人面羊
元八幡の山中で人面羊がとれた。そのまま生け捕りにされて新沼で見世物になっていたのを見に行った。確かに人面、無髪の細面に陰険な目がはまっていて顔の大きさは成人くらい、全体に色素が薄い。首はあるのかないのかわからなかった。なぜなら巨大な羊の体躯があるからだった。 #ありもしないはなし
2020-05-13 21:35:12こちらは異様に大きい。山中を駆けずり回っていたとしてもあまりにも肥大した羊毛の塊が檻の半分ほどを占めていた。土まみれの毛を洗うとうすら青いのだという。何でえと羊が言った。声帯はあるようだった。人をなめ腐った若造の声だ。
2020-05-13 21:39:03羊はひとしきり現状への不満を述べた後、こうもしているのは俺が予言をするからだろうと言った。なるほど言われてみれば予言中に似ていなくもなかったが、なんとなく面白くなかったので無視を決め込んでいた。ほかの見物も似たりよったりだったが、なんとなく相槌を打ってやる人間がいたので羊が喋る。
2020-05-13 21:42:33どうやら予言が気になるらしかった。それを知って羊がなめたような口ぶりで喋る。なかなか予言を言わない。それでも忍耐強く相槌を打つ。言わねえよと羊が柵から離れて横になり、一生言わないと再度ふざけた調子で言った。そうかと人間の方は柵を離れる。しばらくして空の米袋を持って戻ってきた。
2020-05-13 21:48:09この獣は碌なことを言いそうにないから殺そうと言う。どうやら羊の所有者らしかった。羊ははじめ笑っていたが、人間が斧と袋を持って柵を乗り越えてはじめて慌て始めて聞きたくないのかよ予言、死んだら言わねえぞとうろうろし始めた。隅に追いやる。
2020-05-13 21:52:51いよいよ羊は血の気の引いた顔で、ならばお前らは全員死ぬと叫ぶ。知っているよ、と斧を持ったまま人間が言ってやはり大したことは言わなかったなと袋を羊の頭にかぶせた。そのまま斧を振るう。首が袋の中に落とされて静かになった。バリカンがいるなと誰かが言った。
2020-05-13 21:56:03羊は毛と肉に解体されて、肉はどこかに運ばれていった。たぶん食肉になったのだろう。毛の方は洗われて毛糸になったがどこかの倉庫で眠っている。袋の中の頭は丁寧に水分を抜かれたあと、珍しいものだからと森坂の金持ちに売られていったそうである。
2020-05-13 21:58:49喰い欠け稲荷
喰い欠け稲荷というのは元八幡トンネルの南西にある小社で、周囲は塚になっている。昔この稲荷が長者の娘に懸想をかけた。長者の娘は呪われてしまって、食い物をひとかけしか食べられない。 #ありもしないはなし
2020-05-13 22:12:55柿を食えば柿一口、米を食えば米一口、確かに喉を通るのだがそれ以上はだめだった。糞の味がするのだという。しかし腹は常のごとく減る。大事な一人娘だったから長者は様々手を尽くしたが、食いかけの食べ物だけが積まれていった。
2020-05-13 22:15:44長者の身代はこれによって潰え、食いかけの食べ物の山にうずもれて娘も死んだ。祟りを恐れた周囲がこの社を勧請したのが良かったのか悪かったのかわからない。こんな話があるせいで、立ち寄る人はあまりいない。
2020-05-13 22:17:54紙の礫
盆に帰る家の裏山に防空壕があって、夏によく肝試しをした。砂利がぬかるんで蚊が涌く中を、蝋燭と蚊取りをもって奥にまで行く。終点には木の格子がはめてあって、奥まで行った証左に紙の礫を格子の向こうに放って帰ってくる。礫はいつも祖父が用意していた。 #ありもしないはなし
2020-05-25 23:30:23親戚一同でそれをやる。礫だけ放って帰ってくればいいから、小さい子供などは随分手前の方で放って帰ってきていた。肝試しの翌朝、祖父は丹念にそれを拾って眺めていたりする。
2020-05-25 23:33:45その祖父も足腰が立たなくなってきたので自然と肝試しも終わりになった。それでも夏に帰ると、祖父は枕の側に礫を一山用意している。それを裏山へ放りに行くのが見舞客の習いになっているらしかった。防空壕の道にもそれが落ちていた。
2020-05-25 23:38:46礫を一山格子の向こうに放って引き返すときに、背中に当たるものがあった。紙の礫が落ちていたので拾う。道々に落ちていたものも拾って丹念に広げる。いつも祖父がそうしていた。なにやら文字が書いてあるようだったがとんと読めない。そういえば祖父の礫も読んだことは無い。
2020-05-25 23:46:10紙の束は祖父の枕元に置いてきた。祖父が読んだのかは知らない。戻ったときにも横になって、薄く目を開けていたが寝ていたのかもしれない。返事は無かった。ただ、いつか読むのだろうし読んだのだろうと思った。
2020-05-25 23:49:10続・風の神の屋敷(20.5.28金満家購入、20.8.26虫が湧く)
風の神の屋敷跡が森坂から来た金満家に買われた。買い戻す予定だった風の神の一族は、離散したままどこかを彷徨っている。元八幡の山の近くに墓所と社だけあって、細長い墓標が恨めしそうに元の家のあとを眺めている。 #ありもしないはなし
2020-05-28 20:50:10金満家に買われてからというもの、屋敷跡では鳥も虫も鳴くのをやめた。地表を長虫が這い回っているが、やはり同じくらいよく腹を天に晒して息絶えている。悪いものが来たなというのが総評だった。相手が森坂の人間だからなおさら質が悪い。
2020-05-28 20:54:29街道の行き着く先が森坂で、験者や拝みが行き着く先が森坂だった。半可なまじないでは却ってやられてしまう。よそ者だから追い出せという簡単な話ではなかったが、田舎には田舎なりの道理というものがあるらしかった。
2020-05-28 21:01:02マジで風の神の一族が買い戻せなかったのかが判らん。事故物件とは言えないが、心的瑕疵あり物件だし、そこんとこ不動産屋は詳しいから逆に特約つけなかったのところを森坂のやつに狙われたのか。しかも間に一人入った直後だし、うわー……
2020-05-28 21:10:48絶対誤用の方の確信犯だろ。曰く物件札束で叩くの、普通だったら相当アレなんだけどこれ叩いた方が相当……出が森坂だし、嫌な方に転がる予感しかないや。どうするわけでもないし、どうできるわけでも無いけど。
2020-05-28 21:19:46最近の風の神の屋敷の動向を聞く。家主の金満家は引きこもりっぱなしで、家の中からなんか大漁に虫が湧いているらしい。家主は死んではいないそうだが。 #ありもしないはなし
2020-08-26 20:55:23