2021年7月2日

『いきすぎた「当事者主義」「当事者主権」』の問題性をマーケティングと社会風潮の変遷から考えてみる。

『いきすぎた「当事者主義」「当事者主権」』の問題性をマーケティングと社会風潮の変遷から考えてみる。
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狸穴猫/松村りか @mamiananeko

当事者研究と似た構図だな。 「やみくもな当事者主義が‥男性の性についての理解を遅らせ、社会を変えることを阻む」 「セックスにかんして、男の首を絞めるのは男である」童貞を研究してみえてきた“男性性”の歪んだ一面とは 『日本の童貞』より #2 #文春オンライン bunshun.jp/articles/-/462…

2021-07-01 12:48:04
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

記事中で1980年台の雑誌が話題に上るが「マザコン少年の末路 上野千鶴子 河合教育研究所 1986」も、1980年台の若年男性に焦りを植え付けた本の一つだろうな。 いたいけな予備校生が手に取ったであろう本だし。

2021-07-01 12:59:25
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

1980年台の若者向け雑誌には「煽り」と「いじり」が露骨なものがかなりあった。   「これがトレンド」の主張と「これはダサいからバカにしていい」のメッセージがぴったりとくっついていた。   大学生や高学歴者をターゲットにした雑誌はより露骨だったように記憶する。

2021-07-01 13:28:23
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

お笑いブームが、ほぼ同時期であったことは「いじり」を「そのくらい言ってもいいだろう」と、正当化する手段として機能してしまったかもしれない。   「言わぬが花」「人には人の事情がある」が、消え、露骨なマウント合戦に躊躇がなくなった時代だったように思う。

2021-07-01 13:54:43
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

「他人の事情」や「他人の好み」、果ては「他人の考え」までマウント合戦の材料になっていったのはこの時代であったように思う。   「貧乏」も「ダサい」も、マウントを避けるためには隠さなくてはいけないものになった。   あるいは先手を取ってマウントする側に回ろうとする…もあっただろう。

2021-07-01 15:21:13
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

高度成長期の歌にある「ボロは着てても心は錦」(いっぽんどっこの唄 水前寺清子)といった、貧乏人の僅かな心の慰めすら否定されていった。     「言論の自由」を盾にして「他人の領域」にズカズカと踏み込んでいくマウント合戦によって「自己責任」枠が拡大されていったともいえるだろう。

2021-07-01 15:41:56
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

「女性大生ブーム」が起こったのもやはり1980年台。   「女子大学生」のイメージを「お堅い→才色兼備」に塗り替えたともいわれるが、そのイメージに合わせないとマウントのターゲットになりやすかったのでもある。   その風潮に翻弄された学生は少なくなかっただろう。

2021-07-01 16:16:17
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

その風潮は、自然発生的なものだったのだろうか?   私はかなり疑問だったと思う。   まだネットが影も形もない時代である。映像・出版メディアの影響力は大きかった。   「自由・個性・対等」などを旗印にしたマスコミ文化人の影響は少なくなかっただろう。

2021-07-01 16:53:49
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

「おいしい生活」に象徴されるバブル的消費文化は、モノだけではなく、容赦なく「他者」を消費していったのだ。    バブルが崩壊して以降も「勝ち組・負け組」などと、他者のありようをすら消費する構図はなかなか崩れなかった。    情報流通のルートが相変わらずだったからだ。

2021-07-01 17:07:33
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

バブル後の1990年前半台は、トレンディドラマとエコと感動ポルノだっただろう。   「勝ち組になろう」「優しいわたしであろう」   バブルが崩壊し、採用減、リストラの波が吹き荒れても、メディアの論調は変わらなかった。

2021-07-02 13:41:07
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

「いかに勝ち組になるか?」といった視点に立つ「仕事術」やら「自己啓発書」が本屋の店頭に山と積まれた。   とりもなおさず「自己責任の時代」であり「マウンティング戦争の時代」である。

2021-07-02 14:16:44
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

そして「マウンティング」と「忖度」が大手をふるうことになる。   忖度ベースで仕事をし、マウンティングで地位を確保…生産性が上がるわけはない。   「オタク」「キモオタ」「KY」「アスペ」「コミュ障」「陰キャ」 など、さまざまなマウンティング用語が生まれた。

2021-07-02 14:39:13
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

「感動ポルノ」に批判が出たあたりから「当事者の声をきけ」という物言いが増えた。   なんのことはない「当事者でないお前は黙ってろ」であり「当事者に忖度しろ」である。   「当事者マウンティング」の登場である。

2021-07-02 15:00:31
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

「消費者ニーズ」から「当事者ニーズ」への、マスメディア側のターゲット拡大があったのだろう。   それは一見すると「多様性を認める」だの「福祉社会」など「よい事」に繋がりやすい。   そのため、そのマウンティング性については問題にしにくかった。

2021-07-02 15:23:34
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

身体障害当事者、精神障害当事者、不登校当事者、女性、マイノリティ当事者…といったかたちで批判ご法度の「当事者様」の枠が膨らんでいった。    ちいとでも批判すれば「差別的」という石つぶてが飛んでくる。   なかなか息苦しい。

2021-07-02 16:00:13
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

なにせ「当事者主権」である。   いったい誰がその「当事者性」を判定するんだい?という問題はあるし、その主張は筋が通ってるか?or現実的か?などの問いも出てくるんだが、「当事者ニーズ」が最優先されるマウンティングワールドである。   なかなか手強い。

2021-07-02 16:11:56
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

ついに「ケアのニーズを持つ者」にまで当事者様の枠が広げられたのは、上野千鶴子氏の「ケアの社会学 医学書院 2011」であっただろう。   まあ高齢化社会であり、一部の高齢者にはこの思想は受けるのだろう。   下の世代に対し、マウンティングしつつ忖度を要求するものである。

2021-07-02 16:13:44
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

そして、それは同時に、福祉制度の拡充を「官」のからんだ、安全性の高いビジネスチャンスと捉えるネオリベ財界方面への忖度であったのかも知れない。   「当事者主権」と「当事者研究」を経由した「協」の政治性強化と、ネオリベ的「官製サービス」の搾取的あり方は、表裏一体である。

2021-07-02 16:41:59
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

バブル崩壊後の失われた10年が、いつしか失われた30年になった。    経済界は80年台広告代理店的な「マウンティングマーケティング」を捨て去らず、企業内にもマウンティングと忖度が蔓延った。   グローバルだの何だののお題目を隠れ蓑に「このままではだめだ」とマウンティングを続けた。

2021-07-02 17:05:29
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

バブル初期からだと40年。 世代は第二世代になっている。    マウンティングワールドに順応して育ってしまった層にとっては「彼女は頭が悪いから」も「恋愛工学」もある意味「正解」だ。    「平等に貧しくなろうby上野千鶴子」と同一構造のマウンティングワールド的正解なのである。

2021-07-02 17:40:57
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

マウンティングワールドの根幹は「他者の領域」に踏み込んでの「他者の消費」である。   害を被らないためには、できるだけ距離を置くにこしたことはない。   だが、そこでもう一つの仕掛けがネックになりやすい。   「学校コミュニティ」だ。

2021-07-02 18:26:58
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

1970年頃から、初等教育における「生活指導」とやらが、教師への忖度を誘導する「集団主義教育」方向に向かった。   やや下火になりつつあるものの、今も「勇気づけの見守り」と称したマイルド洗脳的指導が教員向け書籍が出回っていたりする。

2021-07-02 18:41:49
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

マウンティングワールドに引き込まれやすい素地は、初等教育において培われやすい状態は長く続いているといったところだろう。

2021-07-02 18:44:22
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

さっくり遡っておくと、大正期の自由教育運動と各種文学運動、旧ソ成立前後で流入した共産思想、戦後流入した旧ソ的教育が、魔合体して日教組左派に「(共産主義的)民主主義教育」の方法論として、小中学校の生活指導になだれこんだ。   教科ではないため官との対立が生じにくかったことも災いした。

2021-07-02 22:25:37
狸穴猫/松村りか @mamiananeko

民主的教育というたてつけで「気持ちのありようへの介入』が正当化されてしまった。   「民主的教師物語」に子どもが消費されたともいえる。   「批判的に考えなさい」には 「集団及び教組的正義には抗わないこと」の裏メッセージがついていた。   そういう裏打ちの後の「バブル期」だったのだ。

2021-07-02 22:26:52
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コメント

鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
一体どこの世界のお話? 不登校当事者なんて非難、誤解、侮蔑し放題。 当の当事者学者らが最も差別的という反差別界隈あるあるを拡大再生産中…
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
マウンティングなんて、人類が自己家畜化し、群れを形成し始めた頃からあるんじゃないの? その辺の犬や猫でも、互いにマウンティングし合っていますし。 なぜ1980年代以降と? 狩猟採集民でも村長にあたる人が獲物を大目に取ると言います。それはその前にマウンティングが功を奏したからでは。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
「ボロは着ていても心は錦」も、貧しいものから富裕なものへのマウンティングとも受け取れる。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
同和差別、性差別、自閉症・発達障害への差別、不登校差別。 それぞれの差別には別に事情があり、経路依存的でもある。 それら全てをまとめてしまうのは、ちょっと乱暴じゃないかな。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
上野の「当事者主権」は、国民主権にヒビを入れる破壊工作。 それにそれで利得を得られる「当事者」を ①誰が認定するか、②基準は何か が問題。 それは上野を始め太子党かノーメンクラトゥーラ気取りの、金持ち学校・大学で教育という道徳的正しさを購入した人のうち、仲良しサークルに入ったものだけに与えられるのでは。 つまり、特権であって普遍的人権ではない。 国民全般が貧しくなっても、一部のマイノリティの当事者(学者、ライター)さえ終身雇用・幹部候補生として雇用すれば問題解決。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
craneturtle ただし憲法保障された職業選択の自由は認めない。 学校か大学の教員としてのみ認める。 それこそ差別にはならないのか? 被差別部落や障がい者に特権的に一部の職業を割り振っていた時代から、構造に変化がない。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
一部の当事者を周りが崇め奉り「皇帝」状態にしてしまう。その皇帝の忖度だ、皇帝のためなら何でもやれると称して、どんな理不尽で残酷な糾弾でも、ゆすりたかりでも、詐欺や脅迫でもやってのけるのは、同和と在日を応援・理解・救済すると称する左翼団体に顕著。 古代的な「穢れ」と「清め・払い」が同居する被差別民を作り出し、神聖であるのと同時に差別もある状態を好む。 目指すは、古代中国のような総体的奴隷制のような状態かと。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
あと、ややこしい構図だけれど当の当事者学が、当事者学なり運動について知らない、関心ない、ピンとこない事もある。 さらに一旦知る機会を得ると、猛反発も。 あんなやり方ではかえって差別とハラスメントがひどくなる。新たな偏見を生む。 これまで長い間かかって地道に勉強、仕事、趣味、生活を通じて主流社会と交わったり信用を積み上げてきたのがフイにされてしまう。 一部のものの暴れよう、売名、劇場型の何かみたいな目立ちたがり、危ない自意識過剰によって、元より小さな地位と信用がさらに急降下する。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
craneturtle というわけで機会主義、出世主義、利用主義で自分たちの仲間・味方ぶる、または救世主コンプがただの偽救世主になっている、最初から詐欺商法に組み込もうとする、ほかのマイノリティへの嫌がらせを煽る当事者運動、その理論版たる当事者学、当事者ライターとその取り巻き・信者の日本左翼をもっとも警戒し、忌み嫌っているのが被差別当該・何かの不利を持つ「当事者」という構図がある。
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鶴島 亀島 @craneturtle 2021年7月3日
上野千鶴子の「マザコン少年の末路」は、当時の若い世代なら誰でも目を通していたわけではない。 当の河合塾に在籍していたわたしの見る範囲でもごくわずか。 議論の質は良くない。日本社会は純粋な父系社会ではない、弱い家父長制。母系社会の色が時折、混じる。とか月並みな議論。 しかしその構造を解説するのに自閉症や不登校、さらにその女親を叩く必要はなかった。なのにやった。 しかもその後の話し合いで、障がいと共に生きる、原因論にはこだわらない生活者の知恵や戦略を読めない鈍感さ、救世主コンプを発露。醜悪。
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