歴史系雑語り・津軽大浦氏重臣 小笠原信清は葛西喜庭伊勢守秀信か 雑検討(仮まとめ)

従来、正体が分からなかった松前藩史料に出る『喜庭伊勢守秀信』が、小笠原信清かもしれない史料をめっけたのでちょっと雑に考えてみた。まだ検討終わってないけど仮まとめ
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帆船ハッカ @kotosakikotoko

隣松寺所蔵資料から、『平信清御簾内源氏武田累葉蠾﨑女子』は新羅之記録で言うところの蠣崎季広3女であり、平信清は小笠原信清ではないか、という話。とりあえずまとめた。

2020-07-06 19:24:14
帆船ハッカ @kotosakikotoko

隣松寺過去帳の『平信清』が小笠原信清であり、その妻『武田累葉“蠾﨑“女子』が松前氏史料の新羅之記録の“蠣崎“季広三女と符合し、『前勢𠛄(勢州)太守滴心“等雪“大居士』が同じく季広三女の項の記述『喜庭伊勢守秀信入道“等雪“』と符合する為、信清と秀信が=で結べる可能性があるって話なんだけど、

2020-07-07 21:02:06
帆船ハッカ @kotosakikotoko

延宝六年本隣松寺過去帳では隣松寺の開基として『廿日 月光菩薩 當寺開基滴心等雪大居士』という記述を載せ、また延宝寺社縁起書上 長勝寺并寺院開山世代調においては『玉龍山隣松寺(略)其以後千葉袋(木庭袋)伊勢守取立、如古代令繁昌候』と記述する。一方その後に作られた元禄九年本過去帳では

2020-07-06 19:24:14
帆船ハッカ @kotosakikotoko

『二廿日 月光菩薩<平信清御簾内源氏武田累葉蠾﨑女子 天正二戌五月長勝寺江涅槃像御寄進>當寺中興開基前勢𠛄(勢州)太守滴心等雪大居士』と記述が増補されている。 この時初めて『中興開基とした滴心等雪の俗名は平信清であり、信清簾内蠣崎氏の天正二年事績まで傍記する』状態になっている。

2020-07-06 19:24:14
帆船ハッカ @kotosakikotoko

元禄九年本隣松寺過去帳は、延宝六年本隣松寺過去帳が作られた後、寺社が自らの由緒を誇るために粉飾がされた可能性は高く、県史からも『特に饒舌な中世記事に関しては、利用の際に十二分に検討を要する』という指摘が入っているので、使用に一考を要する。

2020-07-06 19:24:15
帆船ハッカ @kotosakikotoko

じゃあ、この隣松寺史料を使わずに喜庭秀信=小笠原信清説を成立させられないか、と言われれば、やりようはなくはない、と思うのね。 19世紀初頭に山崎清朴が清書した北畠永禄日記には、今淵八幡宮の記事に関連して『其後小笠原伊勢之先祖喜庭袋伊勢又建立也、

2020-07-06 19:24:15
帆船ハッカ @kotosakikotoko

此伊勢之御息女ハ松前之奥方ト成也、喜庭袋を葛西共有之、今之小笠原作内之先祖也』と記述する。この時代、小笠原伊勢の子孫が弘前藩内に続いており、またその先祖は喜庭袋(木庭袋)の姓を名乗り、その娘は『松前之奥方』になったという伝承が残っていたことを伝えている。

2020-07-06 19:24:15
帆船ハッカ @kotosakikotoko

1646年に成立した新羅之記録には、蠣崎季広三女が喜庭秀信に嫁ぎ、二人の女子と孫九郎直信が生まれたとする。また、季広の嫡男蠣崎慶広(松前慶広)の次女が津軽の喜庭直信に嫁ぎ、その息女が蠣崎家臣である伊駒広季に嫁いだとする記事を載せる。

2020-07-06 19:24:16
帆船ハッカ @kotosakikotoko

北畠永禄日記に記された伝承と、新羅之記録にみる系譜を照合した場合、『(小笠原)伊勢之御息女』は喜庭直信の娘であり、『松前之奥方ト成也』とは松前氏ではなくその家臣の下国伊駒広季との婚姻が年月を経て訛伝したものと考えられる。

2020-07-06 19:24:16
帆船ハッカ @kotosakikotoko

北畠永禄日記の記述は、あるいは他の伝承の混入や17世紀中盤と19世紀初頭という時間の経過による訛伝も考えられるけど、北畠永禄日記が新羅之記録を参照したようにも見受けられないので、とりあえず伝承が形を維持して伝来したと考えていいんじゃないかと。

2020-07-06 19:24:16
帆船ハッカ @kotosakikotoko

また北畠永禄日記には『今之小笠原作内之先祖也』という記述に注目してみる。小笠原作内は由緒書抜 上巻の小笠原金次郎の項において、津軽氏の三老の1人として名のあげられる小笠原伊勢守(信清・信浄)の子孫として名前が出てくる小笠原作左衛門の子孫と考えられる。

2020-07-06 19:24:16
帆船ハッカ @kotosakikotoko

現状、山崎立朴・清朴当時の小笠原作左衛門の存在が他の史料でまだ確認できていない(自分の確認不足)ので保留となるし、また北畠永禄日記の記述が正しければという前提にはなるけど、北畠永禄日記で息女を松前に嫁がせた小笠原伊勢は喜庭直信とイコールと考える事は可能と考える。

2020-07-06 19:24:17
帆船ハッカ @kotosakikotoko

となれば、北畠永禄日記の記述が事実だった場合、北畠永禄日記で小笠原伊勢の先祖とされる『喜庭袋伊勢』は新羅之記録において直信の父とされる喜庭秀信と考えられる、と導き出していいかなと思うわけで。

2020-07-06 19:24:17
帆船ハッカ @kotosakikotoko

津軽一統志や東日流記、また津軽之屋形様御先祖之覚など、津軽の史書において小笠原信清は『小笠原<木庭袋トモ>伊勢信清』『<wari 葛西小笠原>伊勢』『年寄ニハ木庭袋伊勢守』など、一貫して津軽地方に勢力を扶植した葛西木庭袋氏との関係を示唆されており、津軽史書で小笠原伊勢と書かれる時、それは

2020-07-06 19:24:17
帆船ハッカ @kotosakikotoko

基本的には小笠原信清を指す。 増補が行われる前の延宝寺社縁起書上 長勝寺并寺院開山世代調の隣松寺項の『千葉袋(木庭袋)伊勢守』もまた小笠原信清と考えて構わない。 ――とまあ、そうやって喜庭伊勢守秀信と小笠原信清説は成立するんじゃないかな、という雑思考でした。

2020-07-06 19:24:18
帆船ハッカ @kotosakikotoko

新羅之記録の婚姻関係記事に関しては、喜庭秀信辺りに関して言えば作成年代からそれなりに近いし、あの史書は婚姻関係辺りでは嘘はつかないから(書かないことはあるけど)下国伊駒安陪姓之家譜辺りなんかも同じく記事を載せているので信用してよいと思ってる。

2020-07-06 19:34:05
帆船ハッカ @kotosakikotoko

北畠永禄日記の記述に関しては、他の永禄日記写本にはない記述なのだけれども、山崎立朴自身がこのような伝承があったことを採録した部分で、子孫として他の史料で小笠原伊勢の子孫と確認できる(まだ詰めきれてないけど)小笠原作内が存在する事を書いており、史実性を認めていいと考える。

2020-07-06 19:42:40
帆船ハッカ @kotosakikotoko

津軽とその周辺に広がった葛西(木庭袋)氏に関しては、北の環日本海世界って本の『中世深浦と葛西木庭袋氏』って論考にまとまっているのだけれども、津軽深浦に棟札が残っているのを始め大光寺城主として南部氏と戦ったとする記録や新羅之記録には秋田に葛西出羽守藤原秀清がいたりとかなり広範囲。

2020-07-03 23:44:59
帆船ハッカ @kotosakikotoko

津軽一統志では大浦為信の年寄の一人として木庭袋伊勢守(小笠原信清)が存在するのは周知のとおりだし、あと松前家記だと武田信広が渡海する際に鬼庭袋某なる人物もいる(けどこの鬼庭袋某は近代編纂の松前家記だからちょっと保留したほうがいいかも)

2020-07-03 23:49:47
帆船ハッカ @kotosakikotoko

深浦神明宮社司由緒書という史料では、木庭袋左衛門尉頼国の弟伊予守平頼清が文亀2年に深浦に着き、姉子伊予守信清が天正年間に千葉弾正と戦い敗北し後に社司になったとする記録を乗せるのだけれども、大浦の伊勢守信清との関係は不明なのよねぇ。多分同族だけど混同があるんじゃねえかと思ってる。

2020-07-04 00:00:07
帆船ハッカ @kotosakikotoko

葛西木庭袋伊予守頼清の息子は、永正2年の棟札だと新三郎清順・平次郎忠清・又八清繁。深浦神明宮社司由緒書で信清は姉の子とはされているけど、息子が複数(しかもおそらく全員成人)いる状態で姉子に継がせるって不自然はあるんだよねぇ。

2020-07-04 00:02:23
帆船ハッカ @kotosakikotoko

あ、すっかり忘れてた。伊駒広季の父下国直季は季広10女を妻としているから、喜庭直信と伊駒広季は従兄妹になるんだ。従兄妹に娘を嫁した形になる。

2020-07-05 23:02:04
帆船ハッカ @kotosakikotoko

あー、そうか。小笠原信清がイコール喜庭秀信である場合、小笠原信清は娘を千徳政康に嫁がせているから、喜庭直信の2人の姉妹のうちの一人は千徳政康室って可能性が出てくるのか。つまり小笠原(大浦)を挟んで蠣崎と一戸千徳が繋がるって事にもなる。

2020-07-05 21:37:37
帆船ハッカ @kotosakikotoko

由緒書抜下巻の『一戸太仲』の項、書いてる内容面白いんだけど、『御家臣小笠原伊勢従弟之縁を以此勝五郎被為 招』って記述が気になるよね。一戸城主の子とする記述は話半分としても、一戸一族の誰かしらと小笠原信清の一族に婚姻関係があったということになる。

2020-07-06 01:20:57
帆船ハッカ @kotosakikotoko

小笠原信清の従兄妹ってなると一戸太仲先祖十二矢又五郎宗広の父・一戸大和守宗綱の妻は小笠原信清の叔母とかそういう感じになるのか。

2020-07-06 01:31:54

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