鳥籠の騎士 #1 廃都の東郭

鴉が主食!鳥籠の騎士の冒険譚。 感想用ハッシュタグ #鳥籠の騎士 告知用ハッシュタグ #鳥籠の騎士更新
5
帽子男 @alkali_acid

鳥籠(とりかご)の騎士の話をしよう。 霧けぶる廃都の東郭の見張り塔の外壁には、数えきれないほどの鳥籠がぶらさがっている。 籠といっても太い鋼鉄の格子を組んだ檻のようなもので、大きさは丁度人間が中にひとり収まるほどだ。 当然ながら人間が中にひとり収めてある。どの籠も。どの籠も。

2020-12-13 16:23:08
帽子男 @alkali_acid

だったら鳥籠ではなく人籠といった方が正確だが、ちゃんと鳥もやってくる。籠の中に入った人を貪り食うために、鴉(からす)が。 鎖に吊るされて塔からぶらさがるあまたの籠は、鴉の餌場なのだ。

2020-12-13 16:25:02
帽子男 @alkali_acid

生きている人はついばみにくい。鴉は死んだものから順に骸を食らう。やがて骨だけになっても、籠をおろし、墓に葬るものはいない。逆に新たな籠を吊るすものもいない。 従って時とともに鳥の餌は減り続け、いっときは黒雲のように見張り塔を取り巻いていた翼の群も徐々に散り去っていった。

2020-12-13 16:28:22
帽子男 @alkali_acid

もっともまだ一つの籠は、鴉がただ飯を試しにやってくることがある。 騎士の籠だ。騎士はもうどれぐらいそこにいるのか。格子の中でじっと羽搏きの音が近づくのを待っていた。たいてい朽ち果てたようにぐったりと。 そうして不注意な腐肉喰らいが近づきすぎ、うっかり籠の中に首を入れようものなら、

2020-12-13 16:31:38
帽子男 @alkali_acid

しなびた腕を伸ばし、首を掴んでひとひねりし、そのまま羽毛もものかは逆にかじりつき、血を啜り、臓腑を啜り食らうのだ。 見張り塔にぶらさがった籠にはもう少しまともな騎士も納められていたはずだが、まだ息をしているいるのはこの意地汚い男だけだった。

2020-12-13 16:34:40
帽子男 @alkali_acid

鴉が徐々に凶暴な人間を餌として狙うのを避けるようになると、今度は巧みにしゃがれた鳴きまねでもって警戒を解かせ、おびきよせようとするのだった。 狡賢い鳥よりさらに狡賢いのがこの鳥籠の騎士だった。

2020-12-13 16:37:30
帽子男 @alkali_acid

男は痩せ衰えた裸身にぼうぼうに伸びた髪と髭という格好のまま、両眼をぎらぎらさせて、ただ新鮮な血と肉を欲して鉄の格子の中で夜とも昼ともつかぬ薄明の続く東郭の空をにらみ、一本たりとも欠けていない黄色い歯をむきだしてはかちかちと打ち鳴らした。寒さのせいか飢えのせいか。

2020-12-13 16:40:52
帽子男 @alkali_acid

しばらくした口を開けて舌を突き出す。廃都の霧は水気を含まず、ただ乾いていくばかり。それでも騎士は何かを感じ取ろうとするようにひびわれた唇に大きな輪を作らせる。 「あー…はぁ」 笑み皺が目元に生じる。 空気をかきまぜる羽の気配が、遠くからかすかに伝わってくる。一羽ではない。

2020-12-13 16:44:33
帽子男 @alkali_acid

久しぶりの大漁かもしれない。 騎士はにたりにたりとしながら、嬉しさに格子を掴む手に力を込めた。びっしりと刻印に覆われた鉄棒はかすかに光と熱を帯びてがさがさの肌を焼こうとするが、意にも介さない。

2020-12-13 16:46:08
帽子男 @alkali_acid

だが髭もじゃの面つきに不意に戸惑いの色が浮かぶ。かすかに焦げ臭い掌を格子からはがし、耳にあてると確かめるように何かに聞き入る。 「ぉぉ…ぉおおおお!!ガァ!!ガァア!!」 動揺のあまり鴉そっくりに鳴き始めると、やがて霧の向こうから慌てふためいた合唱が和す。初め小さくやがて大きく。

2020-12-13 16:49:43
帽子男 @alkali_acid

黒い翼の群が狂ったような速さでわめきながら、鳥籠の横を次々にかすめすぎていく。 騎士はとっさに格子の間から腕を伸ばして捕まえようとして果たせず、やがて籠の異変を察した。はるか頭上へと消える吊るし鎖が小刻みに震え、全体が振動している。 「ガァアア!ガァアア!」

2020-12-13 16:51:58
帽子男 @alkali_acid

男ががしゃがれ声で鳴いている間に、烈風が乾いた霧をおしのけ、かなたに碧空を一瞬覗かせ、見張り塔にぶらさがる無数の籠をまるで振り子のように揺らす。 虚空を打ち叩くふたひらの紅蓮。皮膜の翼が気流に渦を起こしながら、冷たく静かに凪いでいた東郭の上空に禍々しく熱い小さな嵐を起こしている。

2020-12-13 16:55:24
帽子男 @alkali_acid

ごうと灼熱の息吹が白と赤の混じりあった槍のように宙を迸り、必死に逃げる鴉の群を次々に焼き落とした。 瞬時に白い灰となった黒い群の中から、小さくまばゆく輝く何かがまっすぐにはるか下方の暗がりへ堕ちていく。

2020-12-13 16:58:09
帽子男 @alkali_acid

憤怒の咆哮が響き渡り、紅玉の鱗に覆われた巨躯が動きを止めた一瞬、爛々と輝く双眸が、籠にしがみつく騎士を捉え、しかし何ほどの関心も持たず、瞬膜を閉ざす。 生ける焔の塊は、そのまま急降下のため体勢を変えた。重さの釣り合いをとるため輝き燃える尾が跳ね上がって躍る。

2020-12-13 17:05:15
帽子男 @alkali_acid

太く長く先のとがった筋肉の鞭が無造作にあたりを薙ぎ払い、ついでに何の遠慮もなくあまたの鳥籠を叩き落とした。吊り鎖という吊り鎖は、表面に青く煌めく刻印を浮かばせ、破壊に抗おうとして耐えきれず、鉄の輪を粉々に弾けさせ飛び散ったが、直撃を受けなかった籠は形を保ったまま闇に呑まれていく。

2020-12-13 17:09:03
帽子男 @alkali_acid

騎士の籠もまた熟れ過ぎた実が落ちるように落ちた。 「ガァアア!ガアア!」 籠は皮膜の翼の起すつむじ風に煽られて、見張り塔の壁面にぶつかり、跳ね返ってまた別の籠と衝突しながら、外壁を取り巻く螺旋階段に叩きつけられ、そのまま転がり出した。 「ガアアアア!!」

2020-12-13 17:11:05
帽子男 @alkali_acid

男はなおも鴉そっくりに鳴いたが、やがて舌を噛まぬよう口を閉じた。鳥籠はきざはしにぶつかっては跳ね、また転がり、欄干のない階段の縁から落下しそうになるのを、体を外壁側に移してどうにかやりすごす。

2020-12-13 17:13:10
帽子男 @alkali_acid

ぐるぐると螺旋階段を巡り下りた鳥籠は、やがて途中でまた別の、ひしゃげた鳥籠にあたって止まった。 格子の中に収まった騎士はしばらくぜいぜいと息をしたまま、籠にしがみついていたが、やっと瞼を開けて周囲をながめやった。 「ガアアア…グワ…グワ…ぎひ」

2020-12-13 17:15:12
帽子男 @alkali_acid

見間違いではなかった。籠の一面が開いている。鍵が外れているのだ。 震える指で端をつかんで、ゆっくりと上半身を引き出す。 外だ。 籠の外だ。下半身も後へ続かせる。 「グワ!グワッグワ!グワワ!」 叫びながら、ざらつく石のきざはしを這い回り、やがて立ち方を思い出したように起き上がる。

2020-12-13 17:19:40
帽子男 @alkali_acid

ふんばりがきかずすぐ尻餅をつく。だが何度か試すうちに二本の足で身を支えられるようになる。 「ア゙ー!ア゙ー!ア゙ォー」 鳴いてから、自分の籠を振り返り、ついでひしゃげたもう一つの籠を見つめる。先程宙で躍った鱗の尾から直撃を受けたのだろう。中の骸骨もばらばらになっている。

2020-12-13 17:23:34
帽子男 @alkali_acid

手を近づけても、もはやひしゃげた籠の方は格子の刻印が微光さえ発しない。 首をねじ向け、今度は自分の籠に腕を伸ばすと、かすかに肌がちくちくとして、格子を覆った青い文字が閃きを発する。 騎士は少し考え、ちぎれた吊り鎖を掴んで引き寄せ、籠を背負った。肩甲骨の間に痛みがあるが堪える。

2020-12-13 17:26:07
帽子男 @alkali_acid

そのまま鳥籠を担いだ騎士は螺旋階段を降り始めた。 「グワ…グワ…ア"ォー…グワ」 しばらく進んでから、耳を澄ませ、急いで何段かを駆け下りる。いきなり真後ろに籠がひとつ落ちて、後を追うように転がってきた。 あわてて走りながらきざはしを降り、外壁にくぼんだかしょがあるのを見つけ入る。

2020-12-13 17:29:22
帽子男 @alkali_acid

後続の鳥籠はそのまま螺旋階段の縁を越えて下方の闇へと消えていった。 「グワ…」 またくぼみから出て、自分の鳥籠を背負い直し、先へと進む。 二十段ほど降りたところで、今度はすでに先に落ちていたらしい鳥籠にでくわす。一面が開いて、中は空だった。

2020-12-13 17:31:59
帽子男 @alkali_acid

「グワ…グワ…」 騎士が目をこらし、耳を澄ますと、鳥籠よりさらに向こうに、何か動くものがある。骸骨。だが両の瞳に緑の燐が灯っている。 獣じみた軽やかさで、鳥籠を飛び越えると、騎士につかみかかって来た。 「ア゙ー!」

2020-12-13 17:34:40
帽子男 @alkali_acid

威嚇の叫びをあげながら、男は背負った籠につながる鎖の根本近くを掴み、思い切り振りかぶった。 巨大な鉄格子の檻は勢いよく空を凪ぎ、命なき敵にぶつかると青い刻印を輝かせて跳ね飛ばした。

2020-12-13 17:36:22
1 ・・ 6 次へ