不安の否認 → 自己正当化

「消費者」を蔑視して「生産者であること」を賛美する意見を見かけて、やや違和感を感じたため、綴ったツイート群です。 ブログでの該当記事は以下。 http://ryotatakimoto.blog.fc2.com/blog-entry-464.html
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りょ @yumeyabou

これですな。「成功」なんて言葉に囚われるから、書店で平積みになってる『成功するための…』なんちゃらちゃん、のテンプレに収まって終了する。 RT @Einstein_ja: 成功者になろうとするのではなく、むしろ価値のある人になろうとしなさい。

2011-09-13 12:22:48
りょ @yumeyabou

消費者がいるから生産者が立っていられる。「消費」が、そのまま悪なんてことは無い。そもそも生きること自体、世界と自分を消費する活動だし。生産活動でさえまず消費から始まって、生産することで消費(需要)はさらに巨大化する。それを悪というなら、この世は悪そのもの…。(←ジコ坊風)

2011-09-13 13:46:29
りょ @yumeyabou

起業家志向に対しても、同様のことが言える。多くが「起業すること=素晴らしいこと」に留まらず、「ただ労働者として生きること=あってはならないこと」という思考をしている人が多い。労働者として愚直に生きている人達が支えているから「経営者」が成立して、「経営」という消費活動が出来るのに。

2011-09-13 13:55:29
りょ @yumeyabou

企業(経営)は自分が特化した事業分野で何かを生み出すと同時に、生み出すものと同じだけのものを消費しています。設備だったり資源だったり労働力だったり。さながら、他の動植物の命を戴きながら生き長らえてる個人のように。だのに、「起業家」を自認する方々は、「生産」にのみ目を向けがち。

2011-09-13 13:59:03
りょ @yumeyabou

起業(経営)の側に立つか労働(雇用)の側に立つかは、適性や志向やタイミングの問題であって、「どちらが正しい」などという排他的思考は無意味どころか、有害でしかない。それこそ狭量というものです。

2011-09-13 14:03:49
りょ @yumeyabou

労働層の軽視は起業家だけでなく、経営層一般によく見られることですが。経営の神様はじめ、古典と呼ばれる名著を残した方々は…推奨こそすれ、労働(者)を軽んじるは決して無かったのではなかろうか(全部読んでなんかいませんけど)

2011-09-13 14:08:30
りょ @yumeyabou

あとは、私のようなニートやフリーターの立場からも、労働層の方々を『社畜(会社に飼い馴らされてる)』などと揶揄する向きがありますが…それこそ、一体何様?ですよね。

2011-09-13 14:13:08
りょ @yumeyabou

起業志向者が陥りやすい労働軽視も、ニートによる社畜批判も、会社員による実業家やニート批判も…ひとえに、『不安な今の自分を正当化したい』からですよね。他を責めるのは、現状に不安を覚えている時の顕著な症状。「だから自分の今の選択は正しい」と思い込むための、大事な確認作業。

2011-09-13 14:18:32
りょ @yumeyabou

(色々書きたくなった時に限ってtwitterにアクセス出来なくなる、魔の作業環境…(-_-;))

2011-09-13 14:38:04
りょ @yumeyabou

だから、堅実に生きてきたお父様は子供が不登校になったり引きこもりになったりすると、「それで人生がやっていけるはずがない」となる。自分が選択しなかった人生が成立してしまうことが、自分を否定されること…と捉えてしまう。(もちろん、その他様々な要因は絡みますが。)

2011-09-13 14:47:51
りょ @yumeyabou

そこには、以前呟いた「投影の機制(シャドウ)」も多分影響します。「心の奥底で、自分もそうしたいと思いながらも出来なかった選択」を別の誰かがしていて、それが成立してしまっている時は、過剰に貶めるか、過剰に礼讃することで、その道を選ばなかった自分を正当化しようとしてしまう。

2011-09-13 14:51:53
りょ @yumeyabou

自己防衛による他責のいけないところは、まず何よりも、自分のエネルギーや時間を(怒りや批判といった)無益な道に費やしてしまうこと。次に、自分と違う生き方をしてる人&同じ生き方をしてる人、全てに向ける目が歪んでしまい(選択的認知)、予め自分が望んだ経験や教訓しか得られなくなること。

2011-09-13 15:00:44
りょ @yumeyabou

勉強会や交流会や懇親会と銘打った、起業家同士の集まりに出かけて何かをした気になったり、残業後の居酒屋で会社の愚痴をこぼしながら行動はしなかったり、インターネット掲示板で同族と群れたり、人格攻撃的な批判をしたり…どれも自己防衛に紐づいてて、時間もお金もエネルギーもそこに費やされる。

2011-09-13 15:05:23
りょ @yumeyabou

そんな勿体無いことをしないためには、やっぱり「不安だ!」「果たして自分はこれでいいんだろうか」「どうしたらいいんだろうか!」と、まず口にすることでは。そうすることで『不安な自分』が肯定されるので、他責なんて疲れることをしてまで、自己正当化を図る必要が無くなります。

2011-09-13 15:08:41
りょ @yumeyabou

結論としては…「生産vs消費/経営vs雇用/成功vs失敗/正当vs不当/正義vs悪」のような二元論の後ろには、多くの場合、当事者による正当化or自虐といった自己防衛が紛れ込んでいるので…要チェックや!というお話でした。「どちらかがどうだ」なんて議論は、意味ない。

2011-09-13 15:21:27
りょ @yumeyabou

「まさにこのことだ」という名言が、ベストタイミングでTLに飛び込んできたので、引用させて頂きます。自分の過去の道に留まらず、他人の道もあまねく肯定できる。QT together_meigen: 現在地を肯定できていれば、過去に通ってきたすべての道を肯定できると思う。(乙武洋匡)

2011-09-13 15:27:28
りょ @yumeyabou

だからこそ自己肯定感は非常な武器になりうる、と思うのでありました。

2011-09-13 15:31:50
りょ @yumeyabou

私たちはいつも…迷走総理もぶちあげ総理も泥沼総理も失言大臣も暴言記者も…ひたすらに攻撃対象を探すばかり。全ては「私は現状を認めていない」→「現状を招いたのは自分ではない」という正当化のため。自己防衛は本当にロクなことになりません。

2011-09-13 20:59:05