神山翼氏による、Science誌掲載「AI気象予想論文」の解説連ポスト

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神山 翼@お茶大・気象学 @kohyama_met

こうやま・つばさ。お茶の水女子大学理学部・理学専攻の教員(情報科学)。主要業績: 月と降水(Kohyama and Wallace 2016, GRL)、ラニーニャ的温暖化(Kohyama et al. 2017, J Clim)、黒潮とメキシコ湾流の同期現象(Kohyama et al. 2021, Science)

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神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

「AI気象予報論文」の感想を投稿したら思いのほか反響が大きかったので、気象学者かつ情報科学科教員として、いくらか真面目に解説します。 所感: ・革新的な研究である ・アーキテクチャが従来型モデルの不得手にうまくハマっている ・従来の力学モデルもまだ必要である 以下、スレッドに続きます。 twitter.com/kohyama_met/st…

2023-11-16 12:02:56
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

Science誌に掲載された、話題の「AI気象予報論文」。結論にも書かれているように、まだ「力学モデルが完全に必要なくなる」という議論をする段階ではないと思います。 むしろ個人的に衝撃的なのはFig. 1gです。気象をかなり深く理解した人がGoogleの中にいないと、こういう建て付けにはならないはず。 pic.twitter.com/A4zEu6r9FN twitter.com/ScienceMagazin…

2023-11-15 16:39:48
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

Science誌に掲載された、話題の「AI気象予報論文」。結論にも書かれているように、まだ「力学モデルが完全に必要なくなる」という議論をする段階ではないと思います。 むしろ個人的に衝撃的なのはFig. 1gです。気象をかなり深く理解した人がGoogleの中にいないと、こういう建て付けにはならないはず。 pic.twitter.com/A4zEu6r9FN twitter.com/ScienceMagazin…

2023-11-15 16:39:48
Science Magazine @ScienceMagazine

A #MachineLearning-based #Weather forecasting model from @GoogleDeepMind leads to better, faster, and more accessible 10-day weather predictions than existing approaches, according to a new Science study. Learn more about #GraphCast: scim.ag/4OF pic.twitter.com/QQBKSU5yzu

2023-11-15 00:05:08
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神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

気象予報の従来モデルには、力学過程と物理過程という部分があります。力学過程は運動方程式など空気の流れを解く部分で、物理過程は積雲や放射を扱う部分です。力学過程は、地球を細かく区切った各メッシュで値を代表させて解きますが、

2023-11-16 12:02:57
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

メッシュよりも細かい現象を扱う物理過程では、物理的妥当性を考慮しつつ、経験式なども用いて解きます。それゆえ、AIが物理過程を助けるのはありうる未来に思われていましたが、基礎方程式が既知である力学過程の方を大幅に更新することはなかろうというのが(近年までの)気象学者たちの見方でした。

2023-11-16 12:02:58
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

ただ、実は力学過程の方にもいくらか不得手はあります。主には、 ・計算時間と資源 ・(非線形項および物理過程とのやりとりに起因する)スケール間相互作用 の二つです。まず、計算時間と資源の方は簡単で、単にモデルを解くのにお金と時間がかかるということです。

2023-11-16 12:02:58
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

次により本質的な問題として、スケール間相互作用があります。細かい空間スケールの現象(雲や渦など)と大規模場の現象(偏西風など)の相互作用が完全に理解されていないこと、また理解されている部分も、方程式の計算が(非線形になるので)原理的に困難であることが大きな問題として残っています。

2023-11-16 12:02:59
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

そこにうまく切り込んだのが、今回のGNN(グラフニューラルネットワーク)を用いたGraphCastのアーキテクチャです。まず各メッシュに対応する実空間の気象変数を、グラフ構造(データとデータの抽象的なつながりの集まり)にエンコードします。次に、そのグラフ構造のまま、

2023-11-16 12:02:59
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

多様な空間スケールにおいて同時に、(各データの相互の関係性を拠り所に)過去の気象を食わせた学習の結果に基づいて次の時刻を予報し、最後にそのグラフ構造を実空間にデコードします。これで「6時間前と現在時刻のデータを入力とし、次の6時間を予報する」を繰り返し、十日ほどの予報を実現します。

2023-11-16 12:03:00
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

ポイントは、Fig. 1gに示されたように、様々な空間スケールを持つ大規模現象と小規模現象を同時に解いて、逐次的に情報をやりとりさせることです。これにより、従来モデルの力学過程が不得手とするスケール間相互作用に対して、ある種の物理的妥当性を持って、解決に一つの道筋を与えているのです。

2023-11-16 12:03:01
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

驚くべきことは「グローバルとローカルを混ぜて出力を作る」というニューラルネットの手筋が、気象のマルチスケール性にうまくハマるはず、と見通した人が中にいるということです。これを偶然としては、DeepMindを過小評価しすぎです。Googleがここまでガチな基礎研究をやっているとは想像以上でした。

2023-11-16 12:03:01
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

図2(基礎変数)と図3(現象例)では、従来モデルより予報が良さそうと述べています。ただこの向上は、「現段階では」日常生活を変えません。一方、このアーキテクチャが気象予報の予報能力向上と簡易化に貢献することは、ほぼ明らかに思います。一発芸ではなく、気象学の発展に資する重要な論文です。

2023-11-16 12:03:02
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

そして、まだ従来モデルを置き換えることもできません。GraphCastは「従来モデルから得られた結果を」学習に使い、かつ入力としても与えています。まず気候が変化している現在、適宜学習データのアップデートが必要です(Fig. 4では、現在に近いデータを学習すると性能がよくなると示されています)。

2023-11-16 12:03:03
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

その学習データは、地球上の観測地点のデータを入れて解く従来モデルにより得られているので、現状その部分はAIには頼れません。そしてこれは、予報を行うための入力データでも同様ですので、従来モデルがないとまだ結局予報はできません。将来、仮にAIが完全に気象予報を担う可能性があるとすると、

2023-11-16 12:03:03
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

「地球上にまばらに存在する限られた観測データから」、「各メッシュにおける次の時刻のデータを生成し」、かつ「気候変化を学習して予報の仕方を自分でアップデートする」建て付けが必要です。そこまではまだ出来ないので、当面は従来モデルとAIが手を組んで予報を行う世界になるのだろうと思います。

2023-11-16 12:03:04
神山 翼@お茶大気象学 @kohyama_met

あとちなみに、気象学がなくなることもありません。気象学は、予報という社会実装だけでなく、「自然がなぜそうなっているのか」を理解するのが一番のお仕事です。ということで、分野が死ぬことはないので、興味のある学生さんはどんどん飛び込んでいただければと思います(最後は宣伝)。

2023-11-16 12:03:05