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名無し整備兵 @seibihei
シャルンホルストはプロイセンの将校として知られているが、出自はハノーバーの下士官の息子である。にもかかわらず、プロイセン軍を語るうえで外すわけにはいかない重要人物でもある。
名無し整備兵 @seibihei
シャルンホルストの名を高めたのはその軍事著作「陣中便覧」である。これは各国の将校に読まれ、鎖国していた日本にも入ってきている。
名無し整備兵 @seibihei
この主著が世に出てから2年後、シャルンホルストは実戦でその能力を証明している。革命の熱意に沸くフランス軍に包囲されたメニンからの脱出作戦で、彼は救援計画を立て、自ら参加している。
名無し整備兵 @seibihei
大体の軍事理論家は、真偽はともかく実戦に弱いといわれる。これは日本に限った話ではなく、当時もよく言われていた。その反証として使われたのが、このメニン救出作戦である
きりまん次ゃ郎 @KilimanJiro
@seibihei クラウゼヴィッツも元来貴族筋ではないですし、大モルトケはデンマーク出身ってのは面白いですね。プロイセンの硬直的な保守性の裏返しなんでしょうか。
名無し整備兵 @seibihei
プロイセンが中佐の階級と貴族の地位を用意してシャルンホルストを迎えたのは、その著作による名声が主だったかもしれないが、実戦での成功も考慮していたろう。
名無し整備兵 @seibihei
@KilimanJiro ユンカーの保守性という文脈で語られることの多いプロイセンですが、軍に改革をもたらしたのは非主流派が多いのが面白いところです。フリードリヒ大王も、父親と違ってある意味「非主流派」ですし。
名無し整備兵 @seibihei
今回の歴史群像で書かれている通り、シャルンホルストの軍事教育面での貢献は大きい。即ち陸軍士官研修所(陸軍大学校)であり陸軍学会である。特に将校の横断的組織として学会を運営したのは大きい。
きりまん次ゃ郎 @KilimanJiro
@seibihei 「ミリタリズムの歴史」を読むとプロイセン内部の事情が複雑すぎるのがなんとも。
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