人参があるなら馬参や狼参そして竜参、神参もあるはず3(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

だが兎参はおとなしく土に植わってもしばらくするとまたもぞもぞして耳をばたつかせ、すぐ抜け出してくるのだ。 「おちつきのないやつばらめ!!」 少女は地団駄を踏むが、しかし上空からは新手の天参がなお人参を生やす光条を打ち込んでくるため、すべての力を地表に向けられはしない。

2020-08-07 19:11:36
帽子男 @alkali_acid

ただ天参にとって兎参はありがたい味方とも言えなかった。なぜなら天参がうっかり墜落すると、兎参は駆け寄ってきて齧り始めるのだ。 参界にあっては死の化身ともいえる長耳の獣を模した根菜は、率いる仙参にさえ御し難い獰猛さを備えているらしく、しばしば銀髭の古人参にも飢えを向ける程だ。

2020-08-07 19:14:34
帽子男 @alkali_acid

山参の麓で、三つ巴の戦いは一進一退のありさまとなった。 さて根菜同士の激闘を、離れて見守るものあり。 兎の着ぐるみをまとう中年と、糸目の少年。紅髪巨躯の乙女である。いずれも人間だ。

2020-08-07 19:16:15
帽子男 @alkali_acid

「魔参が勝つか…神参の配下が勝つか…あるいは仙参が…」 瀟洒な作りの、しかしきわめて性能に優れた手持ち望遠鏡を覗きながら、兎男は独り言ちる。 「一見すると魔参が劣勢だが…しかしやつめはどんどん戦法を変える…神参や仙参にはない工夫があるぞ…あれではいずれ…」

2020-08-07 19:18:38
帽子男 @alkali_acid

「拙にも覗かせてほしき」 かたわらでは少年がそう述べて腕を伸ばすが、中年は観察に夢中なようすだ。 「待て待ても…魔参が勝たば…天参や仙参の力は養分として吸い尽くされるだろう…神参も…そうなればもはや財団でさえやつを止められるかどうか」 「ならば囚われたウィストはいかなる!?」

2020-08-07 19:20:25
帽子男 @alkali_acid

黄の肌の男児ワン・ダングが飛びあがって叫ぶと、着ぐるみの中年は顔をしかめる。 「そうなる前に助け出すしかないが…しかし…財団から受け取った俺の切り札はウィストに取り上げられてしまった」 「むむ…これにてありしか?」 ダングは財団職員に一枚の札を抜いて示す。 「おお…それをどこで」

2020-08-07 19:23:06
帽子男 @alkali_acid

「玉兎の裘(かわごろも)とともに預かれり…」 「返してくれ。それは財団の備品であり、この参界での遺物収容に欠かせない」 「返すはあたわず」 「なぜだ。それがなければ魔参は…」 「財団は信のおけぬ輩。ワン氏とヒ氏を滅ぼせり」 「誤解だ…行き違いはあったが最後は協力関係を築いたのだ」

2020-08-07 19:25:14
帽子男 @alkali_acid

「嘘つけ!」 赤髪の乙女ヒ・ウンナが怒鳴りつける。 「俺を人質に母上や父上に言う事を聞かせたくせに!ワン氏が従った理由も解った!ダング様を人質にしたんだろ」 「いや両家は先祖代々の使命を重んじて、目的を同じくする財団と…」 「でたらめだ!」 拳を構えるウンナにダングがしがみつく。

2020-08-07 19:27:14
帽子男 @alkali_acid

「今は争ってはならぬなり」 「ダング様!」 「様は落ち着かぬ。夫婦となる身なれば、呼び捨てこそふさわしき」 「…でも…」 「拙も名のみで呼ばれたし」 「はい…ダング…」 「ウンナ!」

2020-08-07 19:28:37
帽子男 @alkali_acid

少年と巨女が手をとりあって見つめあうそばで、中年はまた望遠鏡を覗く。 「ほう…兎参を罠でとらえ始めたな…あれではどうにもなるまい…あとは香草と何か根菜を加えて煮込(シチュー)にすれば…ん?兎参はもともと根菜だから要らないか…」

2020-08-07 19:31:35
帽子男 @alkali_acid

なるほど暗黒の塔のすぐそばで、あわれ兎は煮込の材料にされかねないような運命にあった。いやすべて人参だが。 乙女は少年の細い双眸を覗き込んで訴える。 「…ダング。毛皮を下さい」 「ならぬ。ウィスト言うには、裘には古く強い呪いが宿りたり」 「…うん…聞いた…でも…やらなきゃ」

2020-08-07 19:33:46
帽子男 @alkali_acid

「…ウンナ…」 「ダングには絶対呪いがかからないようにする。俺だけで…終わらせる」 「…否!ウンナだけを兎にさせられぬ!」 「ダング…」

2020-08-07 19:35:20
帽子男 @alkali_acid

「魔参を今捨て置けば、人界と参界ともに危うし!囚われたウィストを…皆を救うためなれば、ヒ氏とワン氏ともに絶え果てようと構わぬ。ウンナ。拙は兎となりても慕う気持ち変わらず!おおいに人参を齧らん!」 「はい!」

2020-08-07 19:36:37
帽子男 @alkali_acid

ダングは兎男を振り返った。 「この財団の道具の使い方をば教え給え」 「…いやそれは禁則事項で…」 「ワン氏とヒ氏は財団と力を合わせしと聞きしばかりなり」

2020-08-07 20:04:00
帽子男 @alkali_acid

着ぐるみの中年と糸目の少年はじっと向かい合った。 やがて大人の方が肩を落とした。 「わかった。それは模造遺物。遺物をもとに作られたまがいものだ。だが効果はある。その札をかざし、相手の承認を得れば、持てる力を吸い取り、封じ込められる」 「相手の…承認を得る?」

2020-08-07 20:06:37
帽子男 @alkali_acid

「遺物番号八千五”もふもふ兎ぐるみ”。つまりお前達の家宝である玉兎の裘の力を封じるために開発されたんだ」 「これを使わば、裘の呪いを解ける?」 「実験もしていないが…ダング、お前が兎になったそちらの…ウンナにかざして、承認を得さえすれば遺物の力を吸収し、元通りにできるかも…しれない」

2020-08-07 20:11:30
帽子男 @alkali_acid

「ありがとう!」 「遺物の力を吸収した札は、できれば返却してほしいが…」 「ウンナ!兎になりても元に戻る術を得たり!ゆこう!」 「あの…」

2020-08-07 20:12:30
帽子男 @alkali_acid

乙女は身に巻き付けた布をはぎとると、逞しい裸身に赤い毛並みの兎の皮をかぶった。 たちまち太く長い四肢は形を変えて、飛び跳ねるのに適した形になり、凛々しくも麗しい面差しはどことなく憎めない獣のそれとなる。

2020-08-07 20:13:54
帽子男 @alkali_acid

「赤兎!」 少年が呼び掛けると、人参の天敵は長耳を伏せて許婚の前に伏せた。 「背をば借りん!」 ダングがふかふかの毛皮にしがみつくと、ウンナは勢いよく躍り上がり、虚空に弧を描いていかなる駿駒よりも速く駆け出した。

2020-08-07 20:15:43
帽子男 @alkali_acid

「馬のかわりに赤兎…さしずめ赤兎馬…というところか…」 余計なことを言った着ぐるみの中年はどかりと腰を下ろす。 「やれやれ収容違反ばかり…理事会に知られたら丁級に格下げだ…それはそうと」 望遠鏡をとってまた根菜の激闘に鏡玉(レンズ)を向ける。

2020-08-07 20:17:32
帽子男 @alkali_acid

「魔参…仙参…そして…神参…さらには赤兎…はたして参界を制するのは…」 財団職員はまた興奮を隠せぬようすで参界大戦の続きに眺め入った。

2020-08-07 20:19:05
帽子男 @alkali_acid

趨勢は兎男の読んだ通り、徐々に暗黒の人参塔に傾きつつあった。網状になった根が暴れる兎参の大半を宙づりにし、鋭い歯がかじって穴を開けるたびにすばやく別の網に包み直す。 光輪を背負った天参の多くは墜落して地面に植わり、あるいは兎参に齧られて動かなくなっている。

2020-08-07 20:20:57
帽子男 @alkali_acid

「ぐぐぐ…てこずらせおって!だがこれで儂の勝ち…ほほほほ!」 塔の屋上で、裸身に根をまつわりつかせた少女がのけぞって笑っていると、何ものかが階下から登ってくる気配がある。 「ほう…ここまでよくぞ辿り着いた…老いぼれ」

2020-08-07 20:22:53
帽子男 @alkali_acid

ウィスティエが向き直ると、燃える杖を掲げた白の翁が厳かな足取り、いや根取りで歩を進めてくる。 「儂が生かしてやった恩を忘れ。あくまで盾つくか」 仙参は杖を剣のように振るって挑みかかる。見よ。背には光輪が浮かび上がる。実は仙参こそは天参のうちでも最も知恵深く力あるものであった。

2020-08-07 20:25:03
帽子男 @alkali_acid

だが、ほかの天参のように神参の住む平穏な山参にとどまるのではなく、参界の隅々を巡り、禍を一早く察知し、立ち向かう孤独なつとめを果たしてきたのだった。 「玉兎を育て、人間どもに与えたのもそなた…参界に飽き足らぬ人参が人界にあふれ、かの地で神参を超える力を持たぬよう…実に小賢しい」

2020-08-07 20:28:31
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