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「む…むっ…見事だ…」 うめきながら崩れ落ちる森番を、たおやな寝具は赤金の髪をざわめかせつつ見下ろす。 「ぐ…さて…また少し昼寝でも…しようと思うが…?」 痛みをこらえながら、斑の男が手招きをすると、透き通った女は真紅の双眸を丸くしたが、ややあって降参したように寄り添う。
2022-12-30 23:14:18![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「やはり…これが一番寝心地がよい…」 やわらかくなめらかな肌に頬ずりをしながら無限に適当なことを言う妖精の丈夫に、宝玉の乙女はおとなしく接吻を与える。 「ふむ…む…甘い」
2022-12-30 23:16:48![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
磁器の都の蘇った庭園で、ヴォルントゥーリルは飽かずエイコニーエを抱いてまどろんだ。 時折寝具は雲雀や栗鼠のかたちに変化して主人の腕から抜け出して野葡萄や藪苺を咥えて戻り、親鳥が雛にするように口移しで与えた。
2022-12-30 23:19:41![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
はたまた森番が不意に置き上がり、珠の娘を抱えて切嵌(モザイク)で覆われた池へと飛び込んでしばし戯れ、また水辺に上がると晴れることない霧の空を仰いでとろとろと昼寝することもあった。
2022-12-30 23:22:35![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
青年はいつも満ち足りたようすで、乙女の右臀に刻んだ頭文字を指でなぞり、所有と支配の証を確かめた。 つど寝具はあえかに啼き、主人にしがみついて、愛憐と執着と煩悩にがんじがらめになった結晶の肢体をわななかせるのだった。
2022-12-30 23:25:20![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
硬きは軟らかく、剛きは脆くなった。 竜の炎の内側を焼かれ、死の淵の間近にあった男の霊気と肉の器は、霧の国にあって次第に癒え、以前にも増して壮健になってゆき、一方で不壊の岩であったはずの女はますますか弱く感じやすく弄ぶにたやすく、柔和になっていった。
2022-12-30 23:29:32![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
エイコニーエは心身の移ろいを受け容れた。そう選んだのだから。魔女の問いに答えて。ヴォルントゥーリルを生かす代わり、悪縁にさだめをゆだねるのを。 思い描いた苦しみのない終わりとは違っても。
2022-12-30 23:35:04![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
白金斑の丈夫の腕(かいな)に捕われた、透き通った肌の乙女は、真紅の睫を伏せて、伴侶の寝息を子守歌がわりに、まどろみに沈んだ。 少なくとも、生まれ変わる前、孤独な人の子であったころには味わうことのなかった穏やかな眠りに。
2022-12-30 23:38:09![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
夢の中でエイコは別の男の膝にいた。 黒鉄の鱗を帯びた巨漢。鋼線のような太い髪の間からねじれた角が伸び、雷と火花をまといつかせている。両の眼は縦に細い瞳孔を持ち、つり上がった唇の間からは牙が覗く。
2022-12-30 23:41:41![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
ぞっとして身をもぎはなそうとしたが、玻璃でできた西瓜のような胸鞠を鉤爪の生えた手指が掴んで捩り上げ、苦痛とともに動きを封じる。 “まだ躾が足りぬか。后よ” 半人半竜の雄はそう嗤うと、色とりどりの卵がぎっしり詰まっているのが透けて見える雌の腹をなぜた。
2022-12-30 23:46:43![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
"夢の通い路はまた開いた…しかして、そなたはいっそう…彫り直すにたやすくなった" 長虫の王は、伴侶の結晶の太腿の付け根に打擲を加え、やっと膝から降りるのを許すと、四つ足で這わせ、腰を掲げさせた。 エイコニーエは夢の中で望まぬ命令にすべて諾々として従った。
2022-12-30 23:53:58![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
夢に見ているのは未来。 森羅万象の歌を蓄えた凝星石を我がものとした黒鉄の竜が無双の覇者となり、天空の島に帰還すると、財宝を奪い取ろうとする血族をことごとく食い殺し、さらに下界の巨人や妖精や小人や海の民や、定命の人間まで牙爪にかけようとしている時代だった。
2022-12-30 23:59:40![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
宝玉の乙女は暴虐を思いとどまらせるため、妖精への忠誠に背いて、翼ある蛇の番となり、欲するだけの卵を産み続けると誓った。 そうして打擲ひとつで仕込まれた通りの姿勢をとるまでになったのだ。 従順に突き出した結晶の尻朶を、炎の息吹が炙り、浮かび上がる妖精文字の刻印を焼き潰す。
2022-12-31 00:06:25![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
剣をしのぐ鋭さを備えた鉤爪が、溶け痕に新たな印を上書きする。随喜と苦悶にあえぎながら、エイコニーエは黄金の褥をかきむしった。 "もう霧がくれのこっぱにも邪魔はさせぬ…さて何をして楽しむか。また宝石箱の代わりに緑柱石や金剛石を詰めるか…胎の卵をかばいつつ我が上で踊るのを眺めるか"
2022-12-31 00:11:04![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
這って少しでも遠ざかろうとする后の透き通った首に、黒鉄の鱗の生えた尾が巻き付いて締め上げる。 "どこへゆく。離さぬぞ。そなたがこの夢にあるがごとく、現(うつつ)でも我が財宝となるまで。百年、千年…万年…竜にも宝玉にもさしたる長さではあるまい…さあ"
2022-12-31 00:15:39![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
長虫は獲物に襲い掛かり爪を立て牙を食い込ませ、尾を巻きつかせ、翼を叩き付け、息吹で焦がし、思うさま蹂躙した。腹の卵をいたわるそぶりもなく。 蛇の執拗さで。
2022-12-31 00:17:41![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
終わりがない。妖精の憩いと同じく、竜の荒らしにも。たとえ夢であろうと。 エイコニーエは以前の如く悪夢から逃れる術を探し、だが右臀にまた印が刻み直される痛みと快さに、もはや叶わぬと思い知り慄然となった。 そうして硬きが軟らかく、剛きが脆くなった今は、最初の百年さえ耐えられないのも。
2022-12-31 00:21:17![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
"醒めたいか?" 雄が耳元でささやくと、雌は咽びながらいやいやをするように首を振る。 "ならば呼べ。我が名を…それだけが唯一の道だ"
2022-12-31 00:22:23![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
宝玉の乙女は抗おうとし、乳房と尻朶を同時に鉤爪に鷲掴まれねじられてまた嬌声の混じった悲鳴を迸らせた。 こらえることができない。もう不壊の岩ではない。心も体も。揉まれ捏ねられ千切らればらばらになってしまう。
2022-12-31 00:25:20![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
宝玉の乙女が眠りから抜け出してまぶたを開くと、はしばみ色の双眸がじっと覗き込んでいた。 「ふむ…うなされていたようだが?」 ヴォルンの問いかけに、エイコは歌い返そうとし、ずきりと右臀に疼きを覚え、ややあって最初に考えていたのと別の曲を紡いだ。 子守歌。魔女が教えてくれた妖精の歌。
2022-12-31 00:30:48![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ふむ…いや…今は寝たくな…」 柄にもなく先に目を覚ましていた主人を、再び深い深い眠りへといざなうと、寝具はそっと緑の褥を出て、磁器の都の大道へと駆けていった。 いつ皮膜の翅の羽搏きが聞こえるかと怖れながら、次第に速さを増し、やがて赤金の冠毛と透き通った翼のある鷹へと変化すると
2022-12-31 00:33:42![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
一度も休まずに、霧の国の領土の半ばを矢のように過り、九人の乙女の門から遠浅の海へ出て、さらに飛んで飛んで、枯死した森を超えて、とうとう霞がかる帳の外へと。
2022-12-31 00:36:25