生命美術館事件2(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

アルミオンは寸前で立ち止まって、手の拘束をゆるめたが、間に合わなかった。 公達が拘束を解くと、男は四つん這いになってまた吐く。ひどいありさまだった。 「…くく…くく…だから言ったでしょう?」

2020-07-23 22:45:05
帽子男 @alkali_acid

館主は吐しゃ物から何かを掴み取り、振り返りざまに投げつけようとしたが、屍妖精はその手首を抑えた。 「くく…甘いな死体」 まるで指輪についた宝玉のように小さな瓶は、レオノフの指先の細かな操作一つで開き、目に見えぬ何かをあふれさせた。

2020-07-23 22:47:20
帽子男 @alkali_acid

ケロケル・ケログム博士の作り上げた人造精霊十七号は、活性状態になってからほんのわずかの間しか存在できないが、最も近くにある肉の器に強引に憑依すると、その能力を極限まで高める。

2020-07-23 22:49:21
帽子男 @alkali_acid

人造精霊の器となったレオノフは、アルミオンを突き飛ばし、巨大な瓶の底に叩きつけると、連打を浴びせた。 屍妖精は猛攻を受けながら態勢を立て直し、別人のような膂力と剽悍さを発揮する館主に拳を繰り出す。 双方はしばし互角に撃ち合ったが、やがて今度は人間の方が吹き飛んだ。

2020-07-23 22:52:19
帽子男 @alkali_acid

くすみ赤みがかった肌の貴人は、ただちに追撃を加えようとするが、その動きは途中で止まった。 すらりとした痩躯はすでに透明な檻に囚われている。 漆黒の男は床に転がりながら、ひきつった笑みを浮かべつつ、過たず掴み取った樹脂の道具をきつく握りしめていた。

2020-07-23 22:54:44
帽子男 @alkali_acid

「…醜い…なんと醜い…」 起き上がると、ふらつきながら、隠し部屋へと足を向ける。 「ウィスト…ああウィスト…私のウィスト…」

2020-07-23 22:57:28
帽子男 @alkali_acid

展示品たるべき男児は裸身のまま異形の瓶詰ひしめく室内に蹲っていた。周囲には硝子の破片が煌めいている。 「おお…危ない…いけませんよ…怪我でもしたら」 注意を呼び掛けたところで、相手の側に別の命がいるのが見て取れた。八本の長くしなやかな足を持つ優美な生きもの。黒蜘蛛。

2020-07-23 23:01:32
帽子男 @alkali_acid

少年と蜘蛛の一対は完璧な美を備え、生命美術館の主はそのまま一人と一匹をまとめて収容すべきだと直観したが、しかしあまりに従来好んできた作風と異なるため、ついためらった。 だが究極の作品をものせる瞬間は二度とは訪れない。 一人と一匹の輪郭は溶けあって一つとなった。

2020-07-23 23:03:47
帽子男 @alkali_acid

あとに立ち上がったのは、丈高くたわわな乳房とくびれた胴、円かな双臀を備えながら、雄の徴も帯びた姿だった。 「ふわーあ。よく寝たのじゃ」 レオノフは今度はためらわなかった。これまで遭遇したどんな遺物よりも危険と即座に理解したからだ。

2020-07-23 23:06:25
帽子男 @alkali_acid

生命美術の館主は力強く「簡単!万能瓶詰君」を作動させた。 いや作動させようとした。 したが、樹脂の道具を掴んだ利き腕の手首から先が落ちていた。

2020-07-23 23:07:35
帽子男 @alkali_acid

「なんじゃそなたは」 あるかなきかに細い糸を弾きながら、黒の繰り手はけだるげに問う。 「あ…あ?」 「なんじゃと聞いておるのじゃ。答えぬか」 「な…」 とっさに腕を圧迫して止血しながら、館主は凝然とする。

2020-07-23 23:09:07
帽子男 @alkali_acid

漆黒の男は血を流しながらも半狂乱になってまくしたてた。 「あ、あなたこそなんです!私の可愛らしいウィストを!生命の美の絶頂へあと一歩だったあの子をどこへやったのです!そんな男だか女だか解らない育ちすぎの…おぞましい!!!!!」 「何を言うておるのじゃ」

2020-07-23 23:10:59
帽子男 @alkali_acid

レオノフは一歩前へ進んで膝をつき、なおも熱に浮かされたように喋った。 「男の子や女の子は…第二の性徴を迎える前のあの一瞬が最も美しいのに!双方の最も醜い成長を宿したお前には!成体の資料としての収容価値もない!おお!!化け物!厭わしい化け物!」

2020-07-23 23:13:07
帽子男 @alkali_acid

むすっとした表情で黒の繰り手は応じた。 「気に入らぬ!おなごは熟(な)れた方が良いに決まっておるのじゃ。よってそなたは処す」 糸が再び虚空を幾筋も走る。

2020-07-23 23:14:13
帽子男 @alkali_acid

レオノフは急速に血を失いながら、やっと我に返った。 「ま、まて…よせ…私が死ねば…この美術館に収容したすべては永遠に…」 「何をごちゃごちゃいうておるのじゃ」 魔人が指を弾くと、美術館の一角は音もなく切り裂かれ、そのまま外側に向かって倒れていった。 「え…?」

2020-07-23 23:16:43
帽子男 @alkali_acid

鉄骨と凝土でできた近代建築をまるで乳酪(バター)でも切るように断ち切った糸に、漆黒の男はもはや状況を把握できなくなっていた。 暗い膚に尖り耳の美丈夫は形のよい鼻をうごめかすと、莞爾とした。 「石の油も蓄えてあるようじゃな。何よりじゃ」 館内のどこかで備蓄燃料槽が破裂し、

2020-07-23 23:19:29
帽子男 @alkali_acid

新たな石油から生命がかたちをなすと、湖に泳ぎ込んだ。 「泥竜(ナイロン)よ!こなたに糸を授けよ!!」 何対もの海鷂魚(エイ)に似た鰭を持つ透き通った蛇身が水しぶきとともに躍り上がり、鰭のひとつを編み物のようにほどいて糸を繰り出す。

2020-07-23 23:21:39
帽子男 @alkali_acid

黒の繰り手はそれを頭上で輝く糸玉に巻き取ると、四方八方に送り出した。 「…何だ…何を…何をしている…」 周囲で異形を収容した瓶が、中ほどからゆっくりとななめにずれて滑り落ち、床に転げる。 永遠の眠りについていたはずの魑魅魍魎が目覚め、動き出す。 「馬鹿な…私の…美術品が…!」

2020-07-23 23:24:02
帽子男 @alkali_acid

怪物の多くは当然のように腹を空かせており、まず肉付きのよい黒の繰り手に目をつけたが、視線を合わせた刹那、すぐに逸らして別の獲物を探しにいく。 複眼を瞬かせた女形の丈夫(ますらお)は、唇をぺろりと舐めて誘わしげなそぶりさえしたが、すべての化生は、古き闇を知らぬとも畏れはした。

2020-07-23 23:26:42
帽子男 @alkali_acid

「来るな…私はお前達の命を美しいままに…」 「命はほかの命を貪り食らうものじゃ。ととさまが言うておったによって間違いない」 「違う!ちが!」 レオノフはさほど苦しまなかった。一口か二口で平らげられた。 「うむ。元気なことじゃ。命が元気なのを見ると気分がよいのじゃ」

2020-07-23 23:30:08
帽子男 @alkali_acid

魔人はくったくなくうなずくと、泥竜の糸を弾いてより小さな瓶も切り開いた。 たちまち黒猫、黒犬、黒歌鳥、黒蝙蝠、黒海豹、黒長虫が自由になる。 「皆すっかり、かわいくなったのじゃ!ととさま!」 黒長虫はみるみる大きくなり、竜王の本性をあらわすと、鼻面を乙女のごとき青年に擦り付ける。

2020-07-23 23:32:34
帽子男 @alkali_acid

「ととさま!ととさま!おっきなととさまじゃ!」 黒の繰り手は恐れげもなく怪物の中の怪物に抱き着いてほおずりする。 「また父様を抱っこできるなんて夢のようじゃ!!」 「グルルルル」 「こなたはうまそうに決まっておるのじゃ!父様もかわいいのじゃ!」

2020-07-23 23:34:57
帽子男 @alkali_acid

「んー…クモ。おひさしぶり。さっそくやけど、おもろい匂いやら音やらさせとるおっきなおにーはん、おねーはん方紹介してくれへん?」 「なんじゃ。この海豹めは…ははあんミチビキボシじゃな!そなたの頼みは後回しじゃ」 「んなー!」 「べーじゃ」

2020-07-23 23:37:30
帽子男 @alkali_acid

左右非対称の翼を持つ蝙蝠が、魔人の肩に止まってかそけく鳴く。 すると黒の繰り手は、飛獣にいちいち頷いてから、異形の群に呼び掛ける。 「そなたら!!人間をあんまり沢山食べすぎてはならぬぞ!少なめにするのじゃ!ひとまず人間のおらぬ方にゆけ!よいな!」

2020-07-23 23:39:59
帽子男 @alkali_acid

魑魅魍魎は当然ながら話など通じないはずであったが、女形の青年が再び複眼を見開き、顎を耳まで裂かせて笑い、そばで黒鱗の竜王がとぐろを巻くと、まるで人の知恵があるあのように身を低くし、湖の中へそさくさと逃れていった。

2020-07-23 23:41:58
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