『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか』を読んでの雑感と疑問

歴史学の本に倫理学の観点からの感想を入れるのもどうかと思わなくはないですが、『「良いこと」もしたのか』というタイトルなので許容される範囲かと思います。
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箱のなかの海 @kawa_machi

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか』を読んだ。ナチスの行った行為についての<事実>や<解釈>については自分が誤解していたこともいくつかあり、とても面白く読めた。一方で、著者らの<意見>は、タイトルの問いに対する十分な回答ではないというのが正直な感想である。

2023-09-08 18:25:07
箱のなかの海 @kawa_machi

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか』というタイトルを読んで私がまず考えたことは、著者らは「良いこと」をどう定義しているのだろうかということである。

2023-09-08 18:25:28
箱のなかの海 @kawa_machi

「事象Aは善い」と判断するためには ①事象AはXである(事実および解釈) ②Xは善い(価値判断) ③したがって事象Aは善い(意見) の三段論法を経る必要がある。

2023-09-08 18:25:35
箱のなかの海 @kawa_machi

①については著者らの言う通りナチスが実施した行為について歴史学の方法で事実とその解釈を検討することは重要であろうし、素人の考えが誤っていることは多々あるだろうこともよく理解できる。素人の私が専門家の整理に対してとやかく言うつもりは(あんまり)ない。

2023-09-08 18:25:50
箱のなかの海 @kawa_machi

一方で、②については、"「~である」から「~べき」は導かれない"というヒュームの法則が端的に表すように、事実・解釈とは独立した善悪についての価値判断である。①についてお互い同意していたとしても、②が異なれば善悪の意見が真逆になることは十分あり得る。

2023-09-08 18:26:03
箱のなかの海 @kawa_machi

もちろん、何を善いとするかは自由に決められるわけではない。「ナチスは良いこともした。なぜなら ②ナチスのしたことは善い からである。」という主張は(そう言うのは自由だが)多くの人を説得できないだろう。

2023-09-08 18:26:22
箱のなかの海 @kawa_machi

そこで倫理学では普遍化可能性という基準が出てくる。普遍とは簡単に言えば、固有名詞を含まない、という意味合いである。 例えば、「金を返さないのは悪いことだ」という価値判断を採用するのであれば、誰であろうと金を返さない人は悪人であると判断しなければならない。

2023-09-08 18:26:47
箱のなかの海 @kawa_machi

「あなたが私に金を返さないのは悪い」とするならば、「私があなたに金を返さないのもまた悪い」としなければならない。ナチスの行為を何らかの理由で善い/悪いとするならば、他の国や人がした同じようなことについても、別扱いをする普遍的な理由を挙げなければ、同様に善い/悪いとしなければならない

2023-09-08 18:27:43
箱のなかの海 @kawa_machi

ナチスの政策Aが良くないことならば、同様(に見える)〇〇国の政策Bも良くないことですよね?という問いはWhataboutism論法ではなく、価値判断の普遍化可能性についての確認である。同様に良くないことだと言うならそれでいいし、違うならその理由を説明すればいい。

2023-09-08 18:28:09
箱のなかの海 @kawa_machi

さて、本では素人が考えがちなXとして、A:オリジナルな政策、B:目的が善い政策、C:結果が良い政策 の3つを挙げ、「素人考えでは政策AはXに見えるが歴史学の手法で解釈するとAはXではない。よってナチスは良いことをしていない。」とする方式で説明が進む。

2023-09-08 18:28:24
箱のなかの海 @kawa_machi

A:オリジナルは善い について。 著者らがオリジナルの定義をかなり狭いものとしているのが気になる。まったくのゼロから何かを考え出すこと以外にもオリジナルさを見出すことは特段おかしな考えではないはずだ。

2023-09-08 18:28:41
箱のなかの海 @kawa_machi

私はメーカー勤務の研究者である。ニーズ先行の商品開発は、(i)市場調査部が計画を立て、(ii)研究部がラボ試験をして、(iii)工場が大量生産化するという流れで進む

2023-09-08 18:28:59
箱のなかの海 @kawa_machi

頑張って実験して実用範囲のコストで大量生産化にこぎつけたのに、「市場調査が計画をしたことをただ実験して、ただ大量生産しただけなので、研究者も工場技術者もオリジナルなことはしていない」と言われたら、ちょっと待てよと文句を言う権利はあるだろう。

2023-09-08 18:30:04
箱のなかの海 @kawa_machi

また、実はコピー製品も安定的に製造するのはかなり難しい。同じ会社の別工場で品質がぜんぜん違うことは珍しくないし、他社製品をコピーするのに数年以上かかることも珍しくない。

2023-09-08 18:30:19
箱のなかの海 @kawa_machi

私は国家政策を計画・実行したことはないが、計画を実際の法案として成立させることや他国の制度を法律も文化も経済も違う自国で同じように実施することには何らかのオリジナリティが必要であろうことは想像できる。

2023-09-08 18:30:40
箱のなかの海 @kawa_machi

これについては、著者らも書いている通り、オリジナルであることと良いことは何も関係がない(もちろん、オリジナルでないからといって良くないとも言えない)ことを説明するのが適切だったのではないか。

2023-09-08 18:30:56
箱のなかの海 @kawa_machi

本の主張では 「確かに狭い意味ではオリジナルでないことは同意する。しかし広い意味ではオリジナルであったし、A:オリジナルは善い という価値判断の元、ナチスは良いこともしたという意見は変わらない」 と言われるだけのように思う。

2023-09-08 18:31:29
箱のなかの海 @kawa_machi

B:目的が善い政策は善い について。 著者らはナチスの政策の真の目的は戦争のための「民族共同体」の構築であるとして、それは良くない目的であると価値判断をする。これは(i)戦争のためという目的は良くない、(ii)「民族共同体の構築」という目的は良くない という2つに分解できる。

2023-09-08 18:31:43
箱のなかの海 @kawa_machi

(i)戦争のためという目的が良くないとすると、例えば福祉政策が戦争のために発達したことは多くの指摘があるが、福祉政策は良くないことと言えるのかという疑問がでてくる。またインターネットやロケットなど戦争のために生まれ発展した技術は良くないことと言えるのかという疑問もでてくる。

2023-09-08 18:32:00
箱のなかの海 @kawa_machi

先に書いた通り、これらを良くないとするなら(同意を得られるかは別として)普遍化可能性についてはクリアしている。 しかし、これらを良いとするならば説明が必要だろう。

2023-09-08 18:32:15
箱のなかの海 @kawa_machi

また(ii)「民族共同体」の構築が良くないとすると、例えば「国家共同体」の構築のために移民(特に既存の国民にとって良くない影響を及ぼす可能性が高い移民)を排除することは良くないことなのかという疑問がでてくる。

2023-09-08 18:32:32
箱のなかの海 @kawa_machi

私はリバタリアンとして個人の自由や人権を尊重する立場から国家が移民を制限することは良くないことだと考えるが、日本はもちろんヨーロッパやアメリカの現状を見るに世界全体で、受け入れる人は少ないと思われる。

2023-09-08 18:32:49
箱のなかの海 @kawa_machi

「民族共同体」の構築という目的は問題ないが、その方法としての搾取・断種・敵対者の排除が問題であるという主張も考えられる。私もそれらの方法について全く支持しない。 しかし、目的は問題ないとするならば、②目的が善い政策は善い の反論としては不適である。

2023-09-08 18:33:08
箱のなかの海 @kawa_machi

また、占領地・植民地からの搾取や障害者の断種、反政府思想の弾圧などは同時期の他の国でもあったことであり、それらと比べてナチスの政策はと同程度に悪いのか、それともより悪いと言えるのかという疑問もでてくる。

2023-09-08 18:33:25
箱のなかの海 @kawa_machi

C:結果が善い政策は善い について 先に書いた通り、①事実・解釈について素人の私が専門家の整理に対してとやかく言うつもりは(あんまり)ないが、気になる点をいくつか挙げる。

2023-09-08 18:33:40