空気による合理的批判の”免疫化”・議論の”封殺”をいかに防ぐことができるか。

「空気」の害悪をいかに防ぐかについての会話を纏めました。 手前味噌ですが、関連纏め→http://togetter.com/li/192329、 http://togetter.com/li/195770も載せておきます。
12
はぐ @hagu20

何でみんな平等に黙ろうとするんだろう。みんな声を出していいんだってなった方が、話し合えるし、みんなで妥協点を見つけながら幸せも探せるんじゃないのかな。

2011-12-09 10:01:04
はぐ @hagu20

みんなが黙ろうとする社会で得をするのは、声の大きい人か、やたら話術巧みな人のみ。結局、黙る人が損をする。

2011-12-09 10:02:18
瀧岡 優 (Yu Takioka) @ytakioka

その通り。だから、そういう社会では、論理ではなくて”声の大きい人”の情緒的暴論がまかり通るようになる。それを防ぐためには論理的な思考ができる人が、声を上げること、そして”声の大きい”「だけ」の人の理不尽な暴論を徹底的に批判すること。声が大きいだけのバカの専横を許してはならない。

2011-12-09 23:34:50
瀧岡 優 (Yu Takioka) @ytakioka

それで情緒的で声が大きい「だけ」の人が論理的な思考ができる人からの合理的な批判を防ぐために利用しているのが「空気」。なぜなら、合理的な思考というのは、「空気」から独立的に内的関係性だけから真偽を判定してくるので、「空気」を読めないのではなくて、「空気」を考慮しない。

2011-12-09 23:40:28
瀧岡 優 (Yu Takioka) @ytakioka

だから、「空気を考慮しない」人を「空気を読めない」とレッテル針することで、「空気」を読む必要のない合理的思考による批判を避けようとしているという戦略をとっている。これが声が大きいだけの人が、合理的批判を受けた時にやたらと「空気」を読めるかどうかを争点にしようとしてくる理由だと思う

2011-12-09 23:42:16
瀧岡 優 (Yu Takioka) @ytakioka

針はタイポではなくて、あえてあの字を当てています。あるいはやたらと感情の話をしだすというのも合理的批判を避けるための防衛策。感情の話に引きずり込めば、真偽が多数決になるので、”声が大きい人”は圧倒的に有利になる。これが”正論”が”暴論”に”負ける”プロセス。

2011-12-09 23:44:38
瀧岡 優 (Yu Takioka) @ytakioka

だから、そういう人と対話する時は、初めに感情や多数性などの話に持って行けないように釘を刺しておく必要がある。あるいは、途中で持って行かれそうになっても、その挑発に乗らなければよい。多数性や、分かりやすさ、常識は根拠にならないと言っておけばおk。

2011-12-09 23:48:14
背徳 @fuckingjap1016

@yutakioka 山本七平が70年代に既に指摘していたのに、日本の空気偏重主義は全く改善していないどころか、悪化していますね。山本七平は空気が蔓延したら合理的思考をもって水を差せ、と論じていましたが、むしろその合理的思考すら空気の前では無力になりつつあると思います。

2011-12-09 23:49:36
瀧岡 優 (Yu Takioka) @ytakioka

「空気」を読まないと正しくならない言説なんて、あまり意味がないわけで、というのはそれは普遍性が全くないから。だから、そもそもその前提に立ってるということは、初めから、私の発言は独断と偏見です、一般化できません、と宣言しているようなもの。デベートで言えば、初めから負けてる。(笑)

2011-12-09 23:50:23
れな @hamuhamu1122

@yutakioka 正論は暴論には勝てないですよね。理論的に見えて実は感情論のやり方をどうにかしなければならないから難しいです・・・。

2011-12-10 00:21:49
もっちー🐬🥑 @haru_bu_

@yutakioka または「和を乱す」も言葉として同じに使われてしまってます(T_T)美しい言葉なのに全く逆のえげつなさに通じてて驚きました。

2011-12-10 09:14:08
はぐ @hagu20

@yutakioka 「常識」や「空気」を縦に自己正当化を図ろうとする相手との議論の方法ですね。議論のルール作りと言ったところでしょうか。とても参考になりました。ありがとうございます。

2011-12-12 10:09:45