轆轤

社長の学生の頃の思い出話を、かなり脚色して twnovel にしてみました。タグ合わせて140文字簡潔のついのべを繋げたら1つの物語に。400字の原稿用紙にしたら40枚足らずの短編です。 登場人物:僕(若かりし頃の社長がモデル)お嬢(僕の女友達)彼女(サークル仲間)先輩(サークルの先輩)坊主(サークル仲間) 陶芸サークルに入部した僕。元祖草食男子の4年間の青春。 続きを読む
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轆轤76 #twnovel 「君はどうして湯呑ばっかり作ってるの?」先生はコップにビールを注ぎながら聞いた。「最初に作ったのが湯呑で…あれがかなり不細工だったんで」隣に座った彼女が微笑みながら頷いた。「解るわ。乗り越えたいのよね?湯呑を」彼女の揚々とした賛同に戸惑いながらも頷く。

2011-10-21 07:03:45
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轆轤77 #twnovel 「けど、どんなにマシなの作って持って帰っても親父は最初に作った不細工な湯呑しか使わないんだ。肉厚で乱暴に扱っても割れないからって」苦笑して言うと「素晴らしいね」先生は満足そうに笑った。「あはは。あ!折り入った話て…」話を変えようと僕から先に切り出した。

2011-10-21 07:03:56
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轆轤78 #twnovel 「実はね、僕と一緒に店を出さないかと思ってね。」彼女が瞬時に把握したのか目を輝かせた「店って先生…私たちの作品も売るってことですか?」「そうだよ。店って言っても工房の一部を改装して購買部にする感じかな。許可も取ってあるんだ。」先生は得意気に胸を張った。

2011-10-22 07:58:49
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轆轤79 #twnovel 「陶芸をやるにも何かとお金がかかるだろ?作品を買ってもらうことで少しでも還元出来れば、君たちも助かるだろ?」彼女は、店には反応したけれど購買部と云う規模には満足しない様子だった。「特に、君の湯呑は売れると思うよ」先生は、僕の目をジッと見て真顔で言った。

2011-10-22 07:59:00
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轆轤80 #twnovel ほんの3畳ほどのスペースの店を、部員みんなで手作りした。少し高値の先生の作品の横に、僕の何の変哲もない湯呑が安価で並べられた。近所の人にも立ち寄ってもらえるようにとチラシも手作りして配る。店番は持ち回りで当番制。僕は新しい試みに密かにワクワクしていた。

2011-10-23 11:17:45
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轆轤81 #twnovel 店を出したからってすぐに売れるものでもなかったけれど、僕は前より一層に轆轤を回すのが楽しくなった。闇雲に回すのじゃなく「これも誰かが手に取って使ってくれるかも知れない」と思うと気合いが違う。作業場から見渡せる位置に構えた店にお客が立ち止まると心躍った。

2011-10-23 11:17:55
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轆轤82 #twnovel 「あの…これ、頂けますか」女子が遠慮がちに声を掛けてくれた。「あ…はい!」作業を止めて立ち寄る。初めて売れたのは僕の湯呑だった。「ありがとう!これ僕が作りました…」思わず言ってしまう。「そうなんですか!手に取ったら欲しくなって」今までになく心が震えた。

2011-10-24 08:08:52
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轆轤83 #twnovel 夜、帰宅してからも、湯呑を買ってくれた女子がお茶を飲んだり使った湯呑を洗う姿を妄想してニヤけた。作ったものを使ってくれることがこんなに嬉しいことなんて思いもしなかった。上機嫌で届いていた郵便物の束を仕分ける。「…ん?」見慣れない桃色の封筒で手を止めた。

2011-10-24 08:08:59
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轆轤84 #twnovel 裏返すと…差出人はお嬢。蓋をした感情を掘り返されるようで心臓がビクついた。サークルを辞めてから大学も休学してると風の噂で聞いたきりだ。呼吸を整えてから恐る恐る封を開ける。湯呑に継いだ冷たい水を一口飲んでから床に座り、丁寧に折り畳まれた便箋の束を開いた。

2011-10-25 11:06:15
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轆轤85 #twnovel 君へ お元気ですか?もう随分ご無沙汰していますね。本当は逢ってお話したいのだけれど…今更逢わせる顔もなくこうしてお便りしています。今でも毎日のように君のことを思い出しています。一緒に観た映画や、どれも不味い定食屋、一緒に呑んだビール、大切な思い出です。

2011-10-25 11:06:21
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轆轤86 #twnovel 君と過ごした時間に、嘘偽りなかったことを伝えたいのです。私は確かに先輩が好きでした。だけど、君と一緒にいるときの私の方がたくさん笑っていたように思います…君と云う掛け替えのない友人をなくさないために、私は先輩のことを君に話すべきでした。後悔しています。

2011-10-26 08:23:44
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轆轤87 #twnovel 君に逢うとホッとして、君に触れられると落ち着いた。友人としての君をなくしたくないと願いながら、いつしか、全て取払って君に…私の全て奪い去って欲しいような、そんなことを願うときもありました。君の優しさに甘えていたのだと思います。本当に本当にゴメンなさい。

2011-10-26 08:23:51
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轆轤88 #twnovel あれから先輩にはきっぱりふられてしまいました。天罰です…お嬢の手紙には、休学して旅をした海外の話や英会話を少し身に付けた話などが綴られていた。お嬢の屈託ない笑顔が浮かんで涙が溢れた。今更…どうしろって…まだ、僕を掻き乱すお嬢のことを腹立たしくも感じた。

2011-10-27 15:09:39
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轆轤89 #twnovel 「売れ行きは上々みたいだね」先生は店を見渡しながら満足そうに微笑んだ。近所の人も出入りするようになって、売上げはゆっくりと伸びていた。なぜか僕の作った湯呑がダントツに売れた。彼女が付き合い程度に置いた純白の器は、少し値が張るせいかまだ売れていなかった。

2011-10-27 15:09:45
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轆轤90 #twnovel 彼女は興味なさげに益々製作に没頭していた。「これでいいんだよ。彼女は伸びる」先生は、工房の珈琲を啜りながら僕に言った。「訪れるお客は皆、彼女の作品にしばらく見惚れる。僕の作品を少し触る。それから君の作品を手に取って…買って行く」僕は「はぁ…」頭を掻く。

2011-10-28 07:09:18
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轆轤91 #twnovel 先生の云わんとすることが正直解らなくて、適当に相槌を打った。「原動力が違えば見えて来る目的地も違って来る。僕も…まだまだだな…」先生は苦笑いして工房を後にした。真剣な彼女の姿を眺める。今日も声をかけるのはやめておこう。彼女1人残った工房を、そっと出た。

2011-10-28 07:10:45
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轆轤92 #twnovel 僕の土は、ひたすら湯呑になって売れた。彼女の土は、コンクールの作品になった。工房で顔を合わせても、もう前の朗らかな彼女は消えていた。どこか、殺伐としたような孤高の空気が漂う。彼女の格好良さに見惚れて製作の手が止まるほど、その気迫が工房内に充満していた。

2011-10-29 10:33:58
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轆轤93 #twnovel 「少し休憩したら?」固くなった窓を少し開けると、冷たい風がすっと熱気を冷ました。温かい珈琲を2杯入れて1杯を彼女の横にそっと置く。「ありがと」久しぶりに彼女が笑った。「それもコンクールに?」彼女は次々に学生コンクールに出品していた。「…上手くいけばね」

2011-10-29 10:34:37
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轆轤94 #twnovel 「君はコンクールには興味ないの?」会話を探るように彼女が聞いた。「僕の作品は安価だし近所の人たちには売れるけど、コンクールで評価されるようなもんじゃない。…先生はつまりそう言いたいんじゃないかな」珈琲を啜った。「そっか」彼女はそれ以上何も言わなかった。

2011-10-30 13:40:33
min @37a_

轆轤95 #twnovel 「君は、作品が焼き上がったときまず何を思う?」珈琲カップを両手で包みながら彼女は唐突に聞いた。「何って?」「私は…そう…たくさんの人に見せたい!とか」「そうなんだ…」僕はハッとする。いつも、お嬢が真っ先に浮かんでいた。まず、お嬢に見せたいと思っていた。

2011-10-30 13:40:40
min @37a_

轆轤96 #twnovel 「僕は…大切な人の顔が浮かぶかな」ハッキリとお嬢を思い浮かべていた。「…お嬢ね」図星過ぎて何も答えられない。彼女は、なぜか全てを知ってるようだった。噂と云うものはどこからでも巡る。「君は、お嬢にちゃんと気持ちを伝えたの?」僕は小さく唸って力なく笑った。

2011-10-31 07:37:32
min @37a_

轆轤97 #twnovel ちゃんと気持ちを…そんなの言わなくたってとっくに伝わってるに違いない。だからこそお嬢はあの時…僕に何度も「ゴメンなさい」と言ったんだ。「だって…お嬢は先輩のことを…」どうしようもないじゃないか。「君の気持ちが大切なのよ。先輩は関係ない」彼女は微笑んだ。

2011-10-31 07:49:55
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轆轤98 #twnovel 誰かに関わって歪むのが怖かった。僕は、坊主の誘いも断ってただ轆轤を回した。だけど、轆轤を通して作品が売れて、誰かに関わる度に心は喜んでいた。本当は求めているんだ。僕は歪むことを心のどこかで期待してる。期待してまた否定してる。作業台から…轆轤を片付けた。

2011-11-01 10:42:00
min @37a_

轆轤99 #twnovel 陶芸を始めて3度目の春が過ぎようとしていた。僕は1から熱心に土を捏ねた。土の上に歪まずに浮かんだ菊の花のような筋に苦笑い。指の型をならしながら形を作ってく。細い指を思い出して程よく歪ませてみる。「お先に」肩越しに彼女が小さく言い、工房を先に出て行った。

2011-11-01 10:42:04
min @37a_

轆轤100 #twnovel 作品が焼き上がったとき、心配してた単位が無事とれたとき、目玉焼きが上手く出来たとき、投げたゴミがゴミ箱に命中したとき…僕は、心が踊るときには必ず…お嬢を思い出していた。くだらないことでも「すごい!」そう言って一緒に喜んで笑ってくれる姿を想像していた。

2011-11-02 12:03:43
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