青い翼の乙女と白い眼の少年の物語・ほか(#えるどれ)

おねショタの発作がね。 まとめは以下のWikiからどうぞ https://wikiwiki.jp/elf-dr/
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帽子男 @alkali_acid

三つの屍は順に地下の水脈を通って浅瀬の内側に浮かび、縞模様や斑点を散らせた極彩色の小魚を引き寄せた。それを狙う大魚も。 さらにそれを狙う別のもっと恐ろしい生きものも。さらにさらにもっともっと別の、随分と不器用な泳ぎ方をする生きものも。 「わぷ…も…帰っていい?」

2020-07-11 22:57:50
帽子男 @alkali_acid

珊瑚礁の間を黒く長い影がうねるように進む。 角は鹿、頭は駱駝に、目は鬼、首は蛇、腹は蜃、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛。そんな姿。 つまりは竜。 遅れまいとついていくのは暗い膚に尖り耳の少年。腰布だけをつけて手足をややぎこちなく動かして水を掻く。

2020-07-11 23:00:14
帽子男 @alkali_acid

「ぷえ…オオグ…ちょ…あぶ…」 「ウィストー。泳ぎながらしゃべらん方がええでー」 いきなりひょこりと隣に海豹が頭を出す。こちらも真黒である。 「ぶぱ…ぷ…」 男児がしがみついてくると、海獣は焦点の合わぬまなざしを細めて柔らかく笑う。 「なんや降参?」

2020-07-11 23:02:38
帽子男 @alkali_acid

「だって…とお…陸…とおい」 「んー今日はちょこっと遠くまで出たわー。ま、ワテとオオグイがおるし安心しとき」 「で…でも」 「ウィストむちゃ泳ぎも潜りも上達しとるし、あんま怖がらなもう外海でも平気ちゃう?」 「む、無理」

2020-07-11 23:04:35
帽子男 @alkali_acid

黒海豹は少年をしがみつかせたまますいすい先へ進む。 「お、オオグイなんやうまそうな魚捕まえたん?」 「グルルルル」 「ちゃうん?」 本来の寸法よりはだいぶ縮んでいるとはいえ、やはり途方もない大きさの黒竜はほとんどの魚を追い散らせてしまっていた。

2020-07-11 23:07:22
帽子男 @alkali_acid

代わりに、色とりどりの鰭や尾が群がっていた三つの塊を大風のような鼻息で押しやって来た。 「ほわー…どざえもんの匂いやわー。南の海やと腐るん早いわー」 「ぴぎっ!?」

2020-07-11 23:09:00
帽子男 @alkali_acid

ようやく落ち着いたウィストは、三つの骸を目の当たりにして、凍り付き、黒海豹の体から滑り落ちてまた珊瑚礁の深みへ没すると、激しくもがき、手の先と足の先から虹色の光をあふれさせた。 「ウィスト。魔法はあかんのとちゃうん?」 黒海豹が素早く潜って助け出すと、そう尋ねる。 「ふえ…」

2020-07-11 23:11:10
帽子男 @alkali_acid

「ま、魔法…使って…え?今?」 「なんや溺れながら出しとったで。きらきらしたん」 「…う…どうしよう」 「んー…抑えきかんらしいわ。ウィスト泳ぎ覚えるんむちゃ速いし…ほなヤミノカゼの術もそろそろ…ま、陸上がってからアケノホシと相談しよ」 「う、うん…」

2020-07-11 23:15:42
帽子男 @alkali_acid

豹と少年が話す横で、竜は三つの骸を名残惜しげに眺めている。 「んー。ウィスト怖がっとるし。それ料理にするんよしといた方がええんちゃう?」 海獣がそう告げると、長虫は悲しげに獲物から離れ、大きさをさらに縮めて育ちすぎたうつぼ程になってから、するすると陸を目指し引き返していった。

2020-07-11 23:19:46
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手と眷属である黒き獣は絶壁に囲まれた珊瑚礁の島にしばらく逗留した。 蝙蝠は、木々の間の目立たぬ場所に頑丈な小屋を建て、洞窟に蔵をしつらえ、井戸やら何やらを掘り始め、竜が食材を集めては味のよい保存食作りに勤しむ。

2020-07-11 23:24:02
帽子男 @alkali_acid

小鳥は島の小さな滝に歌を教え、水が落ちる響きを音楽に変えた。犬は珍しい草木や茸を集めそれぞれの薬効を調べては蓄えていった。 海豹は浅瀬と珊瑚礁の隅々を巡りつつ、あちこちで匂いを嗅ぎ、音を聞き、時々踊りながら呪文を唱えた。 「ワテらの病がここの生きもんに混じらんようにちょこっと」

2020-07-11 23:28:02
帽子男 @alkali_acid

猫は島の奥で何か大きなものと戦っていたようだが詳細は不明だった。だがやがて一枚の金属板を加えて戻って来た。 「なんやろ」 「わかんない…あ…妖精の書にあった…暗黒語の文字だと思う」 「おもろいわ。触らして」 「うん」

2020-07-11 23:30:52
帽子男 @alkali_acid

何せ黒の乗り手は、闇の軍勢の中心地であった影の国に縁ある一味であるからして、暗黒語の解読などお手のものだた。犬が三分でやってくれました。 文字を刻んだのは大海賊トラザメ。古代に近南と呼ばれる海域を支配した荒くれ、南寇の頭目らしかった。

2020-07-11 23:33:56
帽子男 @alkali_acid

「財宝は、船でたどり着けないここに埋めようと思ったが、真ん中の島の奥にいた化け物が厄介に過ぎる。どうやらこのしゃれた場所はまるごとあいつの牢獄らしい。ドレアムかその子孫よ。もしいい男を求めるなら紅き涙を流す髑髏を探せ」

2020-07-11 23:37:05
帽子男 @alkali_acid

「ええ男を…」 ごくりと黒海豹は人間くさく唾を呑んだ。ほかの黒き獣は全員無視している。 「大事なとこやんかー」 「ほんとに…指輪と関係あるの…」 「ええ男の話や」 「…ミチビキボシ…」 「あ、ウィストの今の声呆れた時のアンググに似とる…ちゃう…仙女はんに似とるわ…惜しいわー」

2020-07-11 23:40:06
帽子男 @alkali_acid

少年は黒猫に尋ねた。 「あの…何かに遭った?」 「ヴ」 どうでもよさそうに小さな殺し屋は応じた。 なお、その夜にはオオグイが島の奥からとってきたよく解らない何かの肉を椰子の葉でくるんで砂に埋め焼きにした料理が出た。おいしかった。

2020-07-11 23:41:44
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手一行はやがて海底を走る汽車に乗って出発した。 島は不思議な客が去ったあとも、魔法が谺(こだま)となって残り、空からも海からも普通の人間には決して見つけられなくなった。まるで妖精郷のように。

2020-07-11 23:44:47
帽子男 @alkali_acid

それからルゥルアは目覚めた。暗闇の中で相棒である海鷲を求め抱きしめ、願った。本当に一人と一羽が一つになれたらどんなにかよかったかと。もう一度そうして飛べればどんなにかと。

2020-07-11 23:47:32
帽子男 @alkali_acid

気づくと帝国海軍の少尉は浜辺にいた。軍服は失って裸だった。風が脇の下を通り過ぎる。 思わず両腕を広げると、瑠璃色の羽毛が伸び生えて、猛禽の翼を形作る。体が宙に浮かび、思わず踏ん張ろうとした足には鋭い鉤爪が生えて砂を蹴立てた。 「あは!」

2020-07-11 23:49:40
帽子男 @alkali_acid

驚きは一瞬だけだった。褐色の肌をした乙女は、青い翅を羽搏かせて、舞い上がり、珊瑚礁と砂州とこんもりとした森からなる小天地を飛び回った。 やがて水面にきらめきを捕えて、急降下し、魚を掴み取って飛沫とともにまた天に戻る。

2020-07-11 23:52:24
帽子男 @alkali_acid

陸に戻って、何度も木に打ちつけてとどめを刺すと、そのまま牙の生えた口で貪り食う。 生臭い返り血を浴びてしばらく恍惚としていると、やがて人間らしい気持ちが戻ってきて、水を浴びたくなる。翼を腕に変え、鉤爪を引っ込めると、島の森の奥へ分け入る。

2020-07-11 23:54:56
帽子男 @alkali_acid

やがて歌う滝を見つけた。澄んだ水があふれては泉に注いでいる。 耳を傾けているだけで快い響き。かき乱したくなかったが、しかし次第に真水の肌触りを試したくて中へ入る。刺すような冷たさだが火照った体には丁度良かった。 近くの草の茎をむしって牙をせせっていると、ふと気配を感じる。

2020-07-11 23:57:58
帽子男 @alkali_acid

叢に何かが臥せっている。ルゥルァは再び青い翼を生やして飛び立ち、鉤爪を蹴り出して襲い掛かった。 しかし向こうは機敏に避け、しなやかな四つ足で地を踏みしめながらねめ上げてくる。人間。少年だった。 漆黒の肌に純白の瞳、だらりと伸ばした赤い舌。覚えがある。敵だ。

2020-07-11 23:59:58
帽子男 @alkali_acid

海鷲の記憶とともに心臓を射抜かれた痛みが蘇る。 ルゥルァは再び襲い掛かったが、向こうはまた躱した。しかも木の幹を蹴って躍り上がり、逆に掴みかかってきた。小柄に似合わぬ驚くような怪力だった。

2020-07-12 00:01:36
帽子男 @alkali_acid

二人はしばらく滝のそばでもみ合ったが、とうとう白眼の少年が有翼の乙女を組み伏せた。 だがやがて闇色の肌をした男児は双眸に同じ色を宿すと、やがて相手から身をもぎはなし、叢の間に駆け込んでいった。

2020-07-12 00:03:25
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