女神の庭の殺人ゲーム1(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手と妖精の騎士はまた別れ、それぞれの道を往く。 天を舞う黒龍が、暗い膚に尖り耳の少年を連れに来た。角の間に座って、風まく雲上の青空を渡り、飛行船に乗り込むと、眷属たる禽獣の群と合流する。 一時は友の住処に立ち寄り、再会を喜んだあと旅路を続ける。

2020-08-22 15:27:07
帽子男 @alkali_acid

船の中では、黒猫、黒犬、黒歌鳥、黒蝙蝠、黒海豹、黒竜、黒蜘蛛がそれぞれ闇の仔に古の知と技を伝授する。 武芸、医療、音楽、工芸、航海、料理、裁縫。 ウィストは砂が水を吸うように学んだことを身に着けてゆく。

2020-08-22 15:30:53
帽子男 @alkali_acid

いつのまにか背は少し伸びただろうか。 日頃は頭巾に隠れた縹緻はますます妖精の血が濃くあらわれ、なお別の人ならざる種族の特徴も浮かんで、性の別も齢も定かならぬ麗しさをにじみ出させる。

2020-08-22 15:33:42
帽子男 @alkali_acid

ウィストは、いくつかの贈り物を受け取った。 まず深夜の如く冥々たる長衣。頭巾と外套が一体になっていて、すっぽりと全身を隠すが、不思議と暑い陽射しのもとでは涼しく、冷たい月光のもとでは温かい。 同じく烏羽色をした靴や手袋、胴着や洋袴も。それぞれ羽よりも軽く、身動きを妨げない。

2020-08-22 15:38:05
帽子男 @alkali_acid

剣も一振り。 細身でよくしない、針のように鋭い切先を持つ。 諸国の学生が集う学問の都で、若人が技を競う剣術試合に用いられるのと同じ。 金属ではなく、黒鉛や金剛石と同じ炭素が主な素材になっている。

2020-08-22 15:39:54
帽子男 @alkali_acid

それぞれ針と糸の技に長けた蜘蛛と、鎚と鋏の技に長けた蝙蝠とが拵えた。 細剣は華奢に見えていかなる鎧の隙間をも貫き、目立たぬ外套の内側は外側より広くさまざまな品を隠せた。

2020-08-22 15:43:11
帽子男 @alkali_acid

黒衣をまとった少年は、世界の北西に帰還すると、夢で告げられた場所を求めて空から大地に降り立った。 眷属の一匹であり魔法の師匠でもある黒犬から教わった通り、かがんで四つ足をつくような恰好になり、土の匂いを嗅ぐようにして常人には気づかぬ痕跡をたどり、目指すもの、指輪の行方を探る。

2020-08-22 15:46:41
帽子男 @alkali_acid

立ち上がると、足元にとうの黒犬がすり寄って、護衛のように侍る。 頭巾の上で黒歌鳥が輪を描き、左肩には左右非対称の翼を持つ蝙蝠が止まり、まるで外套の一部になったかのようにじっと動かなくなる。少し離れて先を黒海豹が俊敏に這い、頭巾の内側には小さく縮んだ竜がとぐろを巻く。

2020-08-22 15:50:41
帽子男 @alkali_acid

袖には黒蜘蛛が隠れて複眼を宝石のように煌めかせる。 どこか見えないとろで黒猫が足音も立てずに歩く。

2020-08-22 15:51:41
帽子男 @alkali_acid

ウィストは進み始めた。妖精だけにできる軽やかで素早い、独特の歩き方で。 のこぎり草の生える野を突っ切り、みみずくの眠たげに鳴く木立を抜け、遠い昔に荒れ野の国と呼ばれた一帯を密やかに探索した。

2020-08-22 15:54:24
帽子男 @alkali_acid

たいていの場合は影に隠れ、こそりとも音をさせず、鳥も獣も驚かせぬようふるまった。 どれだけ用心深い狐も、臆病な野鼠も、黒の乗り手がすぐそばを通ってゆくのに気付きさえしなかった。

2020-08-22 15:58:31
帽子男 @alkali_acid

まして村々や町々では、夜更けに家々の影から影へ伝ってゆく魔人など、誰の眼にも耳にもとらえられなかった。 せいぜい、遅くまで開けている酒場で、酔いに任せて埒もない噂を喋ていた客が、ふと訳もない不安に駆られ、しらふに戻ったように口を噤むことがある程度だ。

2020-08-22 16:05:02
帽子男 @alkali_acid

「どうした」 「妙さ。墓の上を誰かが横切ったみたいな気分だ」 「まだ戦争も始まってないのに。不吉なこと言うなよ」 「どうか銃弾がよけていきますように。乾杯」 「乾杯」

2020-08-22 16:08:46
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手はあたりを調べ終えると、再び飛行船に戻った。 半ば死んだ双子の貴人や、少女をかたどった人形の群を連れた傀儡師も、それぞれ地上から帰ってくる。 「クレノニジちゃん。お疲れ様なんだな」 傀儡師が薄気味の悪い笑顔を浮かべて告げると、黒猫が牙を剥いて飛びかかろうとする。

2020-08-22 16:13:33
帽子男 @alkali_acid

クレノニジと呼ばれた頭巾の少年は、慌てず小さな獣を抱き竦めて凶行を防ぐと、長い睫を伏せて応じる。 「ありがとう。ペドロフスコさん」

2020-08-22 16:15:32
帽子男 @alkali_acid

しばらくもがいていた猫がおとなしくなると、そっと犬に引き渡す。犬はなだめるように猫を舐めて毛づくろいを始める。 次に尖り耳にくすんで赤みがかった肌をした瓜二つの公達が進み出ると、それぞれ順番に少年の手をとって甲に口づけしてから、後ろに退く。

2020-08-22 16:17:28
帽子男 @alkali_acid

「クレノニジ。我等は闇に紛れて幾つかの街に入り込んだ」 「いずこでも人々は日々の暮らしを送りながら、見えない何かに怯え、あるいは昂っているようだった」 「戦の気配を感じ取っているようだ」 「あちこちで東の民と国をあしざまに言う声を耳にした」

2020-08-22 16:23:11
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手は神妙に頷いた。 「気をつけます」 「ぺ、ペドは白銀后親衛隊の支部と、闇の幼女愛好家連絡網に接触してきたんだな」 続いて太り肉の青年が報告する。 「親衛隊はあざらし祭りのときの白銀侍女の話題で大盛り上がりなんだな。クレノニジちゃんの肖像写真は各地で拝まれてるんだな!」

2020-08-22 16:27:28
帽子男 @alkali_acid

「はえ…」 「闇の幼女愛好家連絡網は…何か…溝を感じたんだな…ペドが…熟(な)れた女のひともある意味で幼女って言ったら、悲しそうな目で見られたんだな…」 「は…はえ…」 「ペドも熟れた女のひとすべてが幼女だって言いたかったんじゃないんだな。でもダリューテさんとかは幼女味(み)が」

2020-08-22 16:29:32
帽子男 @alkali_acid

早口で喋る傀儡師を、黒い禽獣の群が一斉に凝視する。 されるがままに犬に舐められていた猫はまたすっと立ち上がると、身をたわめて狩りの姿勢に入った。 「ヘムタエの道を究めんとするものとして言わせてもらえれば、幼女は年齢や性別ではなく属性ってことなんだな」

2020-08-22 16:31:58
帽子男 @alkali_acid

「生きた人間だけでなく人形にも…いやきっと岩や木や…風のそよぎ、木漏れ日のきらめき…森羅万象に幼女属性はあるんだな…でも一律ではなく濃淡があって…高度に集積、結晶化しているのがクレノニジちゃんでありダリューテさんだと思うんだな!ペドはそのことを伝えたかっただけなのに…」

2020-08-22 16:35:10
帽子男 @alkali_acid

黒犬と黒猫が毛を逆立て、死そのものが形をとったような不吉を孕んだが、黒の乗り手の袖からするりと抜け出した黒蜘蛛が、糸を吐いて宙を渡り、肥満漢の腹に張り付くと、するすると三重顎までのぼって短く刈り揃えた頭まで上がり、額のあたりから横向きにくるくると何度も回った。 「クモ師匠…」

2020-08-22 16:37:51
帽子男 @alkali_acid

「ほわー…よぉ解らんけど…今のペドはむちゃええ匂いのええ男やわー。クモも褒めとる」 黒海豹が、掃除の行き届いた飛行船の床に寝転がって、鰭で腹を打ちながらのんびり解説する。 「せやけど女のひとの話もうええんちゃう?」

2020-08-22 16:39:43
帽子男 @alkali_acid

穏やかに、しかし力強くどうでもいいという気持ちを伝えてくる海獣に、肥満漢はおとなしく従った。 「闇の幼女愛好家連絡網も、戦争が始まってヒトやモノの行き来が難しくなるのを心配してたんだな。三日月の帝国と双頭の鷲の帝国、戦斧の共和国、それに一角獣と獅子の連合王国を巻き込んで」

2020-08-22 16:43:12
帽子男 @alkali_acid

「近々大きな戦争があるんじゃないかって…そんな話をしてたんだな…ペドは戦争はあんまり好きじゃないんだな。人形やお洋服の材料も手に入りづらくなりそうだし」 「はぇ…はぇ…」 しょんぼりするペドに、ウィストはおずおずと手を伸ばし、大きな肩にそっと触れようとする。 「いけないんだな!」

2020-08-22 16:48:02
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