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でぶが裏返った悲鳴を上げて遠ざかる。 「あ…ごめんなさい」 同じく後退る少年に、青年は説く。 「ペドは…決めたんだな…クレノニジちゃんのことは白銀侍女としてずっと推し続けるって…け、結婚とかも…もう…申し込まないんだな…その覚悟を…揺らがせないでほしいんだな…」
2020-08-22 16:49:32「はぇ…ごめんなさい…」 「いいんだな…ヘムタエのために、捨てなければいけないものなんだな。あ、そうだ。全然関係ないけどこの地方の闇の幼女愛好家が何人か行方不明になってるんだな」 「こわ…」
2020-08-22 16:55:05「クレノニジちゃんが探してる"木の園丁の庭"とつながりがあるかはわからないけど、昔から時々行方不明事件は起きるらしいんだな」 「こわ…」 「クレノニジちゃんさえよければもっと深く調べてみるんだな」 「え…いや…いいで…ぅ…はい…お願いします…」
2020-08-22 16:57:46頭巾の魔人と、屍の公達、魁偉な傀儡師とは飛行船の中で謀議を終えると、手掛かりになりそうな幼女愛好家失踪事件を追うこととした。 いなくなったもののうち最初に素性が解ったのは、この地方有数の大都市に住む富裕な公証人だった。当主のいない屋敷は、ひっそり静まり返っていた。
2020-08-22 17:05:38「闇の幼女愛好家はふつう、お互いの素性をめったに明かさないんだな。でもあそこの家のひとは前にペドの娘達の悪口を直接手紙で送って来たことあるのを思い出したんだな」 「はぇ…」 「古典西方語で書いてあったけど文法は間違いだらけだったんだな」
2020-08-22 17:09:40ウィストはしばらく考えて、ペドに告げた。 「あの…やっぱり…ちょっとやめておき…」 だが言い終える前に黒猫が塀を垂直に駆け登り、屋敷に入るのを視界の隅に捉える。 「…カミツキ!だ…だめ…」 「猫ちゃんはがんばりやさんなんだな」 「………うう…」
2020-08-22 17:17:08ウィストはしばらく屋敷の塀のそばをうろうろしていたが、いつまでたってもカミツキが出てこないので、溜息をつくと、裏手に回った。長衣の袖を撫でて呟くと、いでたちは色合いと輪郭を変え、さすらいの民の物売りのようになる。 番人が気付いてうさんくさそうに近づいてくる。 「…うせろ暗肌」
2020-08-22 17:21:47「か、飼っている猫が中に入ってしまって」 「ここはお前のような乞食が来るところじゃない」 「猫を見つけたら乱暴にしないでもらえないでしょ…うか」 番人は用心棒を構え直すと、ものも言わずに少年を打ち据えようとした。
2020-08-22 17:23:58だが振り上げた得物は半ばで断たれ、地面に転がった。 ぎょっとする男に、ウィストは慌てて袖を覗き込み、黒蜘蛛が極細の糸を紡いでいるのを認める。 「クモ!だめ…」 「こいつ!何をした!」 「おじゃましました…」
2020-08-22 17:25:56急いで遠ざかると、角を曲がってまた長衣を闇色に戻し、影に溶け込む。 「…だめだ。やっぱりペドロフスコさんにお願いして…」 考え込んでいると笛のような響きが聞こえる。人間の耳には捉えられないが、妖精の耳には伝わる音だ。 源へと走ってゆくと、ペドが歯を食いしばって音を鳴らしていた。
2020-08-22 17:29:18「クレノニジちゃん。一人で行ったら危ないんだな」 「…ごめんなさい」 「猫ちゃんはペドが…」 話し合いも半ばのうちに、少年ははっとして肥満漢の腕をとらえ、そばへ引き込むと、長衣を翻してかぶせかけた。闇色の裾はまるで生きもののように広がって巨躯をすっぽりと覆う。
2020-08-22 17:34:45「くくくくクレノニジちゃん?」 華奢なウィストの体に顔を押し付けるかたちになったペドは裏返った声を出す。 「…け、結婚して…赤ちゃんを産んでくれるんだな?だ、だめなんだな!それは…それはヘムタエではないんだな…でも…でも…」 「しっ」
2020-08-22 17:35:54棍棒や縄を持った男の群がぞろぞろと曲がり角の向こうからあらわれ、ぞろぞろと道に広がって歩いていく。 口元には布を巻き、肩には翼を広げた猛禽をかたどっているらしい粗雑な紋章を縫いつけている。 「ワシ印…」 「西方諸国ならどこにでもいるんだな」
2020-08-22 17:38:26黒の乗り手の脳裏に、燃え上がる馬車の家と、銃弾に倒れた養父の姿が蘇る。もう随分前に起きたのに、昨日のように思い出せる。 震え出す少年の手の甲で、黒蜘蛛が跳ねて小さな弾みを伝える。 「…あり…がと…クモ」 「クレノニジちゃん。あいつらが嫌なんだな?ペドが全員始末してくるんだな」
2020-08-22 17:43:34長衣の中で身を丸めたまま、配慮が足りなかったことを詫びるように述べる傀儡師に、男児は首を横へ振った。 「だめ…」 「手足の首の骨とか折って動けなくするだけだからすぐななんだな」 「やめ…て…」 「…解ったんだな」
2020-08-22 17:45:21ウィストは広がった外套を縮めてペドを解き放ち、石壁に背を持たせて呼吸を整える。 「…あの…人たち…どこから」 「?そういえばそうなんだな。たまたま通りがかったんだな?」 「…ううん…違う…きっと…」
2020-08-22 17:47:08ワシ印の一団は、どうも先程の公証人の屋敷の中から出てきたようだった。 頭巾の仔がおずおずと指摘すると、太った男は素っ頓狂な声を上げる。 「思い出したんだな!あそこの家のひとが、文句を言ってきたのはペドの万国美幼女集だったんだな」 「はぇ…」
2020-08-22 17:50:29「断っておくと美幼女はペドがつけたんじゃないんだな。すべての幼女はもちろん美しいんだな…でも仲介人がつけろって」 「はぇ…」 「万国美幼女集はペドが闇の幼女愛好家連絡網の取引目録にのせたやつでは最人気なんだな。東西南北、各地の幼女をもとにそれぞれの伝統衣装を着せた娘を作ったんだな」
2020-08-22 17:53:31「はぇ…」 「そのために世界中の闇の幼女愛好家に各地の幼女の顔写真や衣装、土地で親しまれている人形の見本も送ってもらって、学問の都の繊維の府からも資料を取り寄せて…。でも子供に着せる服について網羅した書物はあまりなくて苦労したんだな…」
2020-08-22 17:56:29「はぇ…はぇ…」 「そしたら!あの家のひとは、東方人の幼女をかたどった娘をけなす手紙送ってきたんだな!意味が解らないんだな。幼女に貴賤がある訳ないんだな。西方人の幼女の人形だけ作れとか頭おかしいんだな。向こうにこだわりがあるのは勝手だけどこっちに文句をつける筋合いじゃないんだな」
2020-08-22 17:59:04「肌が明るかろうと、暗かろうと幼女は尊いんだな!はぁはぁ…でも…やっぱり今は黒曜石みたいなクレノニジちゃんのお肌がそばに…く、クレノニジちゃ…」 肥満漢が急にすわった眼付きでぼってりした指をうごめかし、華奢な少年に近づくと、黒蜘蛛が間にふわりと浮かんで、虚空に素早く巣を張った。
2020-08-22 18:02:26「うう…クモ師匠…ごめんなんだな…ペドは…ペドは…またクレノニジちゃんを…ヘムタエを忘れるところだったんだな…」 「…?あのう…はぇ…」
2020-08-22 18:04:01ウィストは落ち込むペドに今度は触らないようにしながら、聞いた話を吟味する。 「じゃあ…あの家のひとは…ワシ印…風鷲党…」 「あ、そうなんだな。多分そういうことなんだな」 「…どうしよう…カミツキが…カミツキが…」 「風鷲党も猫ちゃんは襲わないんだな」 「ぎゃ、逆…カミツキが…」
2020-08-22 18:09:02小柄な黒の乗り手は、東方人居留区があった渡瀬の街で、黒猫がいかにふるまったかを思い出していた。 破れ耳に千切れ尻尾のカミツキは何にでも喧嘩を売るが、とりわけ風鷲党のような輩には敵意を剥き出しにするのだ。
2020-08-22 18:11:20「確かに猫ちゃんに引っかかれたら、心が狭いやつは怒っていじめたりするかもしれないんだな」 「…え…えっと…あの…」 脂汗をだらだらとかいた男児は、しばらく口を閉じたり開いたりしてから、咳ばらいをした。 「…ふ、ふ、ふ…」 「ふ?」 「不法侵入を…し、します!」
2020-08-22 18:13:09