るろうに剣心異聞──抜かせずの男、吉村貫一郎

『壬生義士伝』X『るろうに剣心』突発SSです。
48
戦車 @MoterSensha

ある要人を斬れという話になった緋村抜刀斎と、要人の警護に(新選組であることを隠して)なれと言われた吉村貫一郎が、その要人が立ち寄った酒処で斬ろうとする抜刀斎と貫一郎で、斬る側防ぐ側で誰にも気づかれず機を競り合いながら互いに隣席で酒を飲み合い、遂に抜刀斎が斬れずに終わるクロス短編。

2021-11-06 19:12:37
戦車 @MoterSensha

いい男でもないし、ぶっちゃけ冴えた感じもない、ただ抜刀斎をして(生半では斬れぬ、むしろ返り討ちに合う)と警戒する抜刀斎に「その酒(さげ)、旨ぐねえすか」と突然話しかけてくる吉村貫一郎。

2021-11-06 19:14:35
戦車 @MoterSensha

何のつもりかわからず訝りながら、ふと「味がしない。むしろ血でも飲んでいる心地がする」とか答える緋村抜刀斎に、小声で(呑まねなら、くれねすか、上役の付き合い酒は旨くねえすけ、酒にかける銭コもったいねす)とかいい出す吉村貫一郎。

2021-11-06 19:17:18
戦車 @MoterSensha

極秘の護衛なので、警護の要人から酒代がでるわけではない。なので吉村貫一郎としてはその金はケチりたいわけで、酒が不味いのであれば、その酒はもったいないし、上役の手前呑まなければ付き合いが悪いとなる、なので、くれないか、とあろうことかねだりだし、抜刀斎絶句。

2021-11-06 19:18:43
戦車 @MoterSensha

卑賤、卑しいにもほどがあると過去がコロリで滅んだ農村の孤児である抜刀斎をして呆れさせる卑しさである。だが、その卑しさに似つかわしくない隙の無さ、己のみではなく他の刺客へも気を割いている抜け目の無さ。何者だ、となる。

2021-11-06 19:20:15
戦車 @MoterSensha

奢りというのも、となり、猪口を今ひとつ用立てて、徳利が一つ。互いにどこの生まれかを聞き、抜刀斎は滅びた故郷の村のことを語り、吉村貫一郎は故郷の話と、残してきた家族の話をする。失われたが故に、他の何かが同じく滅ぶのは見たくないと語る抜刀斎。

2021-11-06 19:22:54
戦車 @MoterSensha

「唯殺す、唯斬る人に非ね(あらね)すか」とつぶやき、聞いた話と違うという意味合いの言葉を呟く貫一郎。「まさがと思いますが、同ずもんサ守りたぐて、剣にぎっとりますかね」などと、苦い笑みを浮かべる。

2021-11-06 19:25:14
戦車 @MoterSensha

その言葉を聞き、漠然とどちらが勝つと思う、と問う抜刀斎。わがらねす、と答える貫一郎。「ただ、何れが勝とうと、銭コは要ります。勝つも負けるも、家族が食えねば意味がねえすけ。そう呟く貫一郎に、今ひとつつけるか、と問う抜刀斎。

2021-11-06 19:27:40
戦車 @MoterSensha

抜刀斎の標的の男は、酒を過ごしている気配で、腰を上げる気配がなかった。まだこの貫一郎という男の護衛の任は続く。酒を飲ませれば、隙が生じるかもしれず。また、抜刀斎以外のものが仕掛けようと、この男は容易く斬り伏せ、要人を逃すであろう。

2021-11-06 19:29:11
戦車 @MoterSensha

自ら銭を出し、酒を飲み、呑ませ、忘れるようにしていた、あるいはとうに忘れていた郷里の話を始める抜刀斎。何もかも血で染まり、死体で埋め尽くされたと思っていた過去の、明るい時代の話が、貫一郎の郷里の話で、ふと蘇ってきたのである。

2021-11-06 19:30:27
戦車 @MoterSensha

「飢饉が少(すぐ)ねスか。暖げえのは、うらやましスね」抜刀斎が今の今まで忘れていた、過去の、子供だった時代の陽色の思い出を聞かされ、ほろ苦く笑う貫一郎。男の故郷は、米を作るにあまり向かぬ、寒い北の大地であった。抜刀斎の故郷より、なお、米が取れぬ土地であった。

2021-11-06 19:32:53
戦車 @MoterSensha

「それが、コロリで皆、滅びる。ままならネすな」貫一郎のほろ苦い笑みに、頷く抜刀斎。かすかだが、己の唇が綻びるのを、抜刀斎は感じる。最後に笑んだは、いつであったか。「お主の故郷は無事であれば、故郷で家族と過ごす道もあったのではないか」抜刀斎は問う。

2021-11-06 19:34:33
戦車 @MoterSensha

「藩では食えねス。子も嫁も食わしてやれねス」貫一郎は短く呟く。それに法度サあるスから、と彼は言う。局中法度か、と抜刀斎は察する。貫一郎の正体もつかめている。互いに飲みながら、実のところ、目で、つま先の挙動で仕掛けてはいるのだ。何百と。

2021-11-06 19:36:30
戦車 @MoterSensha

だが、何れも制される。斬れるかもしれぬが、斬られるかもしれぬ。そして、要人は、おそらく斬れぬ。目の前の、卑屈なる男は、必ずや護衛としての役目を果たしきるであろう。その視線、肩に、肘にでる体捌きに、男が新選組の手のものであると抜刀斎は既に悟っているのだ。

2021-11-06 19:37:43
戦車 @MoterSensha

流派が違うとも、稽古相手が天然理心流であれば、体捌きに自然、天然理心流がにじむ。それがわからぬ、抜刀斎ではない。おそらくはただ家族を守りたい、その一心のみ、天下を動かす大志のない、ありふれた、卑賤の一介の親父である。

2021-11-06 19:39:41
戦車 @MoterSensha

だが、その親父が、強い。ただ家族を守る、その一点にのみ生きているであろう男が、本質的には家族を失い、己以外の何ものも持たぬところのある、志士と言えば聞こえはいいが、頼むものなき流浪人に過ぎぬ抜刀斎には、あまりに眩しく、毅く映った。

2021-11-06 19:40:55
戦車 @MoterSensha

時は過ぎ、徳利は増える。要人が、漸く帰る胸を、貫一郎に告げる。では、と貫一郎は頭を下げる。この男は、あろうことか刺客である己に酒をたかり、一文もださず、遂に護衛を完遂しきった。否、最初から自分一人を防ぐことを、貫一郎という男は、考えていたのかもしれぬ。

2021-11-06 19:43:16
戦車 @MoterSensha

「緋村さん」貫一郎が、去り際、抜刀斎に振り返り、言う。「全部事サ終わったら、まだ飲まねスか。緋村さンの話(はなす)ばがり聞いで、南部の話、しそごねだすケ」そう言って、笑うのだ。侍というよりも、むしろ一介の農夫のような、実に素朴な笑みだった。

2021-11-06 19:45:57
戦車 @MoterSensha

吉村たちが去った後も、しばし、抜刀斎は、酒を飲んでいた。酒の味は米の味。農家が育てた米を醸した、米の溶けた米の酒だ。農家のいち年の労苦、その実りの味だ。抜刀斎がかつて育ち、あの貫一郎という男が護ろうとしている、大切ななにかの象徴こそが、米だ。

2021-11-06 19:47:57
戦車 @MoterSensha

・ ・ ・ そして、それから数多の出来事があり、だいぶ落ち着き、結果体を壊したものの、漸く平穏を手にした、かつて抜刀斎と呼ばれた男は、妻と夕餉をともにしつつ、酒を飲みながら、ふとつぶやいた。 「薫どの。酒というのは、米の味がするのでござるな」

2021-11-06 19:49:31
戦車 @MoterSensha

「何剣心。お酒は米から作るんだし、それは、お米の味だろうけれど」 「それを忘れていた時期が拙者にはあった。思い出させてくれた人がいたのでござるよ」 「へえ。どんなひと?」 「あの頃のの拙者に、あの間合いで抜かせず、斬らせずを成し遂げた、徳川の、侍にござるよ。強い御仁にござった」

2021-11-06 19:52:18
戦車 @MoterSensha

「剣心に!?──何者?」 「世間の親父にござるよ。妻を慈しみ、子を大切に思う、どこにでもいる男で、ありふれた毅さにござる。  いわば凡骨──しかし凡骨とて、その思い、その意地を鍛え、研ぎ澄ませれば、天下に無二の名刀となる。たとえ銘は無かろうとも、それは唯一無二の剣」

2021-11-06 19:55:11
戦車 @MoterSensha

懐かしげな視線を遠くに投げながら、剣心は呟く。 「そして、拙者に故郷の、酒の味を思い出させてくれた御仁にござる。何を食っても何を飲んでも血の味しかせなんだころに、酒の味を、米の味を思い出させてくれた、娑婆臭い人にござるよ。酒代も全部拙者持ちでござった」

2021-11-06 19:57:45
戦車 @MoterSensha

「抜いた抜かせないってことは、斬る斬らないで、抜刀斎だった時期の話なんだろうけど──刺客に酒代全部払わせた護衛と、酒代律儀に全額持った刺客?」  呆れた、という表情をする薫。天下広しと言えど、そんな話はそうそう転がっているものではない。 「吝嗇な人にござった。……仕送りにござろう」

2021-11-06 19:59:47
戦車 @MoterSensha

「仕送りのために、酒代ビタ一文出さずっていうのも──侍の見栄とは縁遠い人だったのね」 「着物から、刀の拵えから、吝嗇がにじむ人にござった。一介の農夫の方が似合う人にござった。死んだとも、逃げたとも聞くが、果たしてどうなったやら──無事農夫をやっておればよいのでござるが」

2021-11-06 20:02:04