盗人と番人

特にない。あ、無職です。
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帽子男 @alkali_acid

途中で幾度か反魂の骸とすれ違ったが、襲ってくるものはいない。少年は、蟻の巣にまぎれこんだ蝶の幼虫のように、無視を受けていた。何かしら役目があるという扱いなのだろう。 ややあって辿り着いた第一玄室の罠は、入念かつ命取りの仕掛けではあったが、盗人の末裔にとって解くのに苦労はなかった。

2024-01-21 23:34:11
帽子男 @alkali_acid

ヒブラは棺の両脇を固める陶像から、無造作に首飾りや腕飾り、足飾りをもぎとった。 一族代々の獲物であった墓が天に浮かぶようになって久しく、およそ盗掘とは縁遠くなっていた少年にとって、精緻な細工物はさほど欲望を掻きたてなかった。

2024-01-21 23:36:52
帽子男 @alkali_acid

父は婚姻の贈りものとして、代々第二代王の墓から奪ったという指輪を受け継いでいたが、母が流行り病に倒れた際、一緒に葦の火に投じてしまった。 「死んだ王から宝を奪うのは楽しいが、留めおいても喜びはない。ヒブラ。お前はお前で奪い取れ。そして惚れた女にくれてやれ」 幼い息子にそう告げ、

2024-01-21 23:38:57
帽子男 @alkali_acid

やがて男親は妻と同じ病に斃れた。 妹が生きていたら、きっとああはしなかったかもしれなかった。解らない。少年は粗雑に道具袋に宝石と黄金を詰めると、死せる王の寝所から運び出した。天では重さは和らいでいて、地上で同じ仕事をするよりは軽く済んだ。

2024-01-21 23:40:46
帽子男 @alkali_acid

次は第八番隧道の三番玄室を目指す。 急ぎ足になる。本当に天を離れ地に戻るための籠などあるのだろうか。それに載れば大気の層に無事再び突き入ることができるだろうか。 考えても仕方がない。ヒブラは道具袋をしっかりと掴んで床を蹴る。

2024-01-21 23:47:10
帽子男 @alkali_acid

少しして墓の旋回が生み出す重みが、靴を再び床に吸いつける。 第八玄室まであとわずか。少年がもう一度床を蹴ったところで、今度はなぜか浮いた靴は床に戻らなかった。重みが消えた、訳ではない。 「う?」

2024-01-21 23:49:56
帽子男 @alkali_acid

いつの間にか大きな手がヒブラを掴んで宙に支えていた。反魂の亡者の一体だろうか。 「お、おい!は、放せよ!放せ!」 見上げたところで、何か巨大な二つの塊が頭にのしかかり、抑えつける。 「ぬぐく」

2024-01-21 23:52:01
帽子男 @alkali_acid

ほかの亡者とは比べものにならない寸法の何かがしっかりと盗人を捕えていた。 「おい…放せ…やわらか…なんだよこれ!重い!ちょっと!」 何か、恐らく王の墓の最大の番人は黙ったまま小さな盗人をどこかへ運んでいった。 「うー…重い…この…うー…」 頭を抑えつける二つの塊は、実際には

2024-01-21 23:54:11
帽子男 @alkali_acid

墓の旋回が生み出すかりそめの重みのもとでは、さほどの圧迫ではなかったが、しかしどういう訳か抗いがたい抑止の効果を少年にもたらした。 小さな盗人は仕方なく番人の手のうちに収まり、目的地とは別の場所へと移動していった。

2024-01-21 23:58:26
帽子男 @alkali_acid

「おい…なあ…なんだよこれ…頭…さっきからあたって…わ」 盗人を寝台のような場所に置くと、番人は数歩退いた。 少年はやっと相手の全容を窺い見て、目を丸くした。

2024-01-22 00:00:03
帽子男 @alkali_acid

ヒブラの一族の大人の男を遥かに超える背丈に、包帯で覆った巨大な両腕を備え、豪奢な衣装は滑らかな屍肉をほとんどおおわず、草原の獅子を思わせるが何倍もある逞しい太腿や、ありえざるほどの張りをもった乳房を半ば以上露にしている。

2024-01-22 00:03:08
帽子男 @alkali_acid

首から上はといえば、鰐の口とも獣の耳ともつかぬ意匠の髪飾りに、何本もの結った毛房、目元を隠す前髪、童女のようにも見える顔貌は、しかしやはり並の男より二回りは広い。 怪物。美形の、しかも死んだ怪物だ。

2024-01-22 00:05:38
帽子男 @alkali_acid

盗人は、宝石と黄金でいっぱいの道具袋を抱えて啖呵を切った。 「なんだよ!俺は…ヒブラ!盗人のヒブラ!奪ったもんは返さない!こいつは地上に戻ったら…葦の火にくべる!へ!そのおっきな包帯ぐるぐるまきの手でぺしゃんこにできるならやってみろ!俺…う…」

2024-01-22 00:08:54
帽子男 @alkali_acid

番人はしばらくぼうっと立ったあとで、太い腿をきしませて折り曲げ、前かがみになると、怖ろしいほどの量感のある乳房を床におしつけてひしゃげさせながら、両手を扇のように広げて半身の重みを支え、

2024-01-22 00:11:55
帽子男 @alkali_acid

獅子の尾を元気よくうねらせると、 いきなり獲物にとびかかった。巨躯からは想像できない素早さだった。少年が逃れようともがくのも意に介さずしっかりと両腕の間に捕えると、矮躯を強引に乳房の間に埋めさせ、そのままごろごろと床を転がる。

2024-01-22 00:13:38
帽子男 @alkali_acid

「わぷ!むぐ…ぷはっ…なんだよ!なんのつも…むぐ…ぷふっ…」 あがくヒブラ以外の生者がそばにいれば即座に答えを教えられただろう。 怪物は、じゃれていた。 まるで新たなおもちゃを見つけた仔猫のように。小さな盗人にじゃれついていたのだった。

2024-01-22 00:15:33
帽子男 @alkali_acid

古代の諸王は盗掘を避けるため、墓所を天空に浮かべた。 しかし時を経るうちに幾つかの陵(みささぎ)は軌道を外れ、虚無の暗黒の彼方へ彷徨い出た。 また幾つかの陵は大地へ降下し、大気を圧して擦らせ、激しい熱を生じて燃え尽きた。

2024-01-22 19:48:22
帽子男 @alkali_acid

王の子孫は、墓所を天に保つため、新たに供物を積んだ籠を高く昇らせてぶつけてつなげ、下方からの勢いを伝えて、失墜を防ごうとした。 しかしこの仕事は入念な調整を要し、墓所を守る命なき番人だけに任せるのは心もとなかった。

2024-01-22 19:50:45
帽子男 @alkali_acid

そこで、王の子孫はかつて盗掘を生業としていた罪人の子孫を捕え、工人として訓練し、籠に積んで送り出した。二度とは戻れぬ旅路へ。 幼くも巧みな手と鋭い目を持つ少年、ヒブラは、激しい抵抗の甲斐もなく天空の墓所に入る羽目になったが、死霊となって留まっていた先祖と遭遇し、脱出の術を知った。

2024-01-22 19:52:51
帽子男 @alkali_acid

大地へ無事に戻るため、大気の層へ再び突き入っても燃え尽きない籠を、墓所に上がった歴代の先祖が苦労の末に作り出したのだという。 死霊は末裔たる少年にかく求めた。 「一族の誇りを呼び覚まし、王の宝を奪って大地へ戻れ。王墓の盗人は天の陵さえ荒らすものと、世に知らしめよ」

2024-01-22 19:55:15
帽子男 @alkali_acid

幼い盗人は先祖の望みを入れて、玄室の宝石と黄金の細工を持ち出したが、大気に再び突き入る籠に辿り着くまであと少しというところで、命亡き番人に捕まった。 身の丈八尺を超える巨躯で、包帯で覆った巨大な手を持ち、途方もなく豊満な乳房と大腿を豪奢な衣装でわずかに覆っている。

2024-01-22 19:57:27
帽子男 @alkali_acid

美しくも謎めいた顔貌は前髪で半ば隠れ、腰からは獅子の尾が伸びている。 番人は、盗人をとある部屋に運ぶと、四つ這いになってたわわな胸毬を石床に押し付けてひしゃげさせ、尻から生えた獣の毛房を打ち振り、音もなく華奢な獲物にとびかかった。

2024-01-22 19:59:30
帽子男 @alkali_acid

人獅子はそうしてヒブラの小さな頭を恐るべき胸の谷間に捻じ込むと、しかと抱きしめてごろごろと転がり、狂ったように尻尾をうねらせて床を掃いたではないか。 「おい!おい!ちょっと!何してんだ!わぷ!苦しい!苦し…!!」

2024-01-22 20:00:50
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