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最後に時の支配者は帰還した。黒金の安置所へ。冥皇が築いた要塞の中へ。 かたわらには幼馴染の灰がある。風信子石の指輪を拾って、握りしめると、意を決して回廊へ進む。 鏡の女王が向こう側から進んでくる。側に遺物鑑定士を犬の如く四つ這いにさせて。覇気は以前と変わりがない。
2020-09-26 21:08:59妖精の君主の荒々しい美貌が獲物を見つけた狐の如き笑みを浮かべる。 時の支配者は膝から崩れ落ちそうになった。 だがすぐに狩衣の乙女は困惑の面持ちになり、やがて身を前後に揺すった。まるで過去から押し寄せてきた幾重もの波が現在を打ち据えたかのように。
2020-09-26 21:13:00「神よ…お会いしとうございました」 跪き、はいつくばって足先に口づける。隣に伴った裸の人間と変わらぬ格好で。 「よくぞ来た。我が奴隷よ。その身を…」
2020-09-26 21:14:22冥皇の安置所が鳴動する。 時の支配者と鏡の女王は双方ともに、離れていても解るほどの霊気の渦が無数に近づいてくるのを感じ取った。 「神よ…力あるものが…四つ…いえ五つ…近づいて参ります」
2020-09-26 21:16:30時の支配者はよろめいた。 ようやく目の前の脅威を手懐けたというのに。さらに五つ。同じ繰り返しには耐えきれそうもなかった。 「力ある…もの…」 「二つは竜…猛り狂う熱…ほかは解りませぬ…だが竜がほかの力あるものと共に動くなどめったにないこと…」 「私は…もう…」
2020-09-26 21:19:17鏡の女王は許しを得て身を起すと、楽しげに嗤った。 「あるいは…どれもが妖精の奴隷ならばあり得るやも。かつて竜を馴らした妖精がいるとは聞きませぬが、我が弟はいずれ玩具にすると豪語しておりました…面白い…」 「妖精…ダリューテ…」 「久しく妖精とは戦をしておりませぬ。どのような女か…」
2020-09-26 21:21:40「ま、待て!君も妖精。ど、同族ではないか」 「同族ほど荒々しき狩りにふさわしき獲物がありましょうか。お許しをいただければただちに供物として首を捧げましょうぞ」 「な、ならぬ…やめたまえ。ダリューテは無傷で、そ、そう生け捕りにせよ」
2020-09-26 21:24:02鏡の女王は一瞬双眸に不満の光を帯びたが、すぐにまた跪くと、服従の意を示した。 「では…生かしたまま供物といたしましょう。我が神」 「うむ…そうし給え…いや」 時の支配者が迷ううちに、言質を得た妖精は砦から打って出る。
2020-09-26 21:26:50ただし去り際に、新たに得たばかりの奴隷の女の髪をくしゃくしゃにして告げおく。 「朕が荒々しき狩りに出る間、我が神によくお仕えせよ」 遺物鑑定士モックモウは陶然として頷いた。もう離別を強いられた夫のことなど心の片隅にも残っていないかのようだった。
2020-09-26 21:28:28さて「影の国年代記」シリーズ 次回は「明日は北北西の風。雨のち晴。ところにより黒の乗り手が降るであろう。幸運の色は、黒」 乞うご期待。
2020-09-26 21:36:00