生命美術館事件2(#えるどれ)

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前回の話

まとめ 生命美術館事件1(#えるどれ) シリーズ全体のまとめWiki https://wikiwiki.jp/elf-dr/ 4366 pv 3

以下本編

帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失ったものを取り戻すファンタジー #えるどれ 更新のお知らせは #えるどれ更新 でご案内 過去のまとめは見やすいWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/

2020-07-20 21:15:29
帽子男 @alkali_acid

さて今の舞台は人類の故郷とされる南方、曙の大地。 密林あり、砂漠あり、平原あり、それぞれに歴史古い国々が栄える広大な領域の中域東部に、大湖沼と呼ばれる水郷が横たわる。風光明媚な一帯だが、とりわけ「大平原の湖」と呼ばれる海にも等しき淡水湖は、大河の源として名高い。

2020-07-20 21:20:41
帽子男 @alkali_acid

浅く暖かく魚介豊かな真水の大洋には点々と島々が散らばるが、うち一つには八面を色鮮やかな壁画で囲い、窓も門もない巨大な城館が建っていた。 生命美術館。 人や獣を生きたまま瓶詰にし、未来永劫に老いも衰えもせぬままに展示する、奇怪な場所だ。

2020-07-20 21:23:40
帽子男 @alkali_acid

館主たるレオノフは中肉中背の男だ。漆黒の肌に秀でた額、丸みを帯びた鼻に厚い唇。曙の大地に君臨するようになった白い肌の西方人の基準からすれば美貌ではないが、しかしどこか目を逸らさせぬ均整を備えている。

2020-07-20 21:25:18
帽子男 @alkali_acid

レオノフは目下、新たな展示品を手入れ中だった。 暗い膚に尖り耳の、少女とまがうような少年ウィスト。切れ長の双眸に高い鼻、細いおとがいは、まるで伝説にある妖精を思わせる。 裸のまま腕を頭の上で組んで、脚を開いて立ち、男の指が肩や脇、腰や腹に触れるのにじっと耐えている。

2020-07-20 21:27:50
帽子男 @alkali_acid

「うむ…目覚ましい肉の付き方です…」 尻の厚みや頬の張りなどを確かめてから、生命美術館の主は展示品に話しかける。 「やはり妖精族?でしたか。速やかに傷を癒すというのはケログム博士の研究報告通りですね!ダリューテ女史もこのような回復を?」

2020-07-20 21:30:01
帽子男 @alkali_acid

ウィストは唇を結んだままじっとしている。レオノフは相手の二の腕をつまんで独り頷く。 「あと十日もすれば、完璧な円かさを得るでしょう。私の理想からすると男の子はもう少し直線の輪郭を持ているべきですが…よろしいウィスト君の装飾は…女の子風にしましょう」

2020-07-20 21:32:35
帽子男 @alkali_acid

「あの…」 髪を指で梳かれながら、妖精というには昏い気配をした男児は、男に向かって口を開く。 「なんでしょう?」 「…く、黒き獣を…はなして…も、もらえませんか…」 「ああそのことですか」

2020-07-20 21:34:21
帽子男 @alkali_acid

レオノフはいきなりウィストの頬を両手で挟んで笑いかける。 「申し訳ありません!検討してみたのですが!やはり一度瓶詰にした生命を解放する方法はありません!!」 「…っ!?」 「ええ…ないんですよ!!お恥ずかしながら!!でも安心なさいウィスト君!決して寂しい思いはさせません!」

2020-07-20 21:35:46
帽子男 @alkali_acid

男は、絶句したまま身を強張らせる少年の瞼を左右順々に開いて眼球に充血がないかを確かめると、無理やり顎を開かせ、舌を眺める。 「健康…健康…よろしい!いいですかウィスト君。生命には必ず最も美しい瞬間というものが存在します…蝶は醜くっ弱い幼虫時代を終え、蛹から出て翅を乾かしてすぐ」

2020-07-20 21:38:19
帽子男 @alkali_acid

「薔薇は咲き初め!朝露に濡れて蕾がほころびはじめたあの一瞬…群れ飛び…群れ咲き…幸せに見えます…ですが…やがて老いと衰えがやってくる…醜く汚らしく…みじめに…孤独な死を迎えるのです…おお…私自身はその運命を許容しましょう…しかし!この世界には!」

2020-07-20 21:39:55
帽子男 @alkali_acid

生命美術館主は展示品の背筋を指でなぞり、腰の付け根あたりで細い骨の形を確かめるようとんとんと叩いた。 「…失うにはあまりに美しいものが多すぎる…ああ…人間やその類縁は…そう…ダリューテ女史のような方ですら…育ちすぎてはいけない!!!!」

2020-07-20 21:41:48
帽子男 @alkali_acid

「人間の美の絶頂とはそう…まさにウィスト君。あなたの時期なのですよ…解りますか」 双眸を見開いたまま口もきけないでいる男児に、館主は間近で話しかけた。 「もっと解りやすく伝えるべきですか?」

2020-07-20 21:43:58
帽子男 @alkali_acid

「私はねえ。あなたみたいな可愛らしい男の子が醜い大人になるのが許せないんです!だからこの“遺物”で永遠に可憐なままにしてあげますねえ!収容したらずっと大事に管理してあげます…隅から隅まで…楽しみでなりません…」 「…そん…な…えっ…」 「まだ…まだです…あなたの肉付きはまだ足りない」

2020-07-20 21:44:40
帽子男 @alkali_acid

「…っ」 「あなたが拒食したり、逃亡を試みたり、そうしたことをすれば…残念ながら私は…貴人の子弟をしつけるのにそうするように、身代わりにせっかんをせねばなりません。そう…ブミをね…優しいウィスト君はそんなことしませんね?」 「…あの…ぇ…」 「しませんね?」 「ぁ…はい…」

2020-07-20 21:46:14
帽子男 @alkali_acid

レオノフはにっこりしてウィストを解放した。 「ではお疲れ様です。もう行って結構ですよ」 「は…ぇ…」

2020-07-20 21:47:20
帽子男 @alkali_acid

酒精と滅菌布で丁寧に手指を消毒しなおしている館主を置いて、ふらふらと展示品は保管庫へ下がった。 漆黒の肌の少女が、裸身のまま恥じ入るようすもなく、手を後ろに組んで立って待っている。 「ウィスト。ウィスト」 「はぇ」 「おやつ。おやつ」

2020-07-20 21:49:15
帽子男 @alkali_acid

ブミという名を持つ娘は、少年の手を引いて美術館の絨毯の上をぺたぺたと裸足で歩く。 保管庫、つまり居住区の奥には厨房がある。二人は入り口で身を清めると、相次いで踏み込んだ。 ウィストは清潔な前掛けをとってかけ、三角巾でしっかり髪を覆うと、調理台に立って働く。

2020-07-20 21:52:29
帽子男 @alkali_acid

少女は椅子に座って食卓に頬杖をつき、ちょこまかと動く少年のあらわな背中や尻を眺めている。 「ふわふわ。ふわふわ」 「はえ…はぇ」 できあがったのは、泡立てた凝乳(クリーム)を添えた煎薄餅(パンケーキ)に粉砂糖と果実の煮詰めを添えたもの。材料はすべて缶詰から。缶詰なら何でもある。

2020-07-20 21:55:42
帽子男 @alkali_acid

「あーん。あーん」 「はぇ…」 少年は前掛けと三角巾を畳んでから、小刀(ナイフ)と餐叉(フォーク)をとって、切り分け、口を開けた少女のもとへ運ぶ。 「おいしい。おいしい」 「はぇ…」 「ウィスト。ウィスト。魔法使い。魔法使い」 「ちがいま…え…ちがいます」

2020-07-20 21:57:55
帽子男 @alkali_acid

ブミはひとなつこい娘だった。意識してひとなつっこく振舞っているようでもあった。ウィストはどちらかといえば奥手なので、付き合いはぎくしゃくしたが、何とかやっていた。 「ウィスト。ウィスト。言葉。言葉。速い。速い」 「はぇ…何かちょっと…覚えるの…早くて…ミチビキボシのおかげかな…」

2020-07-20 21:59:58
帽子男 @alkali_acid

二人はすっかり意思疎通ができるようになった。少年が少女の言葉のほとんどを学んでしまったからだ。 慣れたようすで美術館の近代設備を使いこなし、片付けものや洗いものをする男児を、女童は興味深そうに見守る。 「たのしい?たのしい?」 「…え、ふつう…」

2020-07-20 22:02:13
帽子男 @alkali_acid

ブミは入浴の時も就寝の時も一緒にいたがった。男女の別を重んじる育ちのウィストははじめ固辞したが、向こうが一生懸命なので折れた。 少女は少年を洗い、少年は少女を洗って、手をつないで眠りについた。 「アレクサンドラ…」 そうして夢うつつに涙こぼす漆黒の娘を、浅黒の仔はじっと見つめた。

2020-07-20 22:05:15
帽子男 @alkali_acid

二人は、瓶詰になった少年少女の間で、手本を眺めながら色々とみるものを喜ばせる姿態をとる練習もした。 「ウィスト。ウィスト。うまい。うまい」 「…はぇ…」 「あれやって!あれやって!」 少年は何となく左右をうかがってから、人差し指と中指を開いて、片目の上にかざし、瞬きを一つする。

2020-07-20 22:07:13
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