これからの「徳」の話をしよう 法政大学准教授 白田秀彰先生

「震災による津波で流された金庫が、警察に多数届けられてくる」という 海外で驚きをもって紹介されたニュースをきっかけに 法政大学社会学部准教授の白田秀彰先生(専門:知的財産権法・情報法) の「徳」についてのつぶやきをまとめました。 多数の方と活発な議論が交わされたのですが、 冗長になるためだいぶ省略してあります。 続きを読む
コラム 白田秀彰 白田先生 公共性
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ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
今朝目覚めてふと思った。 被災地で拾得物としての金銭の届けが夥しく、諸外国にて日本人の公徳心の高さに驚きと賞賛の声が上がる、という誇らしい報道が数日前にあったと記憶する。政府が機能しなくても公徳心があれば社会秩序は維持しうる一つの事例だろう。

8月22日のツイートより

ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
いい話だ。こういう誇るべき報道がだいたい海外経由でくるのって、どういうことなんだろう。 http://t.co/Kyq8mho 津波で流されたお金が届けられているそうです。英国では驚きを持って報道されているようですね。ワーキングクラスだけのお話なのかな

【震災】津波で流れた金庫の23億円持ち主に返還、警察に届けられた事に欧米驚き「日本人の誠実さが証明された」

【震災】津波で流れた金庫の23億円返還に欧米驚き (08/19 11:54)

東日本大震災で、津波で流された5700個もの金庫が警察に届けられ、23億円近い現金が持ち主に
返されたことに欧米のメディアが驚いています。

イギリスの新聞「デイリーメール」は、「イギリスが略奪に頭を抱えているなか、日本人の誠実さが
証明された」と自己批判を交えながら絶賛しています。アメリカのオンラインニュースサイトも「
災害の後は略奪がつきものだが、日本ではその逆のことが起きている」と報じています。
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210819024.html

※リンク先の記事はすでに削除されているので
参考として転載されたまとめブログのURLを貼っておきます。
http://dqnchannel.blog.fc2.com/blog-entry-756.html
http://fugafugaplus.ldblog.jp/archives/4217478.html


ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
人々の公徳心が十分に高ければ、政府の存在を限りなく小さくしていける。政府がリヴァイアサンであることを思えば、それは必要最小限であることが望ましい。放埓な自由を調停するため強力な法と政府が存在する社会と比較して、公徳心が高く政府の小さな社会は確かに理想だ。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
「公徳心」とは何か、という問題はおき、長い間わが国の教育が「徳」を重視してきた理由も、そして、治者が能力ではなく徳の体現者として機能することが要求されていた理由も、腑に落ちたような気がした。さて、こうした方針での統治や教育は長く我国で行われてきた。現代において再興応用は可能か。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
端末の能力が十分に高ければ、中央コンピュータの性能は小さくてもかまわない。さらに、端末で発生する問題に対して、中央の一斉的対応ではなく、問題に近い端末による調停で部分最適を積み重ねるようなモデル。それでいて、問題解決における論理は全体として整合しているようなイメージ。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
「徳育」というと「自由を抑圧して治者に都合の良い被治者を作り出す封建的営み」、という見方がある。が、別の見方をすれば、治者の能力に期待ができない社会において、部分最適な秩序を形成するための有力な方法だったのか。「徳」で結ばれる共同体というものは、秩序資本のクラブ所有状態なのか。
24-589 ⋈ 表現の自由戦士@公共の敵 @24_589
『将帥の無能を兵が頑張って埋める軍隊』などという代物に可能であるのは、せいぜいが一時しのぎ。“徳育”とは、それを社会全体に敷衍しようとする概念であり、人権規定を持つ立憲制国家では許容される余地はない。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
立憲制国家で、社会的な「徳」をはぐくもうと提唱することは、思想信条の自由に反するの? 「徳育」を進める団体に対して、その「徳」の中身について議論はありうる。けど、その活動は思想信条の自由として保障されないの? @24_589 “人権規定を持つ立憲制国家では許容される余地はない。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
長く秩序維持に貢献してきた「徳育」について考えてみたら、「立憲制国家では許容されない」とまで批判されるとは思わなかった。「徳育」について考えることもできないのか。これでは確かに、一部で「放埓な自由」に対する批判がたかまり、「国家による強力な統制」が唱導されるのもわからなくない。
24-589 ⋈ 表現の自由戦士@公共の敵 @24_589
@RodinaTP 教育指導要綱に於ける道徳教育としての徳育であれば、建前としては“規則を守りましょう」といったものですからそれを否定するのは行きすぎでしょうね。
24-589 ⋈ 表現の自由戦士@公共の敵 @24_589
@RodinaTP 一方、公徳心云々にまで踏み込んだ教育となれば、“徳”とはなんぞや?という内心に踏み込みますから(個人が自身の教育権の範疇で行うのであればともかく)社会として実施するのは内心の自由への干渉以外の何者でもないでしょう。
24-589 ⋈ 表現の自由戦士@公共の敵 @24_589
@RodinaTP もちろん、有り様に対する“議論そのもの”は自由であることが必須なのは当然だとも思います。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
社会と国家を混同していませんか? それとも「社会=国家」とみる立場なのでしょうか。 社会において規範が構成員に教育されていく過程まで否定するとなると、貴方は何を基幹として社会を維持するのですか? @24_589 社会として実施するのは内心の自由への干渉以外の何者でもないでしょう。
うろっつ@成り立てセニオル @urots427
@RodinaTP 仰られる「徳育」の内実よりも、一般に流布している「徳育」の名称そのものに対して忌避感を持つ人が多いのかもしれないとの感想を持ちました。
うろっつ@成り立てセニオル @urots427
@RodinaTP 見たいものしか見えないのが人間ですから、余程意識しないと、脊髄反射的に批判してしまうのかもしれません。自戒せねば
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
「「公徳心」とは何か、という問題はおき」と前置きして語っているのにねえ… 仮に政府のいう「徳育」が気に入らないとして、その内容には良いものもあることは認められないのか。@urots427 「徳育」の内実よりも、一般に流布している「徳育」の名称そのものに対して忌避感を持つ
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
社会が機能する前提として「相手を害さない」「嘘をつかない」「約束を守る」は、どの集団でも必須の「徳」であり、「他者の利益を自己の利益と同格に見る」「長期的な利害について慮る」「他者の状況と自己の状況を入れ替えて考える」が集団の調和に望ましい徳だと思う。徳は目標であり義務ではない。
こげぱん @kogemayo
@RodinaTP @24_589 少なくとも、ヒトとして生まれついた以上はたとえ知的・精神障害を持っていようと、「徳」を持ち得ないように生まれついた者であろうと平等に「同じ人間」として扱うこととするリベラリズム、「人権思想」と両立しえないことは確かですね。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
「徳」を奨励することと、「徳」を持ち得ない者を「人間」として扱うこと、が「リベラリズムや人権思想を基礎とすると両立しない」とまで言われる。 「徳」が衰退するはずだ。で、徳なき社会を調停維持するため政府と法が強化されると、この種の立場を取る人たちは、これに賛成するのだろうか。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
「徳」の奨励と「徳」持ち得ないものを「人間」として取り扱うことは、まったく両立可能だと思うのだけど。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
集団として必須の徳として「他者を害するな」「嘘をつくな」「約束を守れ」を挙げてみた。これらを守れない人たちは、刑事法、不法行為法、契約法によって、処罰される。権利を国家権力によって制限される。彼らはこれをもって人権侵害というのだろうか。
ロージナ茶会 / 旭霜 @RodinaTP
また、本人の責任に帰すことのできない理由で、必須の徳を実行できない人について、現在の法は、「責任能力がない」ということで免責することがある。 しかしこれは、本人の責任ではない理由で、平等に人間として取り扱っていないと見ることができる。彼らは平等に処罰の対象となるべきだろうか。
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コメント

こげぱん @kogemayo 2011年8月28日
http://togetter.com/li/86254 http://togetter.com/li/88947 http://togetter.com/li/110188を読んでいただければ、私たちが何を不安視しているのかが分かると思います。
こげぱん @kogemayo 2011年8月28日
そもそも、「財産と教養」、「徳」、あるいは「知」を持つ者のみに与えられる近代「市民権」の論理では「易き詰み手」として唾棄されるものかもしれませんが、ヒトとして生まれついた時点で万人が持つ現代の「人権」の論理ではそれこそが最重要なんです。
こげぱん @kogemayo 2011年8月28日
だいいち、法や契約を破れば刑罰等のペナルティが科せられる、というのまでは中立ですし公教育で教え込むべきことですが、主観的に「割に合う」と判断してペナルティ覚悟でそれを破ることの是非、は個々人の思想信条の自由の範囲ですね。「法と経済学」という学問分野でもあります
こげぱん @kogemayo 2011年8月29日
http://t.co/LYPh3X4の主張は、その「道徳的社会秩序」を守れる弱者、守ろうとする弱者だけを「名誉健常者」という名の「強者」として取り込み、守れない、守るすべを持たない「弱者」にそのしわ寄せを一手に押し付けるものなのです。
こげぱん @kogemayo 2011年8月29日
守れる者、守ろうと「努力」する者だけを「名誉健常者」、「名誉『近代市民』」として取り込み、そうでない者を「我侭」と切り捨てるのは、「近代の論理」(http://togetter.com/li/78143)からすれば当然なのかもしれませんが、
こげぱん @kogemayo 2011年8月29日
その「近代の論理」にこそ違和感を持つ、その「徳」による圧力に苦しんでいる、「近代市民」になりえない人々、「徳」を持ち得ない人々がいることだけでもどうか理解してください。
こげぱん @kogemayo 2011年8月29日
「これからの「徳」の話をしよう 法政大学准教授 白田秀彰先生」を編集しました。お願いです、せめて読んでください…。
月戌🐔🐍🐷㌠ @_moondoggie 2011年8月29日
「「相手を害さない」「嘘をつかない」「約束を守る」は、どの集団でも必須の「徳」」これ自体が時代や風土によって揺らぐと考えられます、絶対視すべきではないでしょう(『人権』も然り)
平尾 由矢(パブリックエネミー) @astray000 2011年8月29日
このニュース以前に、日本のテレビで一時期話題になっていたと思います。土地の所有者証明書などで身元の分かっているのが9割で、その内7割が返還されていたというニュース。
月戌🐔🐍🐷㌠ @_moondoggie 2011年8月29日
そもそも本当の徳育なり倫理(エチカ)が市民民主主義で成立しえるか、というとちょっと疑問ではあります※個人的感想です
こげぱん @kogemayo 2011年8月29日
「これからの「徳」の話をしよう 法政大学准教授 白田秀彰先生」にエントリを追加しました。
こげぱん @kogemayo 2011年8月29日
「徳」が怖いんじゃなくて、国家のような大きな「社会」であれ家族のような小さな「社会」であれ、「集団を維持する」ために個々人の内心に介入する、「社会」のために個人が犠牲になるその共同体主義が怖い、っていってるんだけどなぁ…
平尾 由矢(パブリックエネミー) @astray000 2011年8月30日
関連しそうなまとめ 『怖いのは、損得ではなく正義で動く人間なんだ』 http://togetter.com/li/179099 正義を徳と変換すれば、民主主義を崩す凶器となりうる。しかも『徳』は『(国民全体が従うべき)正義』に変わりやすい側面を持っているからね。それが、表現規制のフェミニズム視点で良く出ていると思う。後は、『徳』が『国家における国民を従わせる正義』に変わるプロセスの纏めがあれば完璧。
桜野時生 @TokioSakurano 2011年8月30日
誰でも編集可にしておけば、公平性も保たれるし自主的に補完してくれる人も出てくるだろうとおもってやってたけど、こういう持論よりの不毛なやりとりを付け足すために使われるんだったら、ちょっと考え直した方がいいのかもしれないなぁ。
月戌🐔🐍🐷㌠ @_moondoggie 2011年9月1日
「持論よりの不毛なやりとりを付け足す」という言葉にはちょい異論もありますが、編集合戦にならないよう最初からロックしちゃうのも一つの手かも知れませんね
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