ドラゴンのトゲ抜き

うゆま[=ω=]豆腐卿 @uyumakusa

とある王国の領内に、10年怒り続けて暴れるドラゴンがいる。民に被害が出るとして王より命じられて、それを退治にしに向かったが数々の騎士や冒険者など名だたる英雄は力及ばず倒されたり逃げ帰ったりと散々な結果であった。とかく怒りに我を忘れるくらいに大暴れするから手に負えないというのだ。

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あまりにも恐れられてしまってからは誰もが退治に行かなくなり、ドラゴンがあまり領内を荒らさぬようにい祈るだけの日々が続くようになる。そこへ高名なドラゴン狩人がやって来て私が退治しましょうと申し出た時は国中が大喝采、大喜びでその者に希望を託し大層にもてなした。今度こそ人々は期待した。

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だが結果はあまりにも酷かった。狩人は詐欺師が化けていたニセモノであった。必要経費として多額の前報酬と支給した必要な物資は丸々持ち逃げされる結果となった。これには王が怒り狂い、探し出してドラゴンの餌にしてやると悪魔も逃げ出す形相で自ら領内を馬に乗り探し回った。そして落馬して大怪我。

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王は怪我の為に動けず、もはや気力をすっかり失っていた。国の民も暴れ怒るドラゴンがいつか己の所へやってきて蹂躙するのではと恐れる事しか出来なかった。だがそんな暗い日々を送る国に、一人の呑気な旅人がやってきた。国の様子を見て何事かと尋ねて回り、原因を聞いて王の下へとやって来たのだ。

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旅人は王に言った。ドラゴンを何とかすれば美味い飯を食わせてくれるか、と。王はお前如き旅人風情が何とか出来る物ではないと思ったが、どうせ誰にも出来ぬならばやらせても同じと半ば自暴自棄でたらふく食わせてやるし、望むなら王の地位もやろうと言ったのだ。旅人はそれに大層喜び早速準備に。

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旅人はまず昔話を語る老人から兎に角ドラゴンの話を聞いて回った。そしてドラゴンに関する知識を持つ専門家や学者にも話を聞いて回った。またドラゴンを退治しようとして逃げ帰った者達にもその時のドラゴンの様子を兎に角念入りに細やかに聞いて回った。そのうち旅人は鍛冶職人にある注文をしたのだ。

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なんと出来上がったのは巨人が使うのではないかと言うほどの巨大な棘抜きであった。しかも貴重な武具に使われる、ドラゴンの炎さえ耐えるという竜鱗鋼をたっぷりとコーティングしたものだ。あまりの滑稽なシロモノに人々はゲラゲラと笑い出した。王も話を聞いて呆れどうでもよくなり笑うようになった。

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だが旅人はこれはドラゴンをどうにかする為にとても大事な物だと真面目に返すのだからますます人々は面白くなって更に笑う。またドラゴンの元に行く人手を募集したが、揃ったのは歌声と耳だけは優秀な吟遊詩人、戦いはからっきしで力だけが自慢の大男、石つぶてを投げるだけは百発命中の小人であった。

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旅人は同時に国中の痛み止め薬を買い漁り錬金術師に凝縮して拳大まで煮詰めて三つほどの塊にさせた。人々はドラゴンにやられた時の最後の慰めに使うのだろうと彼等の末路を大層哀れんだ。しかし旅人と三人は奇妙な棘抜きと塊が揃うと、これで全て準備万端意気揚々とドラゴンの元へ出発して行った。

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どうせまた大怪我人か墓の墓石が増えるだけだと人々は期待どころか諦めの心境で彼等を見送った。王もまたそうだった。しかし一日、二日、三日…と過ぎた時、多少はボロボロだが無事五体満足で彼等は帰ってきたのである。しかもドラゴンの怒りは鎮められた、もう暴れはしないと、四人は笑って言った。

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瞬く間に彼らの話は王国内を駆け巡った。そしてその真偽を確かめるべく王の兵や騎士達がドラゴンを探索させたが、あれほど近付かなくとも聞こえるほど怒り狂っていたドラゴンがどこにも見当たらない。一体どういう事か皆訳が分からず混乱した。だが確かにもうあのドラゴンはどこにもいなかったのだ。

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王は彼等と会って話を聞いた。旅人はまずドラゴンを怒らせていた原因を火傷だらけの手の平にのせて見せた。それは腐った肉と血に汚れ錆が浮き、また強い力で歪んで一部溶けてはいたが、鋭く返しがついた大きい鏃であった。これがドラゴンの口の中に深く突き刺さっていたのですと旅人は語った。

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ドラゴンがそれを引き抜かれた後は嘘のように静かになり落ち着きだした。無闇に暴れる事も怒る事も無く、四人を暫く見つめた後は大空へ舞い、どこかへと飛び去ったのだと吟遊詩人が朗々と歌い出す。王は一体何故原因が分かったと問うた。旅人は昔話を聞いて回った時にそれが分かったと話し出した。

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昔話で老人達が語るのは十年より前以上の話。勇猛果敢な若き青年が山を牛耳る欲深きドラゴンを退治したという物語。王国の子供なら誰もが一度は憧れるお話だ。その青年は重い武具ではなく大きな弓と特別な矢のみの軽装でドラゴンに挑んだのだ。そしてドラゴンが炎の吐息を放つ瞬間に口に撃ち込んだ。

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ドラゴンは口の中を深く貫かれて引き抜こうにも棘だらけの返しが付いた鏃で更に無防備な舌や喉まで怪我をしてしまう。初めて味わうどうしようもない痛みに耐えかねて暴れ回るも、飛ぼうにも上手くいかず終いは山から転げ落ちていったと言うのだ。山は解放され近隣の人々から青年は感謝されたという。

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王は一旦沈黙した後、更に尋ねた。まずあのドラゴンに如何様にして近付いたと。すると吟遊詩人がとても優しい歌、興味を惹かせつつもしばし苦痛を僅かにだが忘れさせるそれを披露する。その効果は王はまさに身を持って理解する、落馬して以来、腰の痛みが続いていたが歌を聞いている間は和らいだのだ。

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小人が語り出す。この歌でドラゴンをまず怒りから少しでも解放して、暴れさせる事を一瞬でも忘れさせたと。常に長い事、起きている間はどうしようもない苦痛に怒り続けて狂っていたドラゴンにとっては久方ぶりの平穏であっただろう。その僅かな隙こそが旅人が解決の糸口として欲していたタイミングだ。

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詩人の姿を見つけて己を傷付けた人間の姿を見て再び痛みと怒りを思い出し始め、大きな口を開けた。だが歌のせいでいつもよりは、僅かな時間ではあるがそれはとても緩慢で、赤子が不思議なものを見つけた時のような反応に近かった。だから中途半端に開いた口を観察する猶予が出来た。そして見つけた。

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旅人は口奥深くから漂う腐臭と止まらぬ血を見て確信した。同時に小人の出番となる。狙いを定め、痛み止めの塊を一つ二つ三つと一瞬の早業で、一つも狙い外さず誤らず口の傷口と喉奥に叩きつけた。かなりの量の痛み止めを煮詰めて作ったものだ、効果はドラゴンにも届いた。口の中の感覚が瞬時に消える。

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不可思議な感覚にドラゴンは怒りよりも戸惑いが勝り混乱した。開いた口が動いているのかさえ自分では分からないほど感覚が失せてしまっていた。そこへ旅人と大男があの巨大な棘抜きを抱えてその口へ乗り込んだのだ。判断を間違えれば口の牙で容易く千切られてしまう恐怖、無慈悲な炎で焼かれる恐怖。

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だが旅人は口が閉まらないようドラゴンの骨格と筋肉の動きを専門家や学者から聞いていた通りに、押さえるべき要点を全身で押さえた。ドラゴンはますます困惑する。人がわざわざ口に飛び込むなど理解出来るはずも無い。そしていとも容易く動きをこうも制限されるのかも。その隙を大男は逃さなかった。

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巨大な棘抜きを大男が全身を掌指として見事に使いこなす。どす黒く不快なほどに腐臭と体液を流し続ける原因を見据えて、特別製の刺抜きを突っ込んで引っ掛けて、唯一の自慢である力を全力で使い、一気に引き抜きにかかる。手の空いた小人が微力ながらそれに加わる。失敗すれば全員ドラゴンの餌だ。