人参があるなら馬参や狼参そして竜参、神参もあるはず4(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

人参男は、妖精のかたわらにうずくまる黒兎を一瞥した。 「なるほど…玉兎の裘(かわごろも)の呪いを身に受けたのだな…その姿になったものは…伝説の食材、人参…人参の中でも究極の存在、神参を食さなければもとに戻ることはない」 どこか別人のような口調で告げた後、首を振る。

2020-08-13 22:36:12
帽子男 @alkali_acid

「珍味猟師だった頃の癖は抜けぬな…だが神参を食すなど許されぬこと。早々に立ち去れ」 「神参はいずこにおわします」 「むろん明かせぬ」 「どうかお教え下さい」 「うかつに漏らした俺が愚かだった。忘れよ。そして立ち去れ」

2020-08-13 22:37:38
帽子男 @alkali_acid

妖精の乙女、いや妖精の騎士の瞳が眼鏡の奥できらりと輝いた。 「ならば私だけで探させていただきます」 「お前が人間であろうとなかろうと、これ以上参界に留まるのを認められん。去らねば天参が裁きを下すぞ」 「財団としては無用な争いを好みません。しかし」

2020-08-13 22:39:49
帽子男 @alkali_acid

ダリューテは慇懃な口調を保ったまま続ける。 「任務の妨害は実力で排除させていただきます」 声音にこもった響きに、着ぐるみ中年はぎくりとした。 「そうか…機動部隊…終端の騎士団の…一番新しい補充隊員…鏡の乗り手…」

2020-08-13 22:42:38
帽子男 @alkali_acid

「神参のもとまで案内していただけますか」 「…で、できる訳が…」 はるか天際の高峰から無数の光点が舞い上がり、みるみる近づいてくる。 「あれは?」 眼鏡の秘書がやんわりと尋ねると、人参男はうなるように答える。 「あれこそ天参。神参の使者。お前は裁きを逃れられぬぞ」

2020-08-13 22:45:43
帽子男 @alkali_acid

「ああ、ではあそこに神参がおわすのですね」 「な、何?何を考えている」 「ご協力感謝いたします。それでは失礼します」 云うやダリューテは素早くまたクレノニジとヒカリノカゼを両手にそれぞれ抱き取ると、短い詠唱とともに虚空に等身大の姿見を呼び出し、まるで扉であるかの如く歩み入った。

2020-08-13 22:48:03
帽子男 @alkali_acid

「ま、待て!」 鏡がほどけて消える寸前、兎男も追いすがり、同じく幻のような鏡をくぐり抜けた。 気付けばあたりは一面の銀世界に変わっている。 「…こ、ここは…山参(さんじん)のいただき…?」

2020-08-13 22:49:37
帽子男 @alkali_acid

瞬きするうちに三十里をも渡ったのだと悟った人参男は愕然とし、すたすたと雪の原を歩いてゆく乙女にあわてて駆け寄ろうとする。 「待て…!待たぬか!ここか神参の聖域…人界のものが犯すは…」 いちいち説くまでもなく、たちまちに光輪を背負った根菜の群が、視界を埋め尽くすように集まって寄る。

2020-08-13 22:59:24
帽子男 @alkali_acid

「天参よ。はらからよ。財団のものを傷つければ人界との戦は避け…」 土臭い匂いを発しながら警告する着ぐるみ中年をよそに、天参の大軍は、輝く光の矢をそれぞれの腕の如き根に持たせ、外敵めがけて一斉に狙いを定めた。

2020-08-13 23:01:37
帽子男 @alkali_acid

ダリューテはすばやく四方を眺め渡し、黒兎となったウィストに落ち着いた口調で話しかける。 「だいじょうぶです。あなたが悲しむことはいたしません…一株か二株は残しておきます…滅びないように」 続いて上妖精の言葉で誦句を口遊むや、左右に灼熱の火柱がそれぞれ迸った。

2020-08-13 23:03:50
帽子男 @alkali_acid

火柱の一方は金、一方は銀に輝き、ぐんぐんと高く伸びて宙で枝分かれすると、それぞれ焔を葉のかたちにして燃え茂らせ、天参の放つ光を霞ませるほどの眩い輝きを発した。 もし参界の高峰を仰ぎみるものあらば、いただきに二つの木、あるいは二つの灯が忽然と生えたかの如くに思えただろう。

2020-08-13 23:06:25
帽子男 @alkali_acid

大気を波打たせる焦熱の波動に、天参の次々に生きた葉を萎れさせ、乾かせ、光輪を陰らせると、たまらずに輪を広げて遠巻きにした。 しかし離れれば離れた分だけ、燃える二つの木の灯は枝を伸ばし、いつしか天全体をおおって、逃げ場もなく焔の檻を組み上げていた。

2020-08-13 23:09:02
帽子男 @alkali_acid

「まずあなた方のうち二割を火にくべます。それから神参のおわすところについてお尋ねします」 妖精の騎士は淡々と述べた。 「これは至福の地の魔法名人ディダーサが編んだ術の一つ。逃れようとするもの、打ちかかろうとするものを先んじて呑み込みます」

2020-08-13 23:12:04
帽子男 @alkali_acid

小刻みに震えていた黒兎が前脚で乙女の胸にしがみつき、激しく耳を打たせた。 「二割では滅びません」 いかにも温厚そうな口ぶりでダリューテはクレノニジに言い聞かせるが、連れは納得してはいないようだった。 「…一割ずつでは時間が…」

2020-08-13 23:17:02
帽子男 @alkali_acid

言いさして吐息をこぼしてから、ダリューテは歌うようにまた何かを唱えると、金と銀の焔の木はまた縮み、小さくなって、跡形もなく消えた。 「考えが変わりました」 天参の群はしかしもう近づこうとはしなかった。

2020-08-13 23:19:29
帽子男 @alkali_acid

人参男はしめやかに失禁し、着ぐるみの股を濡らしていたが、ふと周囲の雪がほとんど溶けていないのに気付いた。 「目くらましか!奇術だな!本当にあんな大きな炎が間近で上がったらお前とて無事では済むまい」

2020-08-13 23:21:34
帽子男 @alkali_acid

尖り耳の乙女は一瞥を返したのみで答えなかった。 しかし着ぐるみの中年の気を挫くには十分だった。 「いや…試すつもりはない…決して…」

2020-08-13 23:24:44
帽子男 @alkali_acid

参界を統べる種族はおよそ人間とかけ離れた思考を持っていたが、今ばかりは異土より渡ってきた白き禍に戦慄し、強い恐怖と呼んでよい感情に打ちひしがれていた。 「お許し下さい。神参に拝謁をたまわりたいと焦るばかりに、大変な無作法をいたしました」 眼鏡に緊身裙の婦人はしおらしく謝る。

2020-08-13 23:29:28
帽子男 @alkali_acid

「軽率のふるまい。幾重にも詫びます」 かたわらに立つ着ぐるみ中年は、おののきつつ、人参の声なき声に耳を傾け、ややあって苦い口ぶりで返事をした。 「神参のもとへ…案内する」 「感謝いたします」 「…俺ではない…山参がな」

2020-08-13 23:35:30
帽子男 @alkali_acid

たちまち大地が鳴動し、高峰の後背には巨大な光輪が浮かび上がる。 天子の国と生薬の半島の境界にあたる深山幽谷の奥にある盆地に根を張り、参界を参界として成り立たしめてきた生きた山、山参はついに目覚めた。

2020-08-13 23:38:08
帽子男 @alkali_acid

岩盤の奥深くまで入り込んで地下水や鉱物を吸い上げていた根は一本また一本と引き抜かれ、代わりに盆地のそこかしこに盤踞する人参、馬参、狼参、雉参、虎参、巨参に小参まで、歩く根菜をもっと小さな根が捕え、次々と山参の上へと運ぶ。

2020-08-13 23:41:14
帽子男 @alkali_acid

長年に渡り地形そのものと一つになってきた史上最大の根菜は、とうとう空高く飛翔し、同胞を残らず連れて旅だった。 東へ。はるか大洋を超えて。 海産の列島、あるいは黄金の国と呼ばれる異郷へと。

2020-08-13 23:46:40
帽子男 @alkali_acid

さて「ウィストの狭の大地あっちこっち」シリーズ、 次回は「では神参はずっと…温泉に…?ふやけないのですか?」 乞うご期待

2020-08-13 23:51:50

次回の話

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