盗人と番人

特にない。あ、無職です。
6
帽子男 @alkali_acid

古来、王家の墓は盗掘に悩まされてきた。 君主達は死後の安寧を願い、あるいは異国より渡りきた屍接(かばねつぎ)の技を以て疲れ知らぬ墓守を作り出し、あるいは魔法とからくりを合わせた罠を仕掛けて盗人を防ごうとした。 しかしなお、賊徒を押しとどめるには足りなかった。 そこでついに、 twitter.com/megrim_haruyo/…

2024-01-21 20:46:11
メグリム・ハルヨ @megrim_haruyo

帽子男氏のお誕生日おめでとうございます絵!!!!!!!!(滑り込み) pic.twitter.com/kGDntx9v1J

2023-11-04 23:59:30
帽子男 @alkali_acid

諸王はみずからの墓を天に浮かべた。 いかなる盗人も手の届かぬ高さに。 我々は今日、年に二度、春分と秋分に天狼星を陰らせて通り過ぎる一群の墓を見ることができる。

2024-01-21 20:48:06
帽子男 @alkali_acid

死せる諸王は、はるかな暗穹の果てに座して、青い大地と海原を見下ろしながら、玉杯に盛った古酒の味を楽しみ、屍接の楽人が奏でる古琴の音に耳を傾けているという。 だが往時には権威並び泣き君主達の夢見た黄泉の永世も、時が経つにつれ此岸の業で保つのは難しくなっていった。

2024-01-21 20:53:01
帽子男 @alkali_acid

第七代の王「金狼」の墓が初めに、久遠の祈りを込めて置かれた軌道を外れ、堕ちていった。 墓は大きさと重さによって大気を押しつぶし、あるいはこすらせ、灼熱を生じて半ば燃え尽き、海原に没して散じた。

2024-01-21 20:56:04
帽子男 @alkali_acid

第十三代の王「梟」、第十六代の王「鰐」の墓も、それぞれ同じ運命を保った。 鰐の墓は奇遇にも、故国の沙漠に舞い戻り、「王の墓穴」を残した。ただ人々が恐れたように、そこから這い出して来る屍接の墓守は一体もなかった。 熱と勢いは墓のうちにあるすべてを毀ちつくしたのだ。

2024-01-21 20:59:46
帽子男 @alkali_acid

第十四代の王「隼」の墓は、軌道を外れ、はるか虚無の暗黒の彼方へと遠ざかっていった。孤独のうちに闇に飲まれ、もはや生前統べた青い大地と海原を見下ろす楽しみもなく、日の温もりを失い、凍てつき、死の後の死を迎えたと、天文の学者は推し量っている。

2024-01-21 21:01:56
帽子男 @alkali_acid

墓が虚無の暗黒のかなたへ彷徨い出るのを防ぐ手立てはなかったが、堕落については防ぐ術があった。 百年に一度、諸王の子孫は供物を載せた籠を天に昇らせ、墓にぶつけてつなげ、勢いを伝えて、失墜を防ぐのだ。

2024-01-21 21:06:51
帽子男 @alkali_acid

故に第二十代以降の王の墓にはすべて、供物の籠を受け止める仕組みが備わっている。 ただし天の墓と昇ってきた籠とをつなぐには複雑で精妙な手続きを要し、また予期せぬ手違いが起きればすぐ正さねばならない。屍接の技で作った墓守だけでは叶わぬ仕事で、生者の工人が居合わせねばならなかった。

2024-01-21 21:10:56
帽子男 @alkali_acid

工人は、かつて盗掘を生業としていた村々から選び出し、天にある王の墓を模した地上の建物で入念な訓練を与えたうえで籠に積み込む。 その際、本来は王だけが口にできる秘薬で仮の死を授け、秘薬で満たした棺に収めて強い重みと勢いを伴う旅路をやり過ごさせる。

2024-01-21 21:15:21
帽子男 @alkali_acid

ヒブラもそうした工人だ。最も優れた目と指を持っていたために、大人を差し置いて供物として天に昇る誉を受けた。 だが賊徒の血を引く少年は、折角の大役をにべもなく断った。王の近衛が苦労して捕え、引きずるようにして地上の偽墓に入れても、三度は逃げ出し、おおいに手を焼かせた。

2024-01-21 21:19:46
帽子男 @alkali_acid

「まあよい。弱い工人では、籠が天に昇る際の重みや、墓にぶつかった際の勢いで命を落とす。元気な方が安心だ…」 「くたばれ王の犬め!あのむかつく墓なんぞ全部落っこちりゃいいんだ!」 「な、何?不敬であるぞ」 「何度でも言ってやる!あんな墓はむがむが!むぐ!!」

2024-01-21 21:21:53
帽子男 @alkali_acid

ヒブラは抵抗したにもかかわらず、墓の仕組みはきわめてよく解した。脱出のためにはさまざまな罠をうまく解いたり、内部の作りをよく知ったりせねばならないからだ。 もちろん天に昇って墓と籠をつないだり外したりするなんてまっぴらだし、久遠に大地の周りを巡る王の供物になるつもりもなかった。

2024-01-21 21:26:18
帽子男 @alkali_acid

人間は死んだら干した葦で焼いて、灰は聖なる河に撒けばよい。父も母も兄も妹も弟もそうして去ったのだから。 だが王の近衛や天文の学者、墓作りの工人達はいれかわりたちかわり、少年に要求した。 「必ずやりとげよ」 「誉である」 「大役である」

2024-01-21 21:29:18
帽子男 @alkali_acid

「うるさいくたばれ!」 少年が喚き散らすと、近衛はとうとう冷酷な脅しをかけた。 「貴様が従わねば、貴様ら盗人の一族、罪人の一族の村を焼き、女子供ももろともに責め殺してくれるぞ」

2024-01-21 21:31:58
帽子男 @alkali_acid

「へん!そんなことすりゃ、後はどっから籠にのせる供物を探すんだよ」 「すべては殺さぬ。半分だ。どのみち貴様らは増えすぎているからな。鼠のように」 「うるさい!俺に関係ねえ!そんなもん!勝手に…」 「そうか?」 「畜生!!」

2024-01-21 21:34:02
帽子男 @alkali_acid

儀式の前の晩、近衛の見守るなか、医人達はヒブラを裸に剥き、全身をくまなく調べた。 「歯並びもそろい、虫歯もなし」 「肌もなめらかになった」 「骨と皮ばかりであったものが、よく肉もついた」 「毛が薄くて薬で焼く手間が要らぬな」 「あとははらわたを清めるだけだ」

2024-01-21 21:37:06
帽子男 @alkali_acid

少年はもがいたが、捕まってから食事がよくなったとはいっても、やはりまだ近衛と医人達に抗うには華奢にすぎた。 「ひゃめろ!!ぶっころすぞ!てめえらの腕を食いちぎってあぐう!!?」 「象牙の嘴管をあまりきつくしめると、入り口が傷つくぞ供物よ」 「出口と言った方がよいか」 「然り然り」

2024-01-21 21:39:43
帽子男 @alkali_acid

「ふむ。高くよい声で啼くな」 「天におわす第二十六代王"獅子"は嘉されるであろう」 「神殿の童娼が恋しくなってきたことよ」 「あそこに置くにはちと野趣の強すぎる供物よ」

2024-01-21 21:42:06
帽子男 @alkali_acid

ヒブラはそれでも涙目で睨みつけたが、医人達はけろりとして浄化をすませ、籠に載せる供物をいくらか軽くした。 「ぶ…ぶ…ぶ…ぶっこりょす…ぶっこ…」 「ふむ。そそることを」 「手を出すでないぞ。この野児は供物故な」

2024-01-21 21:44:04
帽子男 @alkali_acid

少年はせめて手近の医人に噛みつくこうとしたが果たせず、空になった腹に注がれた秘薬の効き目で仮の死に就き、勢いを防ぐ秘液で満ちた棺に入って、籠に載りはるか天の墓へと昇って行った。

2024-01-21 21:46:19
帽子男 @alkali_acid

ややあってヒブラは怒りとともに目を覚ました。秘液の中で手をばたつかせ、棺の蓋を押し開け、強引に外に這い出ると、げーげーと吐き、あたりを見回す。籠の中は微かに燐光が照らしている。 「ちくしょう…ちくしょう…次会ったら絶対あいつらの尻蹴ってやる」

2024-01-21 21:51:59
帽子男 @alkali_acid

うなりながら少年はみずからの裸の尻をさすり、まだ痛むのに眉を顰めると、探索を開始する。すぐに工人の服が入った袋に辿り着き、封を破いて素早く着る。次いでこめかみに細い人差し指を押し付け、無理やりに教え込まれた知識を反芻する。 「第二十六代王…獅子。屍接の工人を重んじた…ふん」

2024-01-21 21:54:34
帽子男 @alkali_acid

ヒブラは立ち上がり、体の重さが減っているのに一瞬たじろぐが、すぐに釣り合いを取り戻し、歩き始める。 屍接。盗人の大敵。実在するのだろうか。地上にある模造の墓には、一体も置いていなかった。たいそう貴重なからくりなのだという。

2024-01-21 21:57:53
帽子男 @alkali_acid

少年はむすっとした面持ちの下に怯えを隠したまま、籠と墓とのつなぎ目に近づいた。手順通りに正しくはめ込みができているのかを検める。できていなければ、今頃こうしていられるはずがないのだが、幼くとも工人として育った癖ははたらいてつい教わった通りに仕事を済ませてしまう。

2024-01-21 22:15:06
帽子男 @alkali_acid

「一番から十番まではめ込みずみ…ずれなし…開ける」 彫刻のある鉄木の柄を掴んで回すと、螺旋状に閉じた籠の陶製の蓋が折りたたまれてゆく。同時に墓の側の石の扉も開いたようだった。

2024-01-21 22:18:23
1 ・・ 7 次へ