2011年7月25日

展覧会と鑑賞者のリテラシー、企画者の責任

@qualquelle さんのツイートをまとめました
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qual quelle @qualquelle

QT @agneau_kasumi: この人に限らず、多くの人は「展覧会」を見ていない。個々の展示品を見て、それが自分の感性にフィットするかどうかだけを見ている。展覧会という総体(Corps)で見るという発想がないのだ。…

2011-07-23 18:11:29
qual quelle @qualquelle

QT @agneau_kasumi: 展覧会というものは、誰かが編集した文脈にそって成り立っているのであって、漠然と名品を並べてるんじゃないんだよー、というリテラシーが共有されていない。 …ミュージアムの側がこれまで製造責任というか企画者という存在を隠し続けてきたせいもあるかも…

2011-07-23 18:12:35
qual quelle @qualquelle

RT @agneau_kasumi: 公立だと、個人の名前を出して仕事するべきではない、という公の原則が強いけど、私は展覧会も製造責任として、企画者の名前を出すべきだと思うし、ひいては「展覧会」自体を見る鑑賞者を育てる必要があるとヒシヒシと感じる。

2011-07-23 18:12:52
qual quelle @qualquelle

堂々たる @agneau_kasumi さんの正論である。展覧会では、作品を見るのではなく、作品と作品の「あいだ」を見るべきなのだ。文字通り、作品と作品の間隔の広・狭にさえも、意味がこめられている場合もある。

2011-07-23 18:13:40
qual quelle @qualquelle

なるほど、多くの善男善女にとって、展覧会とは「漠然と名品を並べてる」ものであろう。それは、京や伊勢への物見遊山にも、江戸や明治の見世物にも、あるいは美僧が人気を集めた絵解き説法にも、何らかの系譜上のつながりを持つような、我が国伝統の楽しい娯楽なのだ。

2011-07-23 18:13:59
qual quelle @qualquelle

しかし、問題を御見物の未成熟(前近代性)に帰する見方には、幾重にか注意が必要だろう。@agneau_kasumi さんの言うようなリテラシーをしっかり持ち合わせた来館者が僅かでもいるとして、その期待に存分に応える展覧会が、今この国でどれだけ開かれているだろうか。

2011-07-23 18:14:32
qual quelle @qualquelle

当の学芸員にしても、この「リテラシー」を持たず、何の事だか理解さえ出来ない、残念な手合いが多いに違いない。「○○を描いた名作を集めました」「○○ゆかりの名品を集めました」の事だと思ったら大間違いだから念の為。テーマやモティーフと、コンセプトやコンテキストとは違うのだ。

2011-07-23 18:15:02
qual quelle @qualquelle

特に、国立博物館で開かれるブロックバスターで、「展覧会という総体(Corps)」が人を唸らせる展覧会など見た事がない。

2011-07-23 18:15:30
qual quelle @qualquelle

仏像の背中を見せるだの、屏風を曲げずに展示だの、作者同定の大盤振る舞いだの、国宝・重要文化財98.9%だの、ブロックバスターの売りは個別作品に属するものの「総計」(amount)でしかないのである。その時点でつまらない。

2011-07-23 18:16:16
qual quelle @qualquelle

ブロックバスターのつまらなさを、勧進元(マスコミ大手)の興業主義にばかり由来すると見るなら、間違っているように思う。そもそも、日本美術史という学問(むしろ「芸能」ではないかと思う事もあるが)自体、美術とその歴史の「総体」を問う視点に乏しいのではないか。

2011-07-23 18:16:52
qual quelle @qualquelle

美術館が「製造責任というか企画者という存在を隠し続けてきた」のは確かで、それは公のやる事なす事はアノニマスでなければならない、というオブセッションにでも由来するのか知らないが、これは案外、美術史研究者の性根とも相性が良いのではないかと疑っている。

2011-07-23 18:17:21
qual quelle @qualquelle

『美術史』を手に取れば分かるが、けっこうな割合でテンプレみたいな論文がある。先輩から後輩へ、不文律で伝えられる「書式」がある訳で、それでは誰が書いても同じようなものになる。

2011-07-23 18:17:45
qual quelle @qualquelle

現代美術の方はもっとひどい。公のアノニマス体質を格好の隠れ蓑とし、更には世間様の無関心を良い事に、てんから怠惰を決め込み、傲慢につけ上がっている学芸員も少なくないのではないか。

2011-07-23 18:18:07
qual quelle @qualquelle

例えば、過去10年間に美術手帖で紹介された作家「だけ」で展覧会をする、というのが、「専門は現代美術」な学芸員の仕事の一分野として、事実上のデフォルトと化しているような気がする。そんなのはカタログショッピングみたいなものである。

2011-07-23 18:18:25
qual quelle @qualquelle

その図録のテキストを見ると、冒頭の企画意図はチラシとほぼ同文の数行で済まされていて、あとは出品作家の略歴を羅列するだけ、というような情けない仕事が、昨今も幾らでもある。あとは「作品が自ずから語るはず」「お客さまそれぞれの感性で」という訳だろうか。

2011-07-23 18:19:00
qual quelle @qualquelle

つまらんと切り捨てるなら卵を割る必要はないが、企画展への参与を求めようという程の相手に、カタログショッピングでは話になるまい。その例を幾つか挙げてみよう。

2011-07-23 18:19:27
qual quelle @qualquelle

或る作家から聞いた事だけれど、大阪の某ギャラリーで個展をしたところ、その企画の「キュレーター」を名乗る人物は、設営まで一度も直に会っての打ち合わせに応じる事なく、顔を合わせてみれば一度も作品を見ていない事が判明、大いに失望させられたよし。

2011-07-23 18:20:18
qual quelle @qualquelle

最もひどい例としては、或る作家がたまたま駅で見かけた某館のポスターに、何と自分の名前を発見した、という話を聞いた事がある。その作家の作品が同館に所蔵されていた訳ではなかった。そして内々の打診どころか、全く、何も、聞いていなかったというのである。

2011-07-23 18:22:34
qual quelle @qualquelle

すっかり話が逸れたが、才知にも心意気にも恵まれた学芸員ならば、作品と作品のあいだに何があるかを、感性でなく技巧の言葉で、豊かに語る事が出来るに違いない。「育てる」という言い方もあろうが、まずは南極で氷を売る如き努力の他はないように思う。

2011-07-23 18:23:13
qual quelle @qualquelle

蛇足ながら、時おり自らの担当展の「コンセプト」として、熱に浮かされたように制度論だの言説史だのを語る手合いもいて、可愛らしいとも思うが、問題にはならない。展示の文脈と、門前の小僧の念仏は、これまた違うものである。

2011-07-23 18:23:36

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