盗人と番人

特にない。あ、無職です。
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帽子男 @alkali_acid

ヒブラは深呼吸して一歩墓の側へ足を踏み出し、古に朽ちた王の奥津城へと入った。 たちまち、ぞろぞろと香料くさい人影が近づいてくる。 「う…」

2024-01-21 22:20:47
帽子男 @alkali_acid

枯れ萎びた躯はいずれも、死者のものだが、悪臭はなく、ただかすかに乾いた呻きを漏らしている。 一体は緑の松明を掲げていて、熱のない炎を揺らめかせながら、少年のすぐそばまでにじり寄り、そのまま素通りして墓につながったままの籠へと乗り込む。 ほかが後に続き、次々に供物を運び出す。

2024-01-21 22:24:46
帽子男 @alkali_acid

「…これが屍接?」 ヒブラは身震いし、それから、奇妙にも少し失望した。一族に伝わる話では、屍接は、人の骸に工芸の粋を尽くしたからくりで、美しく強く冷たい墓守だという。

2024-01-21 22:27:13
帽子男 @alkali_acid

でも周囲で働いているのは、死者には違いないが、どこか、俗っぽく、今にも言葉を発しそうな気配すらある。 「…こ、怖くない…絶対…」 とりあえず角灯に明りを入れる。死者たちの持ってい松明と同じ緑の燐光を発し、熱のない輝きであたりを照らす。不気味な色だが、普通の炎では、

2024-01-21 22:29:27
帽子男 @alkali_acid

生者がするべき息吹を代わってし尽くしてしまうという。 ヒブラは角灯を掲げて先へ進んだ。そこかしこに死者が働いているが、どれもおどろおどろしいものの想像していた屍接とは食い違いがあって、畏怖は覚えなかった。

2024-01-21 22:31:42
帽子男 @alkali_acid

「…なんだよ…ふん…異常なし…つ、つまんない墓」 言いさしたところで、壁と一体になった棺のひとつがぎしりと音を立てた。慌てて省みると、棺のてっぺんについた金狼の頭がかすかにふるえている。それはやがて声を発した。 "来たか…地上の工人よ"

2024-01-21 22:33:50
帽子男 @alkali_acid

古めかしい喋り方で、ところどころ解せない部分があったが、おおまかには通じた。 少年が黙って後ずさると、棺の頭はさらに喋った。 "小さいな。定められた年に達しているのか?" 「うるさい!…っぅ…」 ”威勢は良い…だが声変わりもまだか…王の家来も酷な真似をする…”

2024-01-21 22:37:17
帽子男 @alkali_acid

ヒブラはとっさに怒鳴ってしまったうえは知らんぷりもできず、うなってから返事をする。 「俺はヒブラ。盗人のヒブラ!小さくない!」 "我が一族だな" 「あんたは…?」 "お前より先にここへ昇った工人…いや盗人だ"

2024-01-21 22:39:25
帽子男 @alkali_acid

壁に埋もれた棺がまさか前任の工人の末路とは。少年は身震いして角灯を持ち上げた。 「あいつらにやられた!?」 "まさかな。生者の体に限度が来たので、墓守に頼んでこの姿にしてもらったのさ" 「墓守…屍接?あのうろうろしてる…」 棺の金狼頭は笑った。 ”屍接?いやいや違うぞ”

2024-01-21 22:42:24
帽子男 @alkali_acid

「違う?」 "王の家来どもが仰々しく言おうとも、屍接のような難しいからくりは、もう二十六代王、獅子の時代には作れなくなっていた" 「だけど…」 ”今うごいているのは、反魂、死者の魂を骸に縛り付けて動かす、ちゃちな魔法だ。工芸の技など何もない” 「どう違うんだよ…」

2024-01-21 22:44:26
帽子男 @alkali_acid

"なんだと?それでも墓のすべてを知り尽くした盗人の一族か?我等も代を重ねるごとに小さくなる…ま、お前は小さすぎるがな” ヒブラが歯ぎしりして後ずさると、棺は慌てて補った。 "待て。教えよう。反魂で動く骸にはあわれな死霊が閉じ込めてある。故に怨みや憎しみ、悲しみや哀れみまで宿す"

2024-01-21 22:49:02
帽子男 @alkali_acid

「じゃあ…屍接は?」 "屍接はただ骸から作り上げた精妙な機械で、魂を宿さずとも動く。故に機能を妨げる不安な情理とは無縁で、信頼のおける働き手、戦い手、祈り手となる。盗人にとっては厄介な敵だ。挑発も恫喝も通じん"

2024-01-21 22:51:07
帽子男 @alkali_acid

「じゃあ…屍接はここにはいないの?」 "第二十六代王、獅子は屍接の精妙さに焦がれ、技を取り戻そうと多くの工人に取り組ませたが成果は上がらなかった。いや…ただ一体だけ…往時の傑作を思わせるようなからくりを仕上げたが、結局は魂なしでは動かせなかった"

2024-01-21 22:52:49
帽子男 @alkali_acid

「ふーん…」 "王は、草原の生まれたばかりの獣の魂を幾つか集めて来て、そのからくりに詰め込んだ。人間の死霊よりははるかに純粋で、揺らぎがなく、忠実で獰猛だが、とうてい魂なしに働く本物の屍接の正確さには及ばない"

2024-01-21 22:55:25
帽子男 @alkali_acid

「そいつはここにいるの…?」 "ああ。王の気に入りのしもべだったからな。墓に入れて一緒に天に浮かべたのだ。だがやつの役目を邪魔さえしなければ、手出しはしてこんさ" 「…むう…」 "さて、我が子孫よ。ここからが本題だ。お前はこれからどうするつもりだ"

2024-01-21 22:57:18
帽子男 @alkali_acid

少年はしばらく押し黙って、棺の上についた金狼頭をねめつけた。 「…別に」 ”供物として天に浮かぶ墓に達したうえは、もはや逃れる術はない。お前の載ってきた籠はやがて墓から分かれて、流れ星となって地上に戻るが、再び突き入る際には中にいるものは無事では済まない”

2024-01-21 22:59:53
帽子男 @alkali_acid

容赦なく聞きたくもない事実を指摘する先代の工人の言葉に、ヒブラはまたうなった。 「だったらなんだよ!」 "お前はここで墓と籠のつながりが無事うまくいったのを確かめ、墓に傷んでいるところがないかを見て回り、あとはただ老いか病で朽ちるまでここで無為に過ごすしかない…そう考えているか?"

2024-01-21 23:01:35
帽子男 @alkali_acid

少年はうつむき、やがて角灯をまた持ち上げた。 「いいや!俺、俺は生きて帰る!」 ”どうやって?” 「う…うー!か、籠を、天から離れて地に再び突き入っても、無事でいられる籠を作る!!」 “ほほう。材は?技は?人手は” 「この墓で探す!!」 “なるほどな…できると思うか?”

2024-01-21 23:03:56
帽子男 @alkali_acid

「やってやる!あんたみたいに壁かけになって終わるもんか!」 "気に入った。盗人魂は失われていないな。子孫らしくはある。第八番隧道の三番玄室に、お前に役立ちそうなものがある" 「え…?」

2024-01-21 23:05:48
帽子男 @alkali_acid

ぽかんとするヒブラに棺の金狼頭は茶目っ気たっぷりに告げた。 "お前が考え付いたことを、前任や前々任が考え付かないと思うか?" 「じゃあ…」 "初代の工人…いや盗人は、我々の誰よりも賢く物知りで手も器用だったが、大地に無事再び突き入る籠の図面を考えるだけで一生を終えた"

2024-01-21 23:08:04
帽子男 @alkali_acid

「お、俺は…ならない!そんなの!」 "二代目は図面を直して直して…模型を作って終えた。三代目は模型をもとに雛型を作り、こっそり自分の載ってきた籠を墓から切り離す際に、雛型も一緒に地上に送り返した…まあうまくはいかなかったが。俺で五代目…雛型はうまく地上まで降りたようだ。見た限りは"

2024-01-21 23:10:57
帽子男 @alkali_acid

「じゃあ…」 "そうだな。六代目のお前は地上へ帰るんだ。ついでに…王の墓の宝と一緒にな!俺達盗人を、供物扱いにした王の家来どもの鼻を明かしてやれ!" 半信半疑でヒブラは金狼頭を見上げていたが、やがて角灯を足元に置いて棺をよじ登り始めた。 ”何をしている” 「あんたも一緒に連れてく」

2024-01-21 23:13:22
帽子男 @alkali_acid

”馬鹿を言え。俺はもう死霊なんだ。反魂でここにとどまってるだけだ。それももう…” 「連れてく」 ”よせ。それよりお宝だ。第一玄室にとびきり上等のっ宝石と合金の飾がある。女王を飾るのにふさわしい品々だ。あれを” 「まずあんただ」

2024-01-21 23:15:17
帽子男 @alkali_acid

少年が金狼頭を外そうとすると、溜息交じりの笑いが聴こえた。 ”無駄だ。俺はこの棺を離れられないし、いずれにしてもそろそろ眠りに就く。覚めない眠りにな。実のところ、後任のお前が来るまで起きているのがしんどかったほどだ…俺のことは良い…頼んだぞ…盗人の本懐を…”

2024-01-21 23:17:38
帽子男 @alkali_acid

やがて金狼頭は静かになり、何も言わなくなった。ヒブラは棺の上部にしがみついたまま、じっとしていたが、ややあって目元をこすり罵った。 「なんだよ馬鹿。知らないや」 それから前任の言葉通り、第一玄室へ向かった。内部の作りは、地上にある模造の墓で訓練を積んだあいだに知り尽くしていた。

2024-01-21 23:19:55
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