理論物理学者が運転する車は、運転手が運転中に物理学の計算をはじめる可能性が高く、極めて危険なので同乗者は運転手の興味を逸らさないといけない

研究者の著作を通じて、「見かけと中身は一致しない」→「予測は簡単に外れる」→「外れた認知を修正し続ける」人類の営みの大切さを知る
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巫俊(ふしゅん) @fushunia

こうした発想は、古い人類社会では普通のものだったようです。

2022-02-24 03:44:27
巫俊(ふしゅん) @fushunia

谷川健一先生がおっしゃっていた沖縄のキガズンを思い出します。事故だけで無く異常死はみなキガズン 「沖縄では事故死者はキガズン(怪我死)と呼んでもっとも忌み嫌われ、墓にも入れてもらえない。従って常人ならば不浄の死者として冷たくあしらう。不慮の死をとげた者の祟りがおそろしいからである」 twitter.com/marukwamy/stat…

2021-11-05 03:13:48
Aisanazman Marukwamy (愛沙奈まみ) @marukwamy

ちなみにこういう変死体が「(目撃者のいない)不自然な死」なのかどうか、死霊祓いが必要かどうかについて牧師と地元の長老たちが現場検証して話し合ったりもします。不自然な死に方をした人間は家族がいてもお祓い後は無縁仏と同じ扱いになり専用の死体処理場へ送られ、地元の墓には埋葬されません。 twitter.com/marukwamy/stat…

2021-11-05 02:35:05
巫俊(ふしゅん) @fushunia

上に引用したのは、谷川健一・編『巫女 民衆史の遺産 第6巻』に収録されてるもので、以下の谷川健一『日本人の魂のゆくえ: 古代日本と琉球の死生観』の227ページにもキガズンが出てきます。 books.google.co.jp/books?id=HfhdO…

2021-11-05 03:19:35
巫俊(ふしゅん) @fushunia

こちらのTLから異常な死の話が始まってるようです。 twitter.com/marukwamy/stat…

2021-11-05 03:16:44
Aisanazman Marukwamy (愛沙奈まみ) @marukwamy

私の調査地では現在でも霊や悪魔の憑依は割とポピュラーな現象で、異教時代に盛んだった精霊や動物霊の憑依の多くはキリスト教化に伴いサタンやルシファーの類にバトンタッチしましたが、今でも人々に根強く恐れられているのは「不自然な死に方をした人間の死霊」の憑依による変死や殺人の連鎖です。

2021-11-04 22:01:17
巫俊(ふしゅん) @fushunia

そういえば、ジャレド・ダイアモンドの『昨日までの世界』によると、ニューギニアかどこかと書いてあったと思うのですが、「事件の被害者の方が、加害者に贈り物をして気を遣う」文化があるとか書かれてて、「ええっ」となりました。狭くて逃げ場の無い集落の話なのでしょうけど、常識が通用しない。

2020-07-29 02:30:38
巫俊(ふしゅん) @fushunia

ジャレド・ダイアモンドの『昨日までの世界 文明の源流と人類の未来』によると、ニューギニアの先住民に「友達」という概念は無く、打ち解けて「仲良し」になったと思いこんだ白人の男性が「今度、町に来たら、私の家に寄っていってよ」と言ったら、キョトンとされたという逸話がありました。

2020-07-23 17:59:36
巫俊(ふしゅん) @fushunia

ニューギニアの高地人の社会で、凶行に出てきた相手と被害者の間で、誰かが仲介し、被害者の側が最初に贈り物を贈ることで、「恨んでいない」ことを示して、継続的な相互に「贈与」し合う関係をスタートさせるとのことでした。「恨み」が存在してると、恨んでる側が魔法をかけてるとか疑われるそうです

2022-05-02 01:19:05
巫俊(ふしゅん) @fushunia

『古事記』にも、ヒゲが胸先まで生えてるのに子どものままだった皇子が出雲国に行ったら、山に見えたものは山では無く、それは檳榔(びんろう)の葉で覆われた宮で、そこで美しい姫に求婚するが姫はウミヘビに変身したので皇子は船で逃げたとか、

2022-05-02 01:30:13
巫俊(ふしゅん) @fushunia

【「見かけと中身が違う」ので、おかしなことが起こる】というテーマだけで編成された故事がありまして、岩波新書『日本の神話・伝説を読む―声から文字へ』の作者の佐佐木隆氏の2020年の新刊に詳しくその話の意図が書かれてました。

2022-05-02 01:32:45
巫俊(ふしゅん) @fushunia

現代の私たちも、理論物理学者が運転中に物理学の計算を始めてしまって、事故りそうだという話を聞くと、思わずおかしいので笑ってしまう訳ですけど、古代人は事故が起こるはずの無い場所で事故が起こると、それはとても悪いことがあったんだと考えて、死者を見捨てたりしてました。

2022-05-02 01:38:25
巫俊(ふしゅん) @fushunia

「頭が良い人がそんなことをするはずが無いだろう」とか、そういう予測は簡単に外れるのですけど、そのことを正しく認知するのは予想したより難しいことで、子どもが成長するときに「発達」の仕方は人それぞれだとか、認知の仕方も人それぞれだということは、

2022-05-02 01:44:36
巫俊(ふしゅん) @fushunia

『古事記』のホムチワケ皇子がヒゲが胸先まで生えるようになっても、言葉がしゃべれなかったとか、いつまでも少年のままのスサノオ(ヒゲが生えても子どものように泣く)が大蛇退治に才能を発揮するとか、

2022-05-02 01:46:25
巫俊(ふしゅん) @fushunia

そうした話が形を変えて、長い間話され続けることで、少しづつ「集団全体の認知」(色んな人が、色んなように認知・認識を持ってること)を向上させていった歴史が背景にある話だと思いました。

2022-05-02 01:49:51
巫俊(ふしゅん) @fushunia

昨日、ヤマト王権の始祖「ホムチワケ皇子」の神話が「ドラゴンクエストダイの大冒険」の主人公勇者ダイに似てる気がするとツイートしたのですが、神話学の本を読んでたら、マジでそんな感じの記述があってダイの大冒険の主人公ダイは日本人が好む英雄像の類型かもしれないと思いました。

2021-10-05 23:33:34
巫俊(ふしゅん) @fushunia

日本神話の英雄像は、「永遠の少年」と「荒ぶる戦士」という相反する性質が両立的に統合されたもので、スサノオがその存在であり、「永遠の少年」の部分はホムチワケ皇子に、「荒ぶる戦士」の部分はヤマトタケルに受け継がれたとあります。この性質は織田信長や源義経などの英雄像にもつながってるとか

2021-10-05 23:59:09

こんな風に話しだしたら、話も尽きないのですが、「見かけと中身は一致しない」という話は、理論物理学者の車の運転から始まって、日本人の英雄像が「幼い少年が荒ぶる戦士の素質を秘めてる」という話まで、「外れた認知を修正し続ける」人類の営みの中で成り立っていました。

そこには不幸な歴史もあったけども、「そんなことがあったのか。知らなかった」という体験を通して、身近な誰かのことが理解できるようになる、そんな世の中になればいいな、と思っています。

変な締めくくりですけど、とりあえず、こんなところで。