生命美術館事件2(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

星が煌めくような一瞬があって、少女は歓声を上げて跳ねまわる。 「あっはっは!あっはっは!アレクサンドラ!アレクサンドラ!ねえ!ねえ!ウィスト!ウィスト!どきどき!どきどき!」 瓶詰の一つに抱き着いてはしゃぐ。

2020-07-20 22:08:30
帽子男 @alkali_acid

「アレクサンドラ…って…」 おずおずウィストが尋ねると、ブミは黒い頬を透明な瓶のおもてに寄せながら、中に収まった同じ年頃の白い少女に視線を向ける。 「アレクサンドラ。アレクサンドラ」 「…そのひと」 少年はくせで直視をしないよう眼差しを落としそうになったが、思い切って正面を見る。

2020-07-20 22:11:46
帽子男 @alkali_acid

「アレクサンドラさん」 「そう。そう」 「…瓶の中にいる」 「うん。うん」 「…瓶…」

2020-07-20 22:12:32
帽子男 @alkali_acid

ウィストがぶるっと震えた。ブミはすっ飛んできて手を握る。 「怖くない。怖くない」 「…え…えっと…はぇ…いぇ…はぇ」 「私も。私も。アレクサンドラの横。アレクサンドラの横。ウィストはその横。ウィストはその横」 「…はぇ…」 「淋しくない。淋しくない」

2020-07-20 22:14:19
帽子男 @alkali_acid

「はぇ…」 「……ウィスト。ウィスト。髪!髪!」 「あ、どうぞ…」 二人は瓶の中にアレクサンドラにまた来るよと挨拶をしてから保管庫に引き下がる。

2020-07-20 22:15:16
帽子男 @alkali_acid

ブミはウィストの髪を櫛で梳いたり、編んだり、結ったりするのを好んだ。そこまでうまくはなかったが。 「たのしい。たのしい」 「はぇ…」 「アレクサンドラもたのしそうだった」 「はぇ…あの…だったら、また…一緒に、髪…したら…」 「無理。無理」 「…で…でも…もしここ…出られたら…」

2020-07-20 22:17:47
帽子男 @alkali_acid

少女はじっと少年を覗き込んだ。 「出られても無理」 「え…」 「ウィスト。ウィスト。男。男。私。私。女。女」 「ぅえ…」 「外。外。女。女。男の妻。男の妻」 「……はぇ…」

2020-07-20 22:20:13
帽子男 @alkali_acid

ブミはウィストの膝に頭を預け、逆に髪を梳いてもらいながら話をした。 大平原の湖のほとりにある漁村の暮らしを。少女はある年頃になれば、母の手伝いをしながら、わんさかいる妹や弟の世話をし、やがて男の妻になる。 「終わり。終わり」

2020-07-20 22:21:50
帽子男 @alkali_acid

「はぇ…」 夫になる可能性のあった叔父は何か墜落死したけど。どうせ誰かあてがわれる。 「あ」 「何?何?」 「学問の都で…」 お返しにウィストは別の話をした。学問の都では、女の髪を結い、捻り、縮め、切り整える職人がいる。 「理髪師」 「へー。へー」

2020-07-20 22:24:54
帽子男 @alkali_acid

「こっちでは…」 「普通。普通。家で。家で」 「へぇ…」 ウィストは考え込んだ。渡瀬の街の東方人居留区では公衆浴場に床屋がいた。子供もそこで髪を切った。さすらいの民はあまり髪を切らないが、集まれば鋏上手がいた。

2020-07-20 22:32:44
帽子男 @alkali_acid

そんな話をよどみなくできるぐらいには言葉が解るようになっていた。 「面白。面白」 「はぇ」 「理髪師。理髪師。楽しそう。楽しそう」 「はぇ」 「アレクサンドラ。アレクサンドラ。好きそう。好きそう」

2020-07-20 22:38:10
帽子男 @alkali_acid

だが急にブミはむくれた。 「無理。無理」 「えっ…えっ」 「瓶詰。瓶詰」 「…はぇ…はぇ…」 「つまんない。つまんない」 「あ、あのう…」 「何。何」 「…そのう」

2020-07-20 22:40:25
帽子男 @alkali_acid

白い小さなからくりじかけの天馬が羽搏きながら飛んできて、闇色の肌をした少年の肩に止まった。 「なんとか…します…」 不意に美術館は鳴動した。

2020-07-20 22:42:01
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 大平原の湖にはさまざまな生業のものがいる。漁船はもちろん、湖を横切って貨物を運ぶ荷船や、それらを襲う湖賊。さらに湖賊を取り締まるために西方人の荘園主が雇い入れた傭兵とその武装船などだ。

2020-07-20 22:45:19
帽子男 @alkali_acid

武装船の中には、前装式の大砲を備えるものもあった。ずっと昔に三日月の帝国が海に浮かぶ軍艦に載せていた年代ものの兵器だが、この内陸の水郷では凶悪な存在だ。 血も涙もない湖賊も、傭兵の武装船が近づくと逃げ出す。もっとも傭兵の方が、雇われの身に飽きて湖賊に転じる場合もままあったが。

2020-07-20 22:49:37
帽子男 @alkali_acid

ともかく今、三十隻からなる湖賊船や武装船の艦隊が、生命美術館を囲み、砲撃をしかけていた。 一撃一撃には旧式砲とは思えない威力がある。 「兄弟よ。あまり砲弾にまとわせる火炎の魔法を使いすぎてはウィストが傷つくやもしれぬ」 「それは忍びない。あの麗しい髪の毛一筋傷めてはなるまい」

2020-07-20 22:51:42
帽子男 @alkali_acid

いちおうの旗艦ともいうべき大型の艀に乗り組んでいるのは、赤みがかりくすんだ肌を持つ尖り耳の公達二人。瓜二つの容姿を持ち、珍しく曇天だというのに、それぞれ日差しを遮る傘をさしている。 周囲でせっせと装弾作業をしているのは、かわいらしいお仕着せをまとった少女の人形だ。 「後二発程に」

2020-07-20 22:54:22
帽子男 @alkali_acid

端正だがどこか屍を思わせる面差しに鷹揚な表情を浮かべて、貴人の片割れがそう傀儡に指示する。 「そろそろではないかな」 「しかり」 もう一方が指を口に当てて笛のように鳴らすと、わらわらとすべての船から少女人形があらわれ、次々に水に飛び込む。屍妖精の双子も続く。

2020-07-20 22:56:27
帽子男 @alkali_acid

間一髪。頭上から樽爆弾が降り注ぎ、あっという間に合わせの湖上艦隊を撃沈していく。 「空飛ぶ船とは便利なものよ」 無傷で魚のように泳ぎ、頭を出した屍妖精の一方、アルミオンが、そばに浮かんできたもう一方。アルキシオに告げる。 「唯これで知れた。生命美術館の術は生者しか捉えられぬ」

2020-07-20 22:58:52
帽子男 @alkali_acid

なおも盲滅法に湖上に爆弾を降らせる飛行船の下から悠々と離れると、二人は抜き手を切って泳ぐ。 「しかし土地のものの船をだめにしてしまったのは気の毒ではある」 「形あるものいつかは滅す」 「しかり」 流水の呪文で驚くべき速度に達し、屍妖精は一気に美術館の壁面に迫った。

2020-07-20 23:03:06
帽子男 @alkali_acid

間近に辿り着くと、砲弾がぶつかって焦げ目のついた楽園の画を、若干申し訳なさそうに眺めてから、アルミオンはまた口笛を吹き、アルキシオは詠唱とともに細くしなやかな縄を宙に投げ上げる。 縄はまるで生きているかのようにうねりながら高みへのぼっていく。

2020-07-20 23:04:56
帽子男 @alkali_acid

壁の一番上まで達したところで、からくりじかけの小さな天馬があらわれ、一回転してたおやな乙女の似姿に変わると、縄をはしと掴んで、跳ねながら壁の向こうへとまた消えた。 しばらくしてアルキシオが縄を引くと、固定は済んでいる。 「お先に」 「譲ろう。兄弟よ」

2020-07-20 23:06:24
帽子男 @alkali_acid

アルミオンはうそぶいてまた口笛を鳴らす。 屍妖精の片割れは、傘を片手にするすると縄をのぼると、さらに多くの縄を招き寄せて、同じように放ち、反対側の端を固定しにかかる。

2020-07-20 23:09:04
帽子男 @alkali_acid

ようやくと見張りが二人気付き、駆け付けると、一人が長銃を撃とうとするが、アルキシオはどこからともなく取り出した拳銃に火を噴かせ、敵の武器を叩き落した。

2020-07-20 23:10:55
帽子男 @alkali_acid

「これは優雅さに欠ける」 「まったくだ」 アルミオンが壁を登り切り、相槌を打つ。あとからぞくぞくと縄を伝ってびしょ濡れの少女人形が上がってくる。 「キリキリキリ」 「カチカチカチ」 かわいらしい唇から魚を吐き出すものもいる。

2020-07-20 23:12:46
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