転生したら岩だったので話は終わりだ(3)

DASEI
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帽子男 @alkali_acid

月明りの射す草原にゆきつくと、再び乙女に戻る。 ずきずきと右の腰の付け根を疼かせながら、しばし歩き、震える指で痛みと快さの源を探ると、妖精の所有の印の上にかぶさるように、かすかに鉤爪の痕がある。いまはまだ訪れていない未来が、次第に近づきつつある証のように。

2022-12-31 00:39:15
帽子男 @alkali_acid

そろえた足を落として正座になると、拳を膝に置き、鋼玉よりも固い歯をかちかちと鳴らしながらうつむいて待つ。 やがて恐れて、あるいは待ち望んでいた羽搏きの音が聞こえてくる。 黒鉄の竜が舞い降りる。夢で見たよりずっと小さく、巻き起こす風も弱い。

2022-12-31 00:43:10
帽子男 @alkali_acid

まだ同族を食い殺し無双の覇者となる前なのだから当然だ。 「手間をかけさせたな。我が后よ」 長虫はそうなじりながら、翼を畳み、そうして半ば人に近いかたちへと変化した。術が完全ではないのか、大きさは九尺もあり、鱗や牙や爪や角や翼や尾は消せていないが。

2022-12-31 00:45:52
帽子男 @alkali_acid

「夢の通い路を塞ぐとは小癪な…だがよい。これで現にも儂の財宝となる」 鉤爪のある指が伸びて、エイコニーエの顎を掴み、持ち上げる。 「硬きは軟らかく、剛きは脆くなった。儂がためにな」

2022-12-31 00:49:07
帽子男 @alkali_acid

「誓え…我が臥所を飾る宝玉として、我が絡み尾としてとこしえに卵を産み続けると」 ラングカラスが命じると、珠の娘は艶やかな唇を開き、夢で起きる通りに、服従の言葉をかたちづくろうとした。 「卵。なるほど」 が、空気を読まない声が割って入った。

2022-12-31 00:52:28
帽子男 @alkali_acid

白金斑の青年が、いつの間にか草原のただなかに立っている。黒鱗有翼の巨漢はいまいましげにねめつけた。 「霧がくれのこっぱか。今度は灰も残らぬよう消し去ってくれようぞ」 「待て。卵。岩に卵というのは思いつかぬでな。ふむ。面白い。刀自殿には振られたが寝具の増やしようは確かに他にもある」

2022-12-31 00:55:51
帽子男 @alkali_acid

竜人がかっとあぎとを開くと、妖精は慌てず騒がず寝具の名を呼んだ。 「エイコニーエ」 たちまち宝玉の乙女は赤金の柄と結晶の刃を持つ長剣となって所有主の手に収まった。

2022-12-31 00:57:03
帽子男 @alkali_acid

「名をエイコニーエと言うのか。気に入った。来いエイコニーエ。石榑のそなたを先に拾ったのは儂ぞ」 長虫の化身が高らかに呼ばうと、森番は得物をひと振りして、たおやめのかたちに戻し、右臀に刻んだ文字を見せつけるようにしながら深々と接吻をしてみせた。 「いや…エイコニーエは我が寝具故」

2022-12-31 00:59:55
帽子男 @alkali_acid

「こっぱめが!!」 今度こそ竜人が業火を噴き出すと、妖精はまた乙女を長剣に戻し、横薙ぎに振るって、歌いながら炎の渦を斬り裂いた。

2022-12-31 01:01:11
帽子男 @alkali_acid

「おのれ!!エイコニーエ!!来たれ!儂のもとへ!」 「はは。貴公ちと頭がおかしいな」 ヴォルントゥーリルは、こいつにだけは絶対に言われたくないという極めつけの侮辱をのんびり口にすると、また歌いながらエイコニーエを振るい、ラングカラスの翼の起こす烈風と吐き付ける業火を寸断した。

2022-12-31 01:04:27
帽子男 @alkali_acid

「こざかしい!」 ついにまったき黒鉄の竜の本性をあらわしたラングカラスが高く舞い上がって、火球を雨霰と降らせるのを、ヴォルントゥーリルはことごとく切り捨て、鍔元に接吻すると、また愛しげに伴侶の名を呼ぶ。 「エイコニーエ」

2022-12-31 01:07:58
帽子男 @alkali_acid

刹那、剣が消えて透き通った宝玉の雌竜があらわれ、妖精を背に載せて飛翔すると、黒鉄の雄竜に迫った。 「おお…その翼は…儂の…」 「いや、我が寝具だ」 妖精は宝玉の背から黒鉄の鼻先へひらりと飛び移ると、ふところから小さな鑿(のみ)を一本取り出し、勢いよく打ち込んだ。

2022-12-31 01:10:51
帽子男 @alkali_acid

天地を震わす絶叫を迸らせて、黒鉄の長虫は虚空で錐揉みすると、まっさかさまに地上へ堕ちていった。逆さ向きの竜巻のようにもがく巨躯から、まるで血を吸い飽きた蚤のように妖精はぴょんと飛び出すと、ぎりぎりそばを滑空してきた宝玉の雌竜が器用に襟首を咥えとる。

2022-12-31 01:13:47
帽子男 @alkali_acid

ラングカラスは草原を掘り返しながら横向き、縦向きに転がり、恥辱と憤怒のあまり青みがかった炎を天へ噴き出しながら、やっと態勢を立て直した。 「おのれ…おのれ…妖精ふぜいが…わずかとはいえ…我が鱗に傷をつけるとは」 「たいがいのことは放っておくが貴公はちと我が寝具につきまといすぎる」

2022-12-31 01:17:42
帽子男 @alkali_acid

白金斑の男は、宝玉の竜に加えられたまま、珍しくうんざりした口調でそう述べると、魔女の呪文を誦えた。 たちまち竜の鼻の傷口に植え込まれた宿木の種が芽吹き、みるみる黒鉄の巨躯の全体に根を張り、枝を伸ばし、葉を生い茂らせ、万物の霊長を草原に縫い留めた。

2022-12-31 01:20:31
帽子男 @alkali_acid

「しばらくそこで木に抱かれる岩の気分でも味わっているとよい」 宝玉の雌竜は、また乙女のかたちをとると、妖精の森番を窺い見、それから尋ねた。 「…どうやって」 「うむ。よい声だ。そうして話しかけてもらえたのが刀自殿の次とは残念だが」

2022-12-31 01:23:49
帽子男 @alkali_acid

ヴォルントゥーリルはまったくもって無遠慮にエイコニーエを抱きしめ、頬ずりをしてから、遅れて問いに答える。 「なんとなく寝つきが悪くて」 「寝つき…」

2022-12-31 01:27:11
帽子男 @alkali_acid

「寝具がないとやはりいささか…それで探している間に、霧の歩き方を少し思い出してな。近道をした。ついでに途中で宿木の種をとってきた。枯木の森では育たぬようだが、ここや…磁器の都なら芽吹くやもと思ってな…ふーむ」

2022-12-31 01:28:33
帽子男 @alkali_acid

ヴォルンはあらためてしげしげとエイコを眺めてから、相好を崩した。 「…何…でしょう」 「我が寝具が魔女にとってゆかれぬでよかった」 そんなことを心配していたらしい。

2022-12-31 01:31:07
帽子男 @alkali_acid

「わ、わたし…霧に入ってから…何度も…竜の…夢を見て…だんだん逆らうのが…難しくなって…でも…あなたを…焼かれたくなかったから…」 「ふむ…器用な竜よな…おお、それに卵…」

2022-12-31 01:33:40
帽子男 @alkali_acid

妖精の丈夫はまたしても一切遠慮というものをせずに宝玉の乙女の腹を撫でた。 「う?う?」 「寝具が増やせるかもしれぬ」 え。何言ってんだこいつ最悪だな。

2022-12-31 01:36:05
帽子男 @alkali_acid

だいたい岩が卵産んだり増えたりするはずないだろ。 とかそういうことを思わなくもなかったが、ラングカラスに見せられた夢がまるきりまやかしだったのか、真に起こり得たのかは、エイコニーエにも判然としなかった。 悪縁にからめとられ、硬きが軟らかく剛きが脆くなった今となっては。

2022-12-31 01:38:46
帽子男 @alkali_acid

かつて遭った女神がかくなると見越して一切を差配したのどうか。もはや図り難いが、とにかく結末が想像と違っても、取り消しもやり直しもきかない。 新たな暮らしでも、宝玉として、いや単に土地の標となる古い巌(いわお)としてさえもすでに、不死の森番の所有に属すさだめを選んでしまった。

2022-12-31 01:45:43
帽子男 @alkali_acid

つまりはそもそも始まりしてそう。 転生したら岩だったので終わりだ。 OWARI。

2022-12-31 01:47:44
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