ライトノベル作家・扇智史のつぶやき短編「溶暗のキャラメルマキアート」

第44静止画効果 twitterノベルまとめ http://onlygizmo.blog82.fc2.com/blog-entry-157.html
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バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

にしても、二度と会わないような別れ方して、よくおめおめとこの辺に顔出せたもんだ。それとも、あたしが大学に入って、ここらに通ってることが想定外だったんだろうか。馬鹿にされたような、笑われたような、複雑な気分。あいつ、チカちゃんにいらんこと喋ってないだろうな……

2011-07-18 20:57:16
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

駅までぶらぶらと歩き、そのまま帰る気にもなれなくて、喫茶店で一休み。落ち着くためにはコーヒーがいちばんだけど、今日でもう三杯目なので目先を変えてカフェラテにした。マスターが、あたしの顔色をちらりと見て、小さく微笑んだ。これは運がいい。

2011-07-18 20:58:18
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

少し待って、出てきたカップには猫のラテアートが浮いていた。ここのマスターの腕は相当なもので、機嫌がよければすごい精度のものを仕上げてくれる。今日は会心の出来のようで、マスターもカウンタの向こうで満足げだ。ピッチャーと針だけで描いたとは思えない、丸い猫の微笑み。

2011-07-18 20:59:25
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

あんまり出来がよすぎて、手をつけ難い。おだやかなチルアウト系のBGMが波紋を起こすことさえはばかられ、そっとカップを両手で包んで見つめていると、ふいに、目の前に気配。それだけで、かすかに猫の表情も乱れる。「相席、いい?」

2011-07-18 21:00:21
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

予定調和など起こるわけがないと知っているから、あたしは肩をすくめて顔を上げた。そこにいたのは、見知った顔だ。「瀬尾さんなら、いつでも」「助かる。どうも、一人で茶をするのは苦手でね」「なら誰か連れてくればいいのに」「偶然出会うのに意味があるんだよ」

2011-07-18 21:01:20
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

いちいち気取った仕草と言葉遣いで、腰を下ろす。あたしよりずっと上背がある彼女は、いつも飴色の瞳であたしをほんのり見下ろし気味だ。その瀬尾さんの前に、ウェイトレスさんが差し出したのは、甘そうなキャラメルマキアート。

2011-07-18 21:02:13
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ここで出るのは本場の様式で、スタバの奴とはちょっと作りが違うらしい。マキアートとは”染みをつける”って意味で、エスプレッソの表面に白い泡を落としたものを言う――と教えてくれたのも瀬尾さんである。ここに来ると、彼女はいつもそれを頼んでいる。

2011-07-18 21:03:08
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「飲まないの? 冷めるよ」「うん……」「確かにそのアートはいい出来だけど、永遠にはとっておけないよ、冷凍庫の氷じゃないんだから」瀬尾さんは、細い眉をかすかに吊り上げる。「君、そういう所あるよね。砂のお城でも、必死で波から守ろうとするような」

2011-07-18 21:04:13
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「そうかな……そうかもね」つぶやきながら、あたしはようやっと猫の額にスプーンを突き立てて、くるくるとかき混ぜる。一口飲めば、とろりとした甘い苦みが舌にじんわりとしみてくる。アートも絶品だが、味もいい。ほんと、地方の駅ナカにはもったいない店だ。

2011-07-18 21:05:16
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「講義、どうしたの? いつもは真面目に出てるのに」「んー」五限は好きな授業だったので外したくはなかったが、今日はやむを得ない。「ノートはとってあるから、貸せるよ」「持つべきものは友達だね、感謝感謝」微笑んで、「今日はちょっと急用でね」「ふん?」

2011-07-18 21:06:06
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

興味津々の瀬尾さんをかわすように、ラテをもう一口。「……ちょっと、チカちゃんに呼び出されてさ」「ふむ。恋愛関係かな?」「そんなとこ」「同性愛はややこしかったと思うが、うまく解決したのかな」「まあ一応」同性愛がどうとかって問題じゃなかったけど……

2011-07-18 21:07:05
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

って、え?「知ってたの?」「ああ、栗山の彼女のこと?」うなずく瀬尾さん。ううむ、これあたしだけ知らなかったっていうパターンか? いじめ?「たまたま見かけただけだよ」あたしの心を読んだようなフォロー。

2011-07-18 21:07:48
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「一緒に駅前通りを歩いてた。同性にしてはずいぶんベタベタしてたから、ちょっと普通じゃないな、と思ったんだが。本当にそういう関係だったのか?」「何だ、かまかけ? 意地悪」そんな風に駅前歩いてたなら、あたしが見かけてもおかしくなかったけどなあ。ま、そんなもんか。

2011-07-18 21:08:53
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ちょっとごたごたしたけど、片付いた。別れるんじゃないかな」というか、もう一度会うかさえわからない。「おや、ずいぶん踏み込んだね」「決着はついてたようなものだったから、あたしは背中を押しただけ」「実に君らしいね、棒のように突くだけ」

2011-07-18 21:10:07
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「棒だって、曲がってないみたいに見えても衝撃を受けてるんだよ、簡単な力学」瀬尾さんが、微妙に目を見開く。あたしはスプーンの先をカップの底に押しつけながら、ゆらゆら左右に揺する。粉々になったラテの水面に、波が立つ。瀬尾さんはまばたきして、

2011-07-18 21:11:11
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「何か、辛いことでもあったの?」「瀬尾さんが親身になるなんて珍しいじゃない」高所から箴言を垂れるだけの世捨て人は、まともに他人と向き合うのに案外弱い。そういう類の人間を、あたしは他にも知っている。「でもあいにく、瀬尾さんに人生相談するほどせっぱ詰まってないの」

2011-07-18 21:12:11
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「それがいい」瀬尾さんは、微笑みながらもほんのり残念そうにカップをかたむける。細い二の腕が、弱い間接照明でほの白く染まっている。手を伸ばしかけたのを、止める。「何?」瀬尾さんが首をかしげ、「そういや、瀬尾さんって恋愛話聞かないね」あたしはコースターの縁を指でなぞる。

2011-07-18 21:13:06
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「……私のことはいいじゃないの」「いいけど」「君ね……」唇をとがらす瀬尾さんに微笑みだけ返し、あたしは椅子にもたれる。ま、これ以上踏み込むのは、あたしのガラじゃない。瀬尾さんが本気であたしを手すりだと思うなら、また自分から手を伸ばしてくるだろう。

2011-07-18 21:14:06
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

そのまま、黙って二人でカップを空にして帰ることも出来た。けど、手元に残るミルクの猫の残骸を見下ろしているうち、いたずら心が沸いた。店内の音楽は、冬のような透明なピアノソロに移り変わっている。窓の外は黄昏れて、建物の輪郭も不分明だ。

2011-07-18 21:15:05
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ね」あたしの問いかけに、瀬尾さんは小首をかしげる。彼女が、どう答えてくれるか。それが、マキアートみたいに溶けて崩れたあたしの伽藍を建て直すための、最初の支えになる。出来上がるのがたとえ、不均衡で不格好な紛い物であっても、あたしはそれを再建しなくちゃいけない。

2011-07-18 21:16:05
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

だから、金槌で殴るみたいに、あたしは瀬尾さんに訊ねた。「あたしが昔、眼鏡かけてたって、想像できる?」

2011-07-18 21:16:34
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

**つぶやき短編「溶暗のキャラメルマキアート」ここまで**

2011-07-18 21:16:52
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