「ジョン・ダウランド『歌曲集第2巻』」考

Smart Accompanist上で、2020年12月第1週に公開された、ダウランドの歌曲集第2巻の3曲についての、補足説明のツイートをまとめました。
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

資料分布の観点からは、器楽版の成立が先という意見が優勢。私も長らくその立場でしたが、最近逆にシフト気味・・それはあまりに「Flow my teares」の歌詞がこの旋律にぴったりだからです。強いて、最も歌曲の世界観に近いと思うリュート用の版を選んで演奏したのが、こちら。youtube.com/watch?v=XO8PTm…

2020-12-12 09:00:39
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

どうやらあの世で実際にダウランドに聞くしかなさそうですが、ただ一つ確かに言えることがあります。それは当時の器楽曲において主流だった、ゆっくりとした2拍子、かつ三部形式(AA'BB'CC')の「パヴァン」の枠組みを、ダウランドが初めて歌曲に導入したのが「Flow my teares」だったということです!

2020-12-12 09:09:39
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

つまり仮に歌曲が器楽版より先にできたとしても、作曲の際に器楽的な思考が介在していることこそが重要なのです。事実ダウランドは、これ以降同じ試みを二度と行いませんでした。「Flow my teares」の当時の人気ぶりは、こうした「アヴァンギャルドさ」にあったのではないかと、最近とみに思うのです。

2020-12-12 09:31:13
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

歌曲集第2巻で「Flow my teares」を発表してから5年後、正真正銘の器楽曲としてダウランドは「ラクリメ、または7つの涙」を編みました。傑作として名高い7つパヴァンは、全て「Flow my teares」から生み出されています。元の歌曲に最も忠実な第1曲には「Lachrimae Antiquae」の題がついています。 pic.twitter.com/kLTxE2fLb2

2020-12-13 08:09:12
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

7曲目のパヴァンは「Lachrimae Verae」と記され、何を隠そう、全てのダウランドの器楽曲の中で私が最も好きな曲。真実の涙のモティーフは、「ラ→ミ」ではなく、その反対の「ミ→ラ」で始まります。ここにも、ラテン語のタイトルとの関連で、何かしらの意味が隠されているに違いありません。 pic.twitter.com/3nzLUI8i9c

2020-12-13 08:19:25
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

ダウランドの存命中から夥しく作られた、器楽用編曲のタイトルは、歌曲の歌い出しの「Flow my teares」ではなく、「Lachrimae(またはLachrime)」のタイトルを前面に出しているものばかりです。中でもメルヒオール・シルトの鍵盤用編曲は特に凝った作りで、とてもお勧めです!youtube.com/watch?v=WRIXin…

2020-12-14 06:28:18
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

またしても私の弾いている映像で恐縮ですが、リュートの速弾きが際立つイングリッシュ・コンソートの編成による「ラクリメ」は、特に早い時期に成立したアレンジとして見逃せません。このリュートパートが、原曲では内声パートなのも、ある意味で斬新。演奏は9:50からです。youtube.com/watch?v=xZwtoe…

2020-12-14 06:35:26
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

さて、話題がややそれたので、歌曲「Flow my teares」の分析に戻ります。以前の説明の通り、全体はそれぞれが繰り返しを持つ3つ部分からなります。最初のセクションでは涙の下降モティーフ(ラ→ミ)が主体になるのに比べ、次の中間部は上行音型が顕著。音楽的にも、やや前向きな印象を与えます。 pic.twitter.com/PydoZ45ozp

2020-12-14 06:50:43
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

そして最終セクションのみ、同じ音楽を繰り返すのに歌詞は1つ。またバス声部が、出だしの部分で長い音を繰り返して、引き延ばして歌うのも印象的です。これを「悲しみが留まる」ことの修辞的な表現だと解せないでしょうか。つまりは歌曲集第2巻の次の曲、「Sorrow sorrow stay」のタイトルそのもの! pic.twitter.com/nL6u8RAOS1

2020-12-14 07:10:20
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

あくまで自分の推測に過ぎません。でも「I saw my Lady weepe」が「Flow my teares」を導き、さらに「Flow my teares」から「Sorrow sorrow stay」が生まれたかの如く見えるように、ダウランドが仕向けたように思えてくるのです。この3曲をチクルス(連作)と捉えることに、今は確信を持っています。

2020-12-14 08:43:29

第三曲「Sorrow sorrow stay」の分析。

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

そして3曲目の「Sorrow sorrow stay」の出だしの譜面はこちら。前曲「Flow my teares」と同く下降音型で始まるものの、こちらはより滑らかな印象です。最初の短いフレーズの後、リュートの後奏が挿入されるのが、第1曲「I saw my Lady weepe」が、リュートの前奏を持つのとは好対照をなしています。 pic.twitter.com/Cqfv8cURpU

2020-12-16 08:04:11
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

「Sorrow sorrow stay」の持つダウランドの創作上の重要度は、もしかすると以前の2曲以上かもしれません。実は彼はここではじめて、繰り返し付きの有節歌曲でなく、歌詞に音楽を一対一対応させる通作形式の歌曲を発表したのです!こうして旋律に自由度が増しました。このpityの歌い方は、その真骨頂。 pic.twitter.com/0dRGApsbNw

2020-12-16 08:12:11
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

この曲は後ろに行くほど「音で絵を描いている」という表現がぴったり。downの語を重ねつつ下降音型で進み、riseの語が来ると上行音型に転じるのは、考えようによってはごくありふれたものですが、それがダウランドの手にかかると、比類ない効果を生みます。この箇所に魅せられた人たちも多いはず。 pic.twitter.com/5NWK3yiNPX

2020-12-16 08:16:43
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↑(訂正)×rise 〇 arise でした!

坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

「Flow my teares」の圧倒的人気には及ばなかったものの、この曲には確かに、通好みといえる要素がありました。事実、歌詞や旋律を少しだけ変えて、4声のガンバ・コンソートの伴奏付きに編曲された例が残されています。若き日のエマ・カークビーの歌声でどうぞ。 youtube.com/watch?v=-PvawC…

2020-12-16 08:30:15
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坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

ダウランドは「Sorrow sorrow stay」以降、通作歌曲の創作にさらに取り組み、10年後に出版された「In darkness let me dwell」のような、後期の傑作群に結実します。その意味でも、私は「Sorrow sorrow stay」を弾くたびに、これは彼にとってのターニングポイントになった曲だとの思いを強く抱きます!

2020-12-16 08:38:36
坂本龍右 Ryosuke Sakamoto @contra2nd

以上で #SA に提供させていただいた、ダウランドの歌曲集第2巻から最初の3曲についての解説を終わります。各曲の歌詞の分析は、既に多くの方がされていますので、今回は音楽的な見地からの分析を中心にしてみました。どうぞみなさんも、思い思いにダウランドの歌曲の世界にどっぷり浸ってみて下さい!

2020-12-16 08:47:02