える親衛隊の祭儀を、金銭に変えようと考えるものがいようとは。あらゆる宗教は堕落するのだ。 徹夜組が煙草と酒を手に、海風に揺らめく篝のそばでぼそぼそと話し込んでいると、光の輪の外にある闇から、杖をついて一人の老婆があらわれる。 「おぬしらあ…家に戻らんかぁ…」

2020-05-21 20:12:54
帽子男 @alkali_acid

「なんだばあさん?」 「あっちへ行け。誘導員でもあるまいに」 徹夜組はつれない態度だ。媼は杖にすがって震えながらしゃがれ声で告げる。 「海からぁ…恐ろしいイルカが来るぞぇええ」 「イルカ?」 「イルカが恐ろしいものか。こっちが水に入る訳でなし。さあいったった」

2020-05-21 20:14:12
帽子男 @alkali_acid

「恐ろしい…恐ろしい…」 杖をつきながら老婆はふらふらと立ち去る。 「まったく訳が判らんな」 「このあたりの漁民は迷信深いからな。文明開化の時代に妖怪話とはな」 「まったく。イルカといえば、三后派の赤銅后が使いにしていたという」 「おお。黄金王のため赤銅后は裸でともに踊ったと」

2020-05-21 20:16:08
帽子男 @alkali_acid

「赤銅后のイルカは解るが、黒鉄后の使いが犬というのが解らん」 「三后派に理屈は通じないからな」 「ところで四后派というのを知っているか」 「何だそれは」 「使いあざらしを四人目の后とし、青氷后と位置付けるのだそうだ」 「それだとイルカと犬も后にせんと釣り合わんぞ」

2020-05-21 20:17:37
帽子男 @alkali_acid

徹夜組の焚く火が点々と船着き場の周囲に点っている。 小さな天幕を用意しているものまでいる。誘導員が見回りにくればたたむのだが、いなくなればまた戻ってくる。 ふてぶてしい連中である。 だが、不意に闇に間隔を空けて燃える火の一つが消えた。悲鳴が上がる。 「いる、イルカだああ!」

2020-05-21 20:19:47
帽子男 @alkali_acid

おお見よ。 いやはっきりは見えない。灯の消えた暗がりの中を、何か巨大な濡れて重たいものが引きずるような音を立てながら、驚くべき速さで動いているのだ。 「イルカだと!?」 「アザラシではないのか?」 「イルカが!?人間を?陸で?」

2020-05-21 20:21:00
帽子男 @alkali_acid

角燈が掲げられ、正体不明の存在を検めようとする。 どこかでまた叫びがあって、油を満たし火を納めた道具が石積みの護岸に当たって壊れ、ごうっと火が広がる。 一時の明々とした炎の帯が照らしだしたのは、まさに海豚。しかし大きさは並ではない。小舟一艘はゆうに上回る。

2020-05-21 20:24:35
帽子男 @alkali_acid

逃げ惑う徹夜組の一人に口から吸盤のついたくねる触手を伸ばしてやすやすと捉え、ずるずると引きずり込んで全身の骨をへし折り、咀嚼してしまう。 「い、イルカが!?イルカが人を!?」

2020-05-21 20:25:59
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