映画「ブルー・バイユー」で学ぶ「戦争・アメリカ・移民」・・・国際養子やボートピープルにも触れて

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Chihok @Chihokomoriya

近所のミニシアターチェーンが注目作として推していた「ブルー・バイユー」を貯まったスタンプカードで見てきたが、設定がとんでもなくハイコンテクストなうえに、地方の一家族にまつわる些細なトラブルが一気に国家規模の移民問題に発展するスケールの大きさに打ちのめされた。 pic.twitter.com/z6vIfj51l7

2022-02-14 02:28:13
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「ブルー・バイユー」は、韓国生まれで3歳でアメリカに養子に出された青年が、シングルマザーと結婚し彼女の連れ子と共に幸せな生活を送っていたが、妻の元旦那が地元の警察官だったため些細なことで警察沙汰になり、そこで養父母による養子縁組時の書類不備が発覚し国外追放命令を受けてしまう話。

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まずこの映画で重要なのが、舞台がルイジアナ州のニューオリンズ郊外のバイユー地区で、主役が韓国出身、彼を引き取った養父母および彼の妻がフランス系だということ。ルイジアナ州、しかもニューオリンズ近辺でフランス系といえば、かつて黒人奴隷を使役し財を成した南部貴族のケイジャン。

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ケイジャンと韓国人のカップルというのが、ルイジアナ州ニューオリンズが南北戦争以後に辿った歴史それ自体を象徴している。南北戦争での南軍敗北により、南部貴族は黒人奴隷を失い一気に没落、南部の地域経済自体も没落し、アメリカ国内の南北貧困格差が生まれ今も解消されていない。

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ルイジアナ州ニューオリンズは奴隷市場を有する街だったので郊外の農園だけでなく市街地の地域経済も影響を受けた。ところがニューオリンズの南部貴族は快楽主義者のフランス系ケイジャン。マジで「働いたら負け」と思っていた彼らは国際港ニューオリンズのノウハウを以て苦力貿易に手を出す。

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それは自分達が働きたくないから失った黒人奴隷の代わりにアジア人を使役しようという完全にクズな動機だったが、ニューオリンズに連れてこられたアジア人はあっという間にその地に馴染んでしまう。なぜならルイジアナは温帯湿潤・亜熱帯気候で小麦が育たず、代わりに米を主食としていたから。

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さらにニューオリンズは海辺の街だから魚介をやたらと食う。故郷と似たような気候と食文化がアジア人の定着を促した。また、大半が中国出身の苦力は阿片戦争以後に荒廃した農村からアメリカに連れてこられた百姓で、もともと農業や土木作業、手仕事のスキルのある人達だったので仕事の覚えも早かった。

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そこでまず農園を経営していたケイジャンの間にアジア人への好感情が生まれる。そして南北戦争終結後の時代には既に華僑ネットワークができておりチャイニーズマフィアもいたため、ニューオリンズに苦力が増えているらしいとの情報を察知した彼らは表と裏の両方から地域経済に入り込む。

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華僑の商人とマフィアはニューオリンズで貴族趣味のケイジャンが好みそうなアジアの様々なものを売り始める。お茶、絹製品、陶磁器、書画、「からゆきさん」の遠距離版的に連れてきたアジア人娼婦、そして阿片。また、年季奉公だった苦力も稼いだ金を元手に街で商売を始めた者が多かった。

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これらの要因が重なり、ニューオリンズ市内のクリーニング業はアジア人が完全に掌握し、街には中華料理屋が並んだ。一方、商人はニューオリンズの海産物を華僑ネットワークを通じて全米のチャイナタウンに売り捌き、特に干し海老は味が良いと評判で中国本土へ輸出されるまでになった。

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文句も言わずさぼりもせずよく働き、珍しい贅沢品をもたらし、基本地産地消だった海産物をマネタイズしてくれ、美味いメシとSEXとドラッグも提供してくれる…これで完全にケイジャン達は骨抜きになってしまう。

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また偶然にも、南北戦争終結後の19世紀末は、欧州で耽美・退廃主義、それから派生したアジア趣味が大流行した時代。パリとの定期便が運航されていたニューオリンズはそんな欧州の流行をタイムラグなく享受していたので、ケイジャンは耽美・退廃主義の文脈でアジア人と彼らが持ち込んだもの耽溺した。

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その中で最も受け入れられたのは阿片。当時阿片は「文化・教養人の嗜み」という側面もあったため男女問わず上流階級に流行。戦争に負け、経済的・社会的に没落し、アジア人が持ち込んだ異国情緒漂う危険な薬物に溺れて堕落する退廃主義そのもののライフスタイル自体にケイジャンは酔いしれた。

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その結果どうなったかというと、人種混交のタブーもへったくれもない異人種間恋愛・結婚ラッシュ。こうしてもともと白人、黒人、ネイティブの血が混ざりまくったニューオリンズにアジア人も混ざり、あらゆる人種の血が完全に混ざった真のダイバーシティ都市ニューオリンズが誕生する。

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こうした地域の動向に合わせ、地元の教会がアジア人移民に英語やアメリカの文化、生活習慣を教える学校を開く。そこで真っ先にキリスト教に改宗し名前も変え、ニューオリンズ市民として”同化”したのがコリアンコミュニティだった。韓国人とキリスト教の親和性の高さって一体何なんだろうか。

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この時代、全米各地でアジア人排斥論が叫ばれるようになり、チャイナタウンの焼き討ちやアジア人の虐殺事件も多発、1870年頃からはアジア人を排斥する法律も制定された。そんな時期に南北戦争で南軍に組し、保守的と言われる深南部の最深部ニューオリンズがこんなことになっていたなんてもはや奇跡。

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こうして表と裏の双方からニューオリンズの地域経済に入り込み稼ぎまくったアジア人は、自力で財を成すか良縁に恵まれるかしてダウンタウンから高級住宅街のアップタウンに居を移した。だから現在のニューオリンズにチャイナタウンはない。差別や迫害ではなく儲かってコミュニティが消えた稀有な例。

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しかしそこで面白くないのが下流白人のアイルランド系。彼らは南部では農園で奴隷の仕事を管理するOver Seer(上から見下ろす者)という職に就いていたが、労働環境は奴隷と変わらず給料も僅か。白人なのに同じ白人に使役された挙句、南北戦争終結後に奴隷がいなくなったため失業する。

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北部や南部貴族の農園以外にいたアイルランド系は土木建築の現場や港湾労働、工場での単純労働といったブルーカラー職種に就いていたが、南北戦争終結後にそれらの仕事は自由になった黒人に取られ、特にニューオリンズではアジア人苦力にも取られた。

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もともとアイルランド系は飢饉でアメリカに逃れてきた極貧の百姓なのでまともな教育を受けておらず、ホワイトカラー職種に就くのは不可能。こうして失業して行き場を失くしたアイルランド系は、働きたくないクズは博徒かミュージシャンになり、労働意欲のある人は軍人、警察官、消防士になった。

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軍人、警察官、消防士は、とりあえずなってしまえば公務員の肩書が手に入る職業だが、きつい仕事で命の危険もある。だからアイルランド系は自分達の仕事を奪い、いとも簡単にケイジャンに気に入られ、彼らを相手に稼ぎ、アップタウンに引っ越していったアジア人をよく思わなかった。

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そこでこの「ブルー・バイユー」が上手いのは、主人公の妻の元旦那と彼とバディを組む白人警官がアイルランド系だと匂わせているところ。劇中でキャラの民族に言及するのは、主人公と後に彼と友達になるベトナム系女性だが、シーンの各所に名札が映り込み、それで民族が窺えるようになっている。

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そこできついのが、国外追放処分を撤回してもらおうと主人公夫婦が相談に行く弁護士が黒人で、苗字が思いっきりフランス語だということ。ニューオリンズで黒人がフランス語の苗字ということは明らかに先祖は奴隷。当時奴隷は主人の苗字を付けられていたから。解放奴隷の子孫が弁護士になっている。

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ちょっと映り込む名札の苗字1つでそののバックグラウンドと街の歴史を語るハイコンテクストっぷり。無論そんなところに気付かなくてもストーリー上ぜんぜん問題ないが、1つの地方都市が持つ歴史の重みを知って見ると、その業の深さにつくづく打ちのめされる。

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そして前述のベトナム系女性もまたニューオリンズの歴史に絡んでくる。彼女はベトナムからボートピープルとしてアメリカに渡ってきた難民であることが台詞で明かされるが、ベトナムでボートピープルといえば1975年のサイゴン陥落以降に政治的迫害から国外に亡命した旧南ベトナム政府関係者や軍関係者。

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