秦の始皇帝はアレクサンドロス大王にそっくりの模倣者だった!?神話研究の最先端の論文に当惑も?

誤解された秦の歴史
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原田 実 @gishigaku

@fushunia この発想、異説・奇説の世界では珍しいものではなくて、バクトリアのセレウコス朝ディオドトス1世について鹿島曻は中国史で秦始皇帝と記された王とみなし、ヤナジット・パール(及びパール説の翻訳・紹介者の佐藤任)はアショーカ王と同一人物とみなしている。

2023-06-19 16:12:16
アキモフ @txV1gRQRNIggZNx

@fushunia そもそも政は一回も親征はしてないのでは?六国併呑の戦どころか某デカ摩羅や成某の反乱討伐さえも。

2023-06-19 17:13:13
アキモフ @txV1gRQRNIggZNx

@fushunia アレキは良くも悪くも指揮官先頭の人でヒュダスペス河畔や中央アジア方面ではあわや死にかけてるし。

2023-06-19 17:16:29
岡沢 秋(maat) @Aki_Okazawa

始皇帝がアレキサンドロスに憧れたかどうかはアレだけど、兵馬俑はギリシャ彫刻を元にデザインされた説は見たことあるから、多分なんか「中国文明は単独じゃないもん」的なのがあるんだと思う bbc.com/japanese/37628…

2023-06-19 20:49:52
Af @Sz73B

アレクサンドロス3世と始皇帝が似てるかというよりは、キュロスの方がアレクサンドロス3世も意識してたんじゃないの。何せ不安定ですぐ崩壊したアッシリア帝国を除けば最初の長期間安定した世界帝国の建設者だ。

2023-06-19 23:04:45
巫俊(ふしゅん) @fushunia

日本での「秦の始皇帝」とそれ以外の戦国歴代の秦王・楚王などの知名度の違いって、実は戦国時代凄いことあったよね。あの人がさ、この人がさ…「いや、徳川家光しか知らないです…」って世界だと思ってて、徳川家康を例に出せないのは、織田信長にあたる凄い秦王が始皇帝の曾祖父だったからです。

2023-06-20 01:28:40
巫俊(ふしゅん) @fushunia

最終的に島原の乱を平定して天下一統と戦国の世の終焉を知らしめた「徳川家光」とそれ以外って感じの違いですけど、「織田信長知らないの?えっ?」ってなる世界の話です。TV番組も歴史本も秦の始皇帝なら製作許可が出るから、こんなことになってしまったのでしょうか?(家康だと信長と世代近すぎます)

2023-06-20 01:32:06
巫俊(ふしゅん) @fushunia

しかも秦の始皇帝って、 「最初の皇帝なんだよね?」 「そう、それ以前に皇帝って言葉は無かった。」 「しかも自分で皇帝って名前を考えて名付けたんだよ」 って信じられてますが、皇帝って言葉が書かれた最古の記述は「西周時代の青銅器銘文」でして、始皇帝より500年以上前の時代に遡ります。

2023-06-20 01:50:29
巫俊(ふしゅん) @fushunia

ただ、その西周時代の「皇帝」というのは、実在した人物を指して呼んだ言葉では無くて、当時の「神」の名前でした。「帝」「上帝」などは天上の神を呼ぶのに使う言葉でしたが、その中に「皇帝」もあったのですけど、それは忘れられるか、始皇帝以来の皇帝制度とは別のものだとして説明を省かれがちです

2023-06-20 01:56:54
巫俊(ふしゅん) @fushunia

この「皇帝」に似てる言葉が「アップル」だと思ってまして、世界を変えた米国の企業「アップル」の創業者が普通名詞のリンゴを別の次元の言葉に変えてしまったように、元は「輝く帝」の意味の言葉を、「三皇」と「五帝」の功績をはるかに超えるものだとして、自ら言葉を取り出して選んで見せた訳でした

2023-06-20 02:29:16
kizitora @anyatoraneko

@fushunia 戦国時代の極めて限られた時期ですが、秦が西帝、斉が東帝を名乗ったはずです。「皇帝」とは微妙に違うのでしょうか?

2023-06-20 02:29:31
巫俊(ふしゅん) @fushunia

@anyatoraneko 王に変わる称号としてその「帝」があったのですが、その西帝・東帝などの構想は一過性のもので終わってしまったので、よほど詳しい人じゃないと話さない言葉になってしまいました。勿論、中国の知識人は知ってたでしょうが、専門が違う時代の研究者が書いた皇帝の歴史の本とかには出てこなかったりして

2023-06-20 02:34:51
巫俊(ふしゅん) @fushunia

@anyatoraneko 一般にはあまり知られて無い気がします。

2023-06-20 02:36:06
アキモフ @txV1gRQRNIggZNx

@fushunia グラニコス川の戦いだったのねん。

2023-06-20 12:25:19
巫俊(ふしゅん) @fushunia

忘れないうちに書かないといけないけど、昭襄王と荘襄王取り違えることなんて、あるんですね。何を言ってるのか読み取れないから論文を何度も読み返してました。秦の始皇帝の曾祖父が秦の孝公だと書かれてるんだけど、始皇帝の曾祖父は昭襄王な訳でして、「もしかして昭襄王を認識してない?」となった

2023-06-21 02:03:59
巫俊(ふしゅん) @fushunia

昭襄王の孫の荘襄王(始皇帝の父)を、同じ「しょうじょうおう」だと認識してたとすると、「始皇帝の曾祖父が秦の孝公」だとピッタリ一致した(2世代もずれちゃってる)ので、これが原因だと思いました。

2023-06-21 02:06:48
ゆうがお2 @xpmwAi1q3aQNoAX

@fushunia 始皇帝の曽祖父が孝公と言うこと自体が変ですね。孝公は紀元前361年に献公の次に即位した人ですし、孝公の曾孫は 孝公→恵文王→昭襄王→孝文王 になるかと…。 昭襄王の跡を継いだのが孝文王ですが在位は僅か1年だったのでそこら辺が混乱の元ではないのでしょうか? 何れにしても史料確認してない?

2023-06-21 19:53:07
ゆうがお2 @xpmwAi1q3aQNoAX

@fushunia 論文である以上史料確認をするべきとは思いますが、シヨウジヨウオウ(昭襄王・荘襄王)の間違いも有りなんでしようね。 気付かずそのまま覚えてしまうと怖いですね。

2023-06-21 20:58:44
巫俊(ふしゅん) @fushunia

2022年出版『神話研究の最先端』所収の論文「バシレウスの末裔―アレクサンドロス・ロマンスの主人公たちー」には、秦の始皇帝の曽祖父を別人と取り違える錯誤があり、その結果、秦が最近まで遅れた野蛮な国だったとの解釈が強化され、始皇帝がアレクサンドロス大王の模倣者だとの論拠にされてました。 pic.twitter.com/ROjnH0VTKd

2023-06-22 05:41:43
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巫俊(ふしゅん) @fushunia

秦の始皇帝の父親が荘襄王(そうじょうおう)ですが、名前だけは似てる昭襄王(しょうじょうおう)と混同してしまったらしく、そのために秦の始皇帝の曽祖父は秦王の昭襄王なのに、昭襄王の祖父の孝公を「曽祖父」だと誤って記述し、孝公による改革の商鞅変法から間もなく始皇帝が生まれたと錯誤されてて…

2023-06-22 06:05:39
巫俊(ふしゅん) @fushunia

秦はこの昭襄王の頃に大幅に勢力を拡大し、南方の大国楚の首都(三国志の荊州にあたる)を奪取するなどしたので、始皇帝(秦王政)が生まれた頃の秦は既に超大国になってました。アレクサンドロス大王の来歴や神話と、始皇帝の状況や故事が似通ってることから、前者の模倣者だとする解釈には無理があります

2023-06-22 06:15:08
巫俊(ふしゅん) @fushunia

しかもアレクサンドロス大王の「神話」が秦に伝わって、そうした神話の主人公として意識された人物が始皇帝で、その始皇帝が不老不死の薬を求めた話が今度はエジプトなどに伝わり、3世紀までに編纂されたアレクサンドロス大王の神話物語(大王が不死の泉を訪れる話がある)に組み込まれたと主張されてて

2023-06-22 06:41:50
巫俊(ふしゅん) @fushunia

龍の起源の論文を探してたら、この菊地大樹氏の「秦馬の実像」が検索で出てきたのですが、中国の西北地域(陝西、甘粛、青海、寧夏、新疆)で出土した馬の骨から秦代以前の古代DNAが抽出されてて、毛の色とかも分かるらしいのですが、中央アジアの系統の馬のDNAが早い段階から検出されるとのことです。

2023-06-18 18:00:15
巫俊(ふしゅん) @fushunia

収録 「早期秦文化の土器」 「秦・西漢帝王陵墳丘研究の新認識」 「早期秦文化の起源と形成」 「秦人の都城遺跡」 「倣銅陶礼器からみた秦文化の墓制」 「春秋秦国における青銅器生産の始まり」 「陝西高陵涇渭秦墓における土製牛車の発見と研究」 「秦馬の実像」

2023-06-18 17:47:29
巫俊(ふしゅん) @fushunia

東京大学で開催された国際シンポジウムの内容が出版され、秦の起源に関する興味深い研究が目白押しです。出版物はリンク先でダウンロードできました。 2021年出版 『秦の淵源 秦文化研究の最前線』 (飯島武次, 角道亮介, 鈴木舞, 大日方一郎, 湯沢丈, 菊地大樹 編) repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/search?page=1&…

2023-06-18 17:44:47