合葬人骨

東京大学総合研究博物館 常設展『キュラトリアル・グラフィティ―学術標本の表現』解説tweetのまとめです. http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2009CuratorialGraffiti.html 里浜貝塚より出土した合葬人骨の展示の解説・補足情報です. 対応する展示は「宮戸島里浜貝塚出土の合葬人骨」です. 続きを読む
科学 縄文時代 curatorialgraffiti 人類学 東京大学総合研究博物館 考古学
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キュラトリアル・グラフィティ @UMUTCG
[合葬人骨] 宮城県・宮戸島里浜貝塚から出土した,縄文時代晩期の老年男性と小児の合葬人骨.発掘時に石膏で上から覆って固定したため,発掘時の写真 (ケース右下) とは人骨の位置が反転しています. #UMUTCG http://t.co/hTyWe5K
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[里浜貝塚] 宮城県東松島市の宮古島にある貝塚.縄文時代の前期から晩期まで使用されたと考えられており,多数の人骨・土器・石器・骨角器が出土しています. #UMUTCG
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[松本彦七郎] 古生物学と地質学を専門とし,考古学にも関わった学者 (1887-1975).遺跡の層位をこまかく分類して新旧関係を把握する層位学的な調査方法を導入し,時代の変化にともなう土器形態の変化を調べて土器編年学の基礎をつくりました. #UMUTCG
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[松本彦七郎] 資料標本類が語る理学部100年の記憶 (東北大学) http://t.co/J2ocJ3y - (Wikipedia) http://t.co/zw49xUp #UMUTCG
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[小金井良精] 明治から昭和にかけて,日本の人類学の発展に貢献した解剖学・人類学者 (1859-1944).帝国大学医学部を卒業後にドイツへ留学し,国内に限らず,国外に対しても広く研究報告を行ないました. #UMUTCG
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[小金井良精] 坪井正五郎のコロボックル説に対し,日本石器時代人はアイヌであるとしたアイヌ説を唱えたことでも有名.幼少期には戊辰戦争に巻き込まれ苦労したようです.作家 星新一の祖父にあたる人で,結婚相手は森鴎外の妹でもあります. #UMUTCG
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[小金井良精] 星新一『祖父・小金井良精の記』 河出文庫 1974年 - (Wikipedia) http://t.co/DOUkSdo #UMUTCG
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[松村瞭] 坪井正五郎の死後,東大人類学教室と日本人類学会の運営を受け持った人類学者 (1880-1936).東大人類学教室の第一回選科生です.父親は,モースらと一緒に大森貝塚を発掘した植物学科の教授 松村任三です. #UMUTCG
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[松村瞭] 日本人の体質などを研究し,国府遺跡や加曾利貝塚や姥山貝塚などの発掘にも関わりました,晩年には,より古い時代の化石人類にも興味を示したそうです. #UMUTCG
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[松村瞭] 沈着,寡黙,真面目な人で,ユーモアを好み交流の広かった坪井とは好対照だったようです.しかし,研究の正確さや自然科学的方法への固執などは,大正時代の過渡期の人類学にプラスに作用し,単なる古物研究と混同されがちな空気を一掃するのに貢献しました. #UMUTCG

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